ジジジジジ。ミーンミーン。オーシツクツク。

炎天下の中、ノースリーブで、しかも帽子も被らず日焼け止めも塗らずアスファルトの上を歩く。日焼けしてみたいな、なんて思ったり。旅行行くのは面倒くさいとか言っている我が家はどうせ海には行かないのだ。だから気分だけでも。
下ろし立ての真っ白なワンピースを着て、ヒールの高いミュールをはいて、いつもとは違う自分を演出してみる。ちょっとだけ可愛くなれたかな、なんて愚問。そんな訳ない。どんなに着飾っても行き先はただのコンビニ。だから、そう、せめて気分だけでも。

上からの熱と下からの熱のはさみうちのお陰で、つうーっと首筋を汗が滑り、ポツポツとアスファルトに小さなシミができる。周りでは様々な蝉が元気よく鳴いている。夏と言ったら海よりも西瓜よりも宿題よりも蝉だと私は思うのだけれど、どうだろうか。
ジジジジジ。ミーンミーン。オーシツクツク。それはまるで蝉の合唱。ああ、ひどく、愉快。

「名字」

不意に背後から聞こえた彼の声。途端に合唱が止まった。否、彼の声しか聞こえなくなっただけなのかもしれない。

「名字」

もう一度呼ばれる。ゆっくりと振り向くとそこには彼が、にかっ、と彼特有の笑顔で立っていた。

「部活はどうしたの?」
「今日は休み!」
「珍しいね。野球部は年中無休なイメージなのに」
「そっか?で、名字はどっか行くの?」
「コンビニ」
「じゃあ、俺も付いてこっと」

私と彼との距離が縮まっていく。ついに隣まで来た彼は、私の手を掴んで歩き始めた。あの合唱はまだ聞こえない。

「うわっ、涼しー!」

コンビニの自動ドアが開くと中から冷気が流れ出る。中に入り、二人してアイス売り場に並ぶ。やっぱり暑い日にはアイスを食べるに限る。

「名字はどれにすんの?」
「…これ」
「俺は新発売のにしよっと」

会計を済ませ、コンビニから出る。むわっとした空気が押し寄せる。だるい。コンビニの近くの公園でブランコに座ってアイスの袋を開ける。水色のそれを一口かじって、ほっと息をつく。隣のブランコに座った彼もおいしそうに食べている。…今度、それ買ってみようかな。シャリシャリと軽快な音だけが辺りに響く。

「やっぱアイスはうめえな!」
「…田島はさっきまで何してたの?」
「適当にぶらぶらしてた」
「嘘」
「うん、嘘」

にしし、と彼は私を見て意地悪そうに笑った。そんな彼を目を細めて、何をしていたのかもう一度尋ねる。彼がこんなに暑い日に何の予定もなくぶらぶらする事なんて零に等しいのだ。

「名字に会いに来た」
「…嘘」
「ほんと」
「嘘」
「ほんと」
「…何で?」
「名字に会いたかったから」

屈託のない笑みを浮かべる彼。彼の真っ直ぐな言葉に、私は顔にどんどん熱が集まってくるような感覚がした。

「俺、そろそろ帰るよ」
「…あー、うん」
「またな!」

大きく手を振りながら彼は去っていく。その姿を呆然と見送る。
気分だけでも、と思って日焼けしようとした。下ろし立てのワンピースを着て、ヒールの高いミュールをはいて、いつもとは違う自分を演出してみた。けれどもそんな事はどうでもよくなって、代わりに彼の言葉だけが私の中で渦巻く。彼は私に何を意味したのか。

今まで静かだった蝉が一斉に鳴き始めたように感じた。


090821

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