きっかけがあると早いもので、個性把握テストで初めての会話をしたその日から、俺と名字くんは顔を合わせばお喋りを楽しむ仲になった。
「飯田くん、今日はお昼一人?」
「ああ、名字くんもなら、一緒にどうだい?」
教室を出ようとしたとき、名字くんは俺を呼びとめた。いつも一緒にお昼を食べているメンバー(緑谷くん、轟くん)は先生に呼ばれたりで俺一人だった。それに関しては別にかまわなかった。落ち着いて食事が出来るのも、良い事だろう。ただ、名字くんがいるなら別だ。
賑やかな食堂は、広いはずなのに沢山の生徒で埋め尽くされて狭く感じた。空いている席はないかと目で探す。まばらだがいくつか空いていた。あの一番端の席にしよう。通路側なら席を立つのも楽だろうからな。起こり得る出来事を想定しながら、俺は席へ着いた。名字くんは向かい合うように俺の前に座った。
「何食べようかな」
「俺はビーフシチューにしよう」
「あ、それ美味しそう」
メニューを見ながらしばし談笑。名字くんの
名字くんと一緒にいると退屈という二文字を忘れてしまう。休日の間にあった出来事を、漫画のようにテンポよくコミカルに俺に伝えようとしてくれるからだ。昼頃ショッピングに出かけたら麗日くんと梅雨ちゃんくんに偶然ばったりと会って――本当に偶然だったんだよ!と何度も教えてくれたから、きっと彼女中でとても嬉しい出来事だったんだろう――お気に入りの服と出会えたこと。夕食のあとに食べようと思って大事にしまっておいたプリンを、家族に食べられてしまったというなんとも悲しい話。夜に放送していたバラエティ番組がおかしすぎて、久しぶりに笑い過ぎで涙を流したなど。喜怒哀楽。ころころと変わる表情に俺は目の前にある好物の事を忘れて見入ってしまう。
「飯田くん、聞いてる?」
「……っ」
まさか顔を見つめていて話を聞いてなかったとは言えず。俺は「ちょっと考え事をしてしまった」と言い訳した。彼女はいつものふわふわとした空気を纏って笑う。心臓がドキリと跳ねた。
「飯田くんって勉強得意だよね?」
「ああ!得意な方だと自負している」
作ってくれた方へのお礼を忘れずに伝え、食器を返却口へと戻し、さて教室に戻ろうかと思っていると、彼女は困ったように尋ねた。
「何故そんなことを?」
「実は……」
彼女の悩みは、意外なものだった。


「ごめんね。貴重な昼休みなのに」
食堂とは打って変わって静かな図書室に移動した。しんと静まり返った空間に、重たい椅子が床と擦れ軋んだ音を立てる。俺の左隣に座る名字くんは教室から持ってきた自身のノートと教科書を広げた。いかにも女子、というような、パステルピンクを貴重としたノートだった。
「名字くんが気にすることじゃないさ。それに、俺も勉強ができて好都合だ」
「優しいね」
たった一言だったが、俺の鼓動を早めるには十分な効果があった。
向かいに座った時とは違う近い距離。心臓がどくどくと鼓動を打つ。この心臓の音が名字くんに聞こえることはないと思いつつも、何故か彼女には、全部伝わっているような気がした。全てを見透かす目。不思議な、ふわりとした雰囲気に、いつも飲み込まれてしまうんだ。
「えーと」と独り言を漏らしながら、テストに出る範囲を確認する名字くんを見る。目が合った。ふわり。ああ、やはり、きっとばれている。そんな表情だった。
「筆記試験はどうしても苦手で。情けないよね。暗記が完璧にできる個性だったらよかった」
「誰にでも苦手なものというのは存在するものだ。俺にだってあるぞ」
「本当?飯田くんの苦手なものって、あんまり想像できないな」
「ム……まあ今、この場で即座に言えと言われても、すんなりは出てこないが、たぶんある。きっとある!」
俺が言うと、名字くんはまた
「飯田くんは優しいね」と言った。
「そんなことは」
「わたしが言うんだから、絶対そう。間違いないよ。それとも、飯田くんはわたしの言うことが嘘だと思う?」
あまりに澄んだ目。吸い込まれそうな瞳。問われた俺に彼女の発言を否定することなんて、できなかった。そんな選択肢、最初から存在してないのだ。俺はもしかするととんでもない人物と友人になってしまったのかもしれない。そこまで思わせるのに、彼女は無邪気に微笑み、「ほらね」と言った。
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