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 冴が一時帰国したのは、寒さも落ち着いてきた三月のことだった。まだ桜が開花するには早いが、日本はすっかり卒業シーズンだ。

「本当なら、冴も日本で卒業だったかもね」

 たらればを言っても仕方ない。けれど、郷愁に浸るのもいいだろう。スペインへ行かなければ今ほどの恵まれた環境に身を置けなかっただろうが、日本にいれば普通の学生生活を過ごしていたかもしれない。冴がそんなことに興味はないのを承知の上で、私は言ってしまう。私は冴と学生生活を過ごすことに、少なからず関心があったから。

「ん」

 冴は突然シャツのボタンを引きちぎり、私に寄越した。

「え? 何?」

 片手でボタンをちぎれることも凄い。が、冴の奇行に頭が追い付かない。冴は私服のシャツのボタンを留めてこそいないが、一つなくなればかなり目立つはずだ。

「日本じゃこうするんだろ」

 その言葉で、今卒業シーズンの話をしていたことを思い出した。卒業式にボタンを贈るのはよくある話だ。

「好きな先輩のボタンを貰いに行く、とかかな」

 仮にも日本で学生生活を送っている身として、私は正解を述べた。日本の女子は誰にでもボタンを貰うのではない。好きな人の分を、貰いに行くのだ。

「合ってるじゃねぇか」

 冴はサングラスをずらして私を見た。今まで好きだと言葉にしてきたことはなかっただけに、私の心臓が飛び跳ねるような音を立てる。冴はとっくに気付いている。気付いた上で、私にボタンをやっている。

「俺のボタンはお前にやるよ。お前と青春できなかったかわりにな」

 冴は私と学生生活を送れないことを申し訳なく思っているらしかった。それが私への同情なのか私のことを好きなのかはわからないけれど、海外に拠点を置く身で私とどうにかなろうとは考えていないのだろう。私に与えられたのは、この小さなボタン一つのみだ。

 とはいえそれも大事なことには変わりなく、私は手のひらでぎゅっと握りしめた。