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 冴の試合を観てみたい、と言ったのはふとした拍子のことだった。どうしても観たいというわけではない。けれど、普段親しくしている冴の頑張っているところを見たい。冴は「わかった」とだけ言い、後日関係者席のチケットが送られてきた。簡単に用意してしまえるところが、流石は日本の至宝といったところだ。

 私は普段冴と会うよりも気合を入れた格好をし、指定場所に向かう。現れたのは、冴本人ではなくスタッフらしき人だった。

「糸師選手の彼女さんですね。こちらにどうぞ」

 一度心臓が跳ねたように大きな音を出す。私達は付き合っていない。けれど、ともすればそうなりそうなくらい、男女の雰囲気というようなものはあった。だからこそ驚いているわけだが、きっと冴はチケットを用意するのに都合がいいからそう言っただけなのだろう。

 試合は冴のチームがリードしていた。サッカーは勝ち負けがわかりやすいのでスポーツに疎い人にはありがたい。冴のアシストによってゴールが決まること三回、気付けば試合は終わっていた。私は興奮冷めやらぬまま選手の控室に案内される。冴はベンチに座って体を休めていた。私が来るのを見ると、少し横にずれる。座れということだろうと判断して、私は冴の隣に座った。

「彼女ってことでチケットとってたんだね」
「おう」

 冴の声からは何も読み取れない。自分の声が上ずっているのを感じながら、私は核心に切り込んだ。

「関係者席に通すためにそう言っただけ、だよね?」
「別にそれだけじゃねぇけど」

 冴は相変わらず、他人事のような調子だ。きっと私達の関係性が変わるようなことを言っているはずなのに、冴が普段通りだからこっちが調子を崩しそうになる。

「この後空けとけ。飯食いに行くぞ」

 冴はまたもや好意ともとれる言葉をとって着替えだした。残された私はベンチに座ったまま、背中越しに冴の衣擦れの音を聞いている。

「そこでも私は彼女なのかな」
「そうだ」

 冴はどこまでも淡々としていて、私のことが好きなのかもわからなかった。でも、好きでなければプライベートまで彼女だなど言わないだろう。こちらで整理しなければいけないことが、非常に私を悶々とさせる。私は多分、日本式の恋愛に慣れていたのだ。好きです、付き合ってくださいときちんと口にすることに。もう大人なのだから、そういう言葉なしで進む恋愛もあるのだろう。相手に少しずつ悟らせていくような進め方は、なんとももどかしく、確認の言葉を吐きたくなった。けれどそうしたら負けな気がして、私は彼女のていを貫く。冴は何の節目もなく、本物に進めてしまうのだろう。私はそれに慣れなければいけない。糸師冴の彼女として。