ライブハウスの控え室はとてもじゃないけど静かではなかった。ステージの真裏にある控え室は演奏中のバンドの音楽が聴こえることはもちろんのこと、控え室で直前の練習をするバンドマンの音楽で溢れていた。忍足謙也も同様にささくれのように木が剥けたスティックをパタパタと音を立たせながら練習していた。



「ん・・・なんやこの紙」


財前光は終わらない課題と進まない作曲にイライラして気分転換をしに近所のコンビニに来ていた。携帯を出そうとジャケットのポケットに手を入れると金属とは違う感触。ポケットから出してみるとくしゃくしゃになった長方形の紙。あぁこれは、と財前は思い出した。ちょうど1週間前に金髪ドラマーがライブのチケットをこのジャケットにねじ込んでいた。


「(しかも今日やん・・・・・・暇やし行くか)」



パタパタ音を鳴らしていた忍足謙也は目の前に置いていた携帯が通知を表示したことで、練習していた腕を止めた。誰や、と携帯を取ると滅多に連絡してこない後輩からであった。


財前:謙也さんのバンド何時からっすか

18時30分からやで!

財前:バンド名は

star や!

財前:うわ

うわってなんや!



「既読無視かい!」
「謙也くんどうしたの?」
「いや生意気な後輩が、な」
「前話してた子?」
「あーそうそう、財前っちゅー奴なんやけど・・・時間聞いたってことは来るんやろな」



1drink500yenと書かれたボードの下で生意気な後輩、財前はコーラを頼み、ライブハウス奥にある背の高いテーブルに肘をつきながらバンドを眺めていた


「(音が全然出てへん)」


これほどまでにつまらなそうにステージを眺めている人は他におらず、明るい音楽と反対に、自分の音楽にも他人の音楽にも厳しい財前は冷めた雰囲気を醸し出していた。


「(ボーカルしょぼいわ・・・ぜんっぜんおもんない、次の謙也さんのバンド見たら帰ろ)」


コーラの入った紙コップは氷だけになっていた。財前は氷をガリガリ噛みながらステージ上に現れた緊張した趣の先輩を眺めた。スリーピースか、謙也さん頑張らなあかんな。ミスったら笑いものにしてやろ。財前はそう思いながらボーカルの女の人が準備を終わらせたことを示す、腕を上げた姿を眺めていた。


「・・・!?」


引き込まれた。そう表現することが妥当だった。先程までのバンドとは大違い。すぅ、と吸われた空気が吐き出された音は財前を引き込んだ。


「このボーカルめっちゃええ声してるやんけ・・・」


腕がぞわぞわと粟立つ感覚。声量、声質、何をとっていても抜きん出ていた。何より耳に残る声でありながら何か身体の軸にすっと入る心地よさ。財前は気付けば聞き入っており、気付けば全ての歌が終わり、starは撤収していた。


「財前!やっぱり来たんやな!ほんまお前はツンデレやなぁ」
「謙也さん」
「ん?」
「ギタボの人、何者なんすか」
「吽ちゃん?ええ声してるやろ?別に何者でもないで。普通の子や」
「普通の子・・・」
「吽ちゃん連れて来よか?」
「・・・いや、ええっすわ」
「そんな照れんなっちゅー話や!ほら、行くで!」
「は、ちょ、引っ張んなや」


財前が連れてこられたのは謙也が数分前までいた控え室。未だにガヤガヤするその空間に入った謙也は、お目当の人を見つけ、そこらへんに座って練習する他のバンドマンを避けるように部屋の角に向かった。


「吽ちゃん!」
「あ、謙也くんお疲れ様!」
「お疲れさん、ほら財前この子が吽ちゃん」
「・・・どうも」


ギターを肩から下ろし、財前と謙也の前に立ったのは先程まで財前を魅了する歌声を発していた普通の女の子、吽であった。


「あ、謙也くんが話してた後輩?」
「おん、生意気な財前光くんやで」
「は?」
「あはは、大丈夫、悪口なんて言ってなかったから!私は吽っていいます、初めまして」
「・・・初めまして、四天宝寺大学1年の財前光っす」



160315







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