海へ行きたい。唐突に彼女が言った。
埼玉には海がない。勿論俺たちはまだ車の免許も持ってないから必然的に電車を使うことになる。ガタンゴトン、と揺れる電車。その箱の中で俺たちは寄り添う。窓の外を見れば今にも泣き出しそうな空。二人乗り自転車で海沿いを走るのが憧れだったなあ。そう呟く彼女にいつかな、と言うと彼女は目を細めて嬉しそうに笑った。
何度も電車を乗り継いでやっとの事で到着したそこは、天気が悪いからか、それとも都会から遠く離れているからか人気がない。砂浜が見えた途端、隣の彼女が急に走り出した。俺もすかさず彼女を追う。
「海だ」
ぴたり、と足を止めて、目の前に広がるそれから視線を外さずに彼女は呟いた。
「そりゃあそうだよ」
そう返事をしてやると彼女は小さく笑ってまた走り出した。俺もまた追いかける。
「孝介」
くるりと振り向き名前を呼ぶ彼女。俺も数メートル離れた場所で足を止めると、自然と目が合う。薄っぺらい布から覗く、白くて細いその腕や足はきれいで、何だか不気味だ。
「わたしは、サカナなんだよ」
それだけ呟くと彼女は砂浜に寝転んだ。突然の行動にぎょっとして、急いで彼女に寄る。顔を覗き込むと、彼女はまたへらりと笑った。
「何言ってんの。ニンゲンだろ」
「ううん、サカナだよ。孝介っていう海に住んでる、サカナ」
サカナって水中でなきゃ生きていけないでしょ?と、彼女は目を細めて笑みを浮かべたまま淡々と言う。意味分かんね。そう呟くと唐突に手を引っ張られた。彼女の顔の横に手をつく。広がる黒髪、白い肌、俺を射抜くような瞳。覆い被さる状態になっても彼女はその笑みを崩さない。
「わたしね、孝介がいないと生きていけないの。だから、サカナ」
彼女は手を伸ばし俺の頬に添える。一瞬だけその瞳が揺れた。
「孝介、どっか行っちゃったら嫌だよ。死んじゃう」
「…どこにも行かねえよ」
「…ありがとう」
そう呟いて、少し寂しそうに笑った。彼女の手が俺の頬から滑り、砂浜の上に落ちる。
「名前、」
「ん、何?」
「お前のその理屈から言うとさ、俺もサカナかもしんね」
「……」
「お前がいないと生きていけない」
「…うん」
「お前こそ、俺の前からいなくなんなよ」
「うん」
腕をたたんで、ぐっ、と顔を近づけた。
090731