32. 少年と少女の物語


桜がはらはらと舞う。もう春なんだ、と感じた。

先日終業式を終え、今は春休みだった。休みと言っても野球部は相変わらず部活三昧で、夏大の時みたいに朝五時からとかではないけれど、今日も一日部活だった。


「勇人、手紙来てるよ」

朝、家を出ていく時に姉さんに渡された。送り主の所に書かれた名前を見て自然と笑みがこぼれる。彼女からだ。

彼女とは手紙でやり取りをしている。彼女から手紙が来たら俺も返事を書き、彼女も俺から手紙が来たら返事を書くという感じ。今でもそれは途絶える事なく続いている。

ちらりと時計を見る。ゆっくりしていても十分間に合いそうだ。俺は封を切り、自転車を押しながら読み始めた。


手紙にはまず、あっちに引っ越してから八ヶ月経ったと書いてあった。ついでに言うと、俺と彼女が付き合い始めてから八ヶ月でもある。そう思って、顔が少しばかり赤くなるのを感じた。最初の一、二ヶ月は不安で不安でとても落ち着きがなかったのを覚えている。我ながら情けないな、と苦笑した。

次に書かれていたのはホワイトデーのプレゼントの事だった。
バレンタインには彼女からユニホーム姿のクマのマスコットを貰った。今はバッグについている。こっちにつく頃には結構な日にちが経っているという事でチョコを送るのは断念したらしいけれど。彼女からのプレゼントだと思うと嬉しさが込み上げてくる。
ホワイトデーに何かお返ししたいなあ、と街を歩いていて偶然見かけたのは小さな可愛らしいストラップ。彼女に似合いそうだと思って購入した。喜んでくれるか少し不安だったけれど、彼女も気に入ってくれたみたいだ。

(一生の宝物って、何だか照れるなあ。…あれ?)

読み進めていって、気になったのは最後に書かれていた彼女からのプレゼントの事。今朝の姉さんの様子からして、まだ届いていないみたいだ。
何だろう、と頭を捻る。彼女からのプレゼントなら何だって嬉しい。それにしても、何でいきなりお礼のプレゼントなんだろう。彼女が困っていたら助けてあげたいし、俺だって彼女に何度救われた事か。


読み終わった手紙を畳んで封筒にしまう。返事は何を書こうか、とワクワクする。今日の練習も頑張れそうだ。封筒を鞄の中に入れ、自転車にまたがった。


「勇人、」


不意に、懐かしい声が鼓膜を揺らした。

ゆっくりと振り返ると、そこにはずっと会いたかった姿があった。以前と変わらない優しい笑みを浮かべて、その人は立っていた。

「名前、」

名前を呼ぶ。自転車を立て、彼女に近づいてその体を抱きしめた。

「ただいま、勇人」

顔を埋めたまま、彼女は言った。抱きしめる手に力を込める。
とくん、とくん、と彼女の鼓動を感じる。

「名前、おかえり」

そう言うと彼女は嬉しそうに笑い、俺の背中に手を回してぎゅうっと力を入れた。

「勇人、プレゼント」
「…え、もしかして、名前がプレゼント?」
「うん。…嫌、だった?」
「そんな事ないよ、すっごく嬉しい」

今まで会えなかった分を補うように抱きしめ合う。彼女を感じる。声、笑顔、匂い、温もり――何も変わっていない。

「勇人、」
「ん、なあに?」

顔を上げて、俺をじっと見る。少しだけ抱きしめていた手を緩め、俺も彼女を見る。

「大好きだよ」

ふんわりと彼女は笑う。それにつられて俺も笑みがこぼれる。

「俺も、名前の事好き」

俺の言葉にくすぐったそうに目を細めて、顔をまた俺の体に押し付けた。彼女の耳は若干赤い。

「…勇人、」
「ん?」
「好きになってくれてありがとう」

耳を赤くしたまま、小さな声でそう言った彼女がとても愛しく感じた。緩めていた手に力を入れ、もう一度抱きしめる。
ふわり、と彼女の微かに甘い香りがした。


090831


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