不意に冷たいものが額に触れたような気がした。目を開けると見慣れた天井と見慣れない顔。いるはずのない人物が俺の顔を覗き込んでいて、驚いて飛び起きてしまった。
「だめ、まだ寝てなきゃ」
「え…、名前、さん…?」
名前さんは肩を押して俺を布団に戻す。俺も素直にそれに従う。寝転んだまま彼女を見上げると頭を撫でられた。
「冷えピタ貼り替えようと思っただけなんだけどね…、びっくりした?」
「いや、大丈夫です」
「そう…」
俺の髪をすく彼女の指が何だか心地よくて思わず目を細める。そっと額に手をやるとそこには確かに冷えピタが貼ってあって、まだ冷たかった。
「何で…?」
「あー、勇人くんの家に遊びに来たらさ、勇人くん風邪引いて寝込んでるって言うじゃない。そのまま帰ろっかなって思ったんだけど、お姉ちゃんに看病してあげて下さい!って頼まれちゃって、」
「あ、あの」
「ん?お姉ちゃんなら買い物行っちゃったけど、何か用あった?」
「いや、姉ちゃんのことじゃなくて!」
がばっ、と体を起こすと名前さんは僅かに顔をしかめた。俺は構わずに彼女を目を見つめる。彼女も目を逸らす事をしなかった。
「そう、じゃなくて…。名前さん、学校はどうしたんですか?」
学校、その単語にピン、ときたらしい。彼女はそっか、と手を叩いた。
「学校は長期休暇をとってきたよ」
「また何で…」
「いやー、家族とかこっちの友達とかに会いたかったし…。あと、あっちにいると何だか寂しくて…」
「……」
「ああ、もう、そんな悲しそうな顔しないの!あっちにはちゃんと友達いるし、あっちはあっちで結構楽しいのよ」
彼女はそう言うと嬉しそうに笑った。その笑顔は昔と全く変わっていなくて俺はほっとした。
「…なんだか久しぶり」
「そうですね…。あっちでの生活はどうですか?」
「んー、まあまあ。でもご飯は肉ばっか出てくるから和食が恋しいかな」
「肉、ですか…」
思わず夕飯に肉料理ばかりが並んでいるのを想像してしまう。おいしそうだと思っていると、突然腹が鳴った。そういえば朝から何も食べてないなあ、と腹をさすると目の前から笑い声が聞こえた。
「勇人くん、何か食べたいものある?」
「いや、特には、」
「じゃあ、お粥でも作ってくるよ。台所借りるけどいい?」
「あ、はい。何だかすみません…」
「いーの、私がやりたいだけだから」
立ち上がり扉へ向かって歩いていく姿をぼんやりと見る。折角休暇をとって来てくれたのに世話をさせるなんて、申し訳ない。そう思っていると、不意に彼女は俺のほうに向き直った。心なしか、彼女の顔が赤い。
「こっちに帰ってきた一番の理由はね、勇人くんに会いたかったからなの」
はにかんで笑った後、彼女は部屋から出ていった。ぱたぱたと廊下を歩く音を聞きながら、回らない頭で彼女の言葉を必死に繰り返す。顔が熱いのはきっと熱のせいだ。
090707