昼休み。今日もいつもと同じように三人で机を囲んで、水谷は自分の好きなように話して俺はそんな水谷の話を聞いてやり阿部は雑誌を読みながら時々うざそうに水谷に目を遣っている。その中でいつもと違う点が一つ。

「はい、できた!名前ちゃん可愛い!」
「え、そんなことないよ…!」

篠岡の言葉に照れながら否定する名字。普段はおろしているその髪は篠岡によってまとめられていた。人間ってちょっとしたことで随分印象が変わるんだと驚いた。

「栄口くん可愛いって言ってくれるよ、絶対」
「いや、あり得ないよ、そんなこと…」
「じゃあ、可愛い?って聞いてみたら?」
「え、む、無理…!」

顔を真っ赤にさせる名字。篠岡が言っているように、名字は栄口が好きだ。その事実は野球部全員(栄口を除く)に知れ渡っている。俺たちは陰ながら名字を応援している。

ふと廊下に視線を移すと茶色の短髪が視界に入った。栄口だ。栄口は俺と目が合うとにこやかな笑顔を浮かべて教室に入ってきた。

「花井、これ今日のミーティングの……っ!」

不意に栄口の息を呑む声が聞こえ、続いてガタッと音をたてて栄口が倒れた。その音で名字は栄口が倒れているのに気づき(ついでに俺以外の野球部員もそこで気づく)栄口の側に駆け寄った。

「栄口くん、大丈夫!?」
「へ、あ、え、名字…!?」

心配そうに顔を覗く名字。栄口は顔を真っ赤にさせながら口をぱくぱくと動かした。何も言わない栄口に名字は今にも泣き出しそうな顔をした。
こりゃ、だめだ。そう思い俺は席を立って栄口に近づいた。

「栄口、どうしたんだよ」
「え、あ、花井。名字ごめんな。俺、大丈夫だから」

そう言って栄口が立ち上がると、名字は顔を綻ばせて良かった、と呟き篠岡の所へ戻っていった。

「はい、これミーティングの資料」
「ありがとな、栄口」
「どう致しまして」

にこりと笑った後、名字のほうをちらりと見る栄口。俺はため息まじりに尋ねる。

「名字の所に行かないのか?」
「え、なななんで!?」

栄口は赤みが引いてきた顔をまた真っ赤にして首を振った。栄口も名字のことが好きだ。(もちろんその事実は野球部皆知っている。)栄口が何かと用事を作って七組にやって来るのもそんな理由だと知っている。今日だって、ミーティングの資料なんて部活前に渡してくれればいいのに。
思わずまたため息が出てしまう。俺は親指を立てて名字のほうを指して示す。名字は水谷や阿部と楽しそうに話をしていた。

「名字、それ可愛い!」
「でしょ?」
「二人ともやめてよ」
「いや、まじ可愛いって。阿部もそう思うよね?」
「へ、ああ、いいんじゃね?」
「阿部くんまで…」

三人の言葉に名字ははにかみながら笑う。ちらりと隣を見ると、栄口はなんだか悔しそうに四人(正確に言えば二人)を見ていた。

「お前も言って来れば?可愛いって」
「えっ…!」
「阿部も言ったんだぞ?」
「え、でも…」

なかなか一歩進めない栄口の背中を押してやる。すると栄口は決心したようで、名字のほうへ歩いていった。水谷や阿部と話をしていた名字も栄口に気づく。

「名字、」
「ん、何?」
「あの、その、か、か…」

栄口は俯いて、か、かかと連呼する。状況がうまく掴めない名字はただ首を傾げる。

「その…か、か、か…」
「…?」

不思議そうに栄口を見る名字の肩を篠岡がぽん、と叩き親指を立てる。それに名字は顔を赤くさせながらも頷く。俯いている栄口は気づかない。

「栄口くん、」
「へ、あ、何…?」
「これ、可愛いかな…?」

にこり、と照れながら笑う名字。その姿に栄口は顔をこれ以上にないってくらいに赤くさせた。

「栄口くんっ!」

ぐらり、と栄口の体が傾き大きな音をたてて倒れる。慌てて篠岡と水谷が近寄り名前を呼ぶが反応がない。気を失ったらしい。

「栄口、馬鹿だろ」

いつの間にか隣に移動していた阿部が呟いた。思わず阿部を見る。すると阿部は三人がいるほうを指差してため息をつく。視線をそこに移して納得。名字の顔は青ざめていた。


090808

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