07. どうしようもなく好きなんです!


辺りは暗くなっていき、もうすでに少し先の様子を確認できない程になっていた。
そろそろ学園に帰らないと…。左門はそう思い立ち上がったが、周りはうっそうと茂る木々ばかり。おまけにすでに日が暮れてしまっていて辺りを見渡せない状態。

「…どうしよう、」

いつもならこんな状況に陥っても自分の信じた道を進むだけだが、今回ばかりはそういかなかった。
誰か来てくれないだろうか。作兵衛たちが捜してくれているかもしれないが、こんな所まで来てくれるだろうか。だって、ここは自分も全く見当のつかない場所だから。

「僕、帰れないのかな…?」

最悪の事態を思い浮かべてしまい、もう枯れてしまったと思っていた左門の目からまた涙が落ちようとしていた時――、


「左門くんっ!」


不意に聞こえたのはあの優しい声。幾らか緊迫した感じだったが、それは紛れもなく名前のものだった。

「左門くん!」

もう一度名前を呼ばれる。
名前が左門に近寄ると、左門は膝に埋めていた顔を上げ、名前を見上げた。

「名前、先輩…?」
「左門くんがいなくなったっていうから捜しにきたの。良かった、左門くんが無事で…、」

本当、良かった。安堵の笑みを浮かべ何度もそう呟く名前に、左門は胸が温かくなるような感じがした。先輩は僕を捜しにきてくれた、その事実がとても嬉しくて、嬉しくて。
けれども、すぐに昼の出来事を思い出し、気分は暗くなってしまう。

「…左門くん?」

思わず俯いてしまった左門を、名前は不思議そうに見る。

名前先輩が心配してる、顔を上げて笑わなくちゃ、でも先輩を見ると泣き出してしまいそう、先輩、先輩先輩…!

喜びや不安や焦り、様々な感情が入り乱れぐちゃぐちゃになって、何かが外れて――
左門は衝動的に名前の体を抱きしめた。


「名前先輩、僕、先輩の事が好きです」

そう言うのと同時にぎゅっと抱きしめる力を強くする。
自分の声が震えているのを感じたが、そんな事を気にせず、左門は言い続けた。

「好きです、本当に好きなんです…!先輩に恋人がいても、僕を好きじゃなくても――」

ぽろり、と涙が零れ落ちる。泣いちゃ駄目だとは思っていても流れる涙は止める事が出来なかった。
嗚咽を漏らし始めた左門に、今まで黙って聞いていた名前は、左門の言葉が終わるとぎゅっ、とその体を優しく抱きしめた。突然の行為に驚く左門に構わず、名前はぽんぽんとあやすように背中を叩いてやる。

「ありがとう、左門くん」

とても穏やかな声で、名前は言った。

「左門くんは誤解しているよ。私に恋人なんていないし、それに――」

そこで一旦区切り、にこりと笑って、本当に幸せそうに言った。

「私も左門くんの事が好きなんだから」

その言葉に、左門は反射的に名前の顔を見た。名前の表情はにこりと笑ったままだった。

「本当…?」
「嘘なんてつかないよ」

クスクスと楽しそうに笑う名前。左門はそんな姿に、幸せを感じるのとともに、不安や焦りがいつの間にか消えている事に気が付いた。

「……先輩、」
「ん?」
「僕が、絶対、先輩を幸せにしてあげます」
「…うん、よろしくね」

お互いの顔を見て幸せそうに笑った。



遠くの方で幸せそうにじゃれあっている二人組を、作兵衛は目を細めてじっと見た。

「な、私の言った通りだろ?」

…いつの間に。先程までいなかったはずの三郎が隣にいた事に驚いたが、特につっこみをすることをしなかった。
三郎は呆れたように言葉を続ける。

「あいつは神崎の事が本当に好きなんだよ。左門くんは素直でいい子だとか左門くんは可愛いだとか左門くんはたまに男前で格好いいだとか…、延々と聞かされるんだぞ?!本当ごちそうさまだこんちきしょうっ!」

だあっ!と、三郎は頭の上に手を添えてしゃがみこんだ。作兵衛は思わず憐みの目を向けてしまう。
そんなやり取りをしていると、左門と名前がこちらに気付いて近寄ってきた。

「こんにちは、作兵衛くん、三郎」
「鉢屋先輩、どうかしたんですか?」
「いや、鉢屋先輩は今ちょっと…、」
「平気平気、三郎は私たちのラブラブっぷりに嫉妬しているだけだから」
「そうなんですか?」

にこやかな笑顔を浮かべて諭す名前に左門は素直に頷く。
名前先輩ってこんな人だったっけ…?!作兵衛は目を白黒にしてただ二人を見ていた。

「名前っ、お前なあ…!」
「わあ、三郎が怒った!」

三郎は顔を上げ名前を睨みつけたが、名前はけらけらと笑っているだけだった。

「左門くん、三郎がこわいからあっち行こっか」
「はい、名前先輩!」

二人はお互いの顔を見てにこりと笑うと、仲良く手をつないで歩き出した。
そんな二人をぽかんと見ていた作兵衛だったが、はあ、とため息が聞こえ隣に視線をずらす。ため息を吐いたのは三郎で、彼は心底疲れた様子でゆるゆると地べたに座り込んだ。

「富松、知ってるか?」
「何がですか?」
「あいつら、もう婚約してるんだとさ」
「……本当ですか?」

(……今度は惚気話を聞かなきゃなんないのか)

二人の心境は見事に一致していた。


まあ、本人たちが幸せならいいんですけれどね。


100415


ALICE+