財前が吽とお付き合いすることになって2週間が経とうとしていた。財前の生活に大きな変化はなく、相変わらず難しい顔をしてパソコンに向かっていた。マウスから手を離して椅子にもたれかかり、はぁ、とため息をつくとキーボードの横にあった携帯の電源をつける。新着のメールなし。また、はぁ、とため息をついた。
財前の一目惚れと強行突破により、無事に吽とお付き合いをすることができた。それは財前にとってとてつもない幸福であった。既に何度か講義の終わりにデート(という名のご飯)にも行った。メールを頻繁に送りあっていた。なのに何故か3日ほど前からぴたり、と吽からの連絡が途絶えてしまった。
嗚呼やはり無理矢理だったのだろうか、嫌だったのだろうかと負の感情がぐるぐると頭の中を巡る。今まで他人から連絡が来るとか来ないとか気にしたことなかったのに。連絡しても返事はない。電話番号は知らない。大学は解るけど行って会える確率はかなり低い。家は知らない。
3回目のため息を吐いたところで新着のお知らせが無かった携帯から、けたたましくベル音が鳴り響いた。油断していた財前は肩をびくっと揺らし、眉間のシワを深くして画面を見ると"金髪ヒヨコ先輩"の文字。
「この電話は現在使われていないか、電源が入っていないためかかりません」
『おい!そんなやる気のないアナウンスあるか!アホ!』
「なんスか。用があるなら30字以内で言うてください」
『ヘルプでベース入ってほしいねん』
「は、なんで俺がせないかんのですか」
『ええやん、どうせ暇やろ。うち主催のライブやねんけど、一個バンドが出られんくなってん、ほんで埋め合わせ』
「ライブいつなん」
『明後日や!』
「はぁ?アホちゃいます?いや馬鹿なん?頭湧いたん?」
『罵声のオンパレードやな!ま、うちの大学の横にあるスタジオpoisonのAに来い、今練習中やねん』
「いや、俺するとか言うてへん」
『ほな、待ってるで』
本日4回目のため息をついた。バイトもないし大学もない、作曲も進まない。しゃーないな、とぶつぶつ呟きながら財前はジャージから着替えて、愛用のベースを持った。
スタジオpoisonは財前も良く利用してることもあり、受付で頭を軽く下げて通り過ぎる。「どーも」と受付のお兄さんのやる気のない声を聞き、部屋へと進んだ。スタジオは防音になっているががちゃがちゃと楽器の音や、マイクを通した音が部屋の外に漏れるのはしょうがない。至る所から聴こえる色んな音を耳に入れながら目的の場所までつくと、財前は足を止めてしまった
「(A room・・・これ・・・吽の歌声やん・・・てかこの曲・・・)」
「お、来たか 」
「吽?」
「あ、光くん。来てくれたんだ」
財前が部屋に入ったことにより演奏は止まった。部屋にはマイクの前に立った吽とドラムセットの中にいる先輩。そして今吽が歌っていた歌はあの時彼女に作った曲であった。
「・・・なんでこの曲」
「私が謙也くんにお願いして・・・びっくりさせるためにギリギリまで内緒にしてたの。ごめんね、内緒にしてて」
「作曲者なんやからすぐに合わせられるやろ!」
「・・・アホか」
詳しく話を聞けば、バンドが一つ出られなくなった時点で謙也が吽にどこか出られるバンドがないか聞いたのだと。その際吽が、この曲をしたいから即席でいいからバンドを組めないかお願いしたのだという。そんな面白い話をこのヒヨコ先輩が乗らないわけもなく、二つ返事で返してくれたと。3日間連絡がとれなかったのは作詞と練習をずっとしていたから、と眉を落として何度も謝る吽の姿に財前が何か言えるわけがなかった。
「なに嬉しそうな顔してんねん」
「してへんわこのヒヨコ頭」
「な、なんやと!」
「ちゅーかこの曲のドラムソロの部分、謙也さんの実力じゃ難しそうッスね」
「アホ!俺かてこれくらい余裕のよつこさんっちゅー話や!」
「これ、ツインペダルいりますよ」
「は、ほんまか!?どうりでバスドラの音多い思たわ...」
ケースからベースとシールドを出し、準備を出しながら先輩に軽口を叩く。ツインペダル持ってないわ、ちょお借りて来る!と言って部屋から出た先輩を横目で見ていた。
作曲したのは自分自身だからなんとなく音は解る。だがバンドとして合わせるのは初めてだから色々調整しないと、とベースを持ちチューニグを始めた時、マイクスタンドの前にいた吽が横で「光くん」と財前を呼んだ。
「ん?どしたん」
「ここの部分なんだけど・・・」
「おん」
「ここね、こんな感じになってちょっと歌いにくいかなって思って」
「あー・・・じゃあここはEmに変えた方がええかな・・・・・・なんや俺の顔になんか付いてるん?」
「ううん、曲作ってくれてありがとう」
「やっぱり吽の声はええな。俺の目に狂いはなかったわ」
「ほんとわたしの声、好きだよね」
「声だけやなくて吽本体も好きやで」
「光くん顔真っ赤」
「うっさいわ....時間ないから謙也さん戻ったら合わせるで。とりあえずここは、Emで」
171012
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