黒髪短髪の青年は難しそうな顔をしながら猫背でピックを選んでいた。小さなケースに並ぶピックを見ながら、手にとっては硬さの感触を一つ一つ確かめていた。あのライブ以来、納得のいく曲を作れなかった財前は気分を変えようと楽器屋に来ていた。新しいピックでも買おう。自分の納得のいく音が出るようなピックを。そう意気込んで。


「やっぱティアドロップやなぁ」


今まで指引きでベースを弾いていたが、固めの音が欲しく、ピック弾きしてみようと思っていた。という建前で、本当は普段より固めな音を出せばロックやメタルの曲が作れるのではないかという暗示の意味もこもっていた。あの彼女に歌って欲しい曲ばかり作ってしまうのが嫌ではなかったが、何処か自分が変わってしまうのではないかという恐怖と違和感が財前の心を支配していた。


「お、ええやつ置いてるやんけ」


行き詰まっていた作曲作業であったが楽器屋に来て気分転換が出来た様子で、家を出た時より何処か顔色と眉間の皺は良くなっていた。選び終わったピックを持って自分の持っているベースより2倍も3倍も値段の高いものを物色していた時であった。誰かが彼の肩を軽くトントンとたたいたのだ。


「あ、やっぱり合ってた。えーと、この間ぶり?」
「・・・吽、さん?」
「名前覚えててくれたんだ。よかったー会ったの一瞬だけだったから忘れられちゃってるかなって思ったんだけど」


へにゃ、と気の抜ける笑顔を向けたのは今しがたまで財前の頭を悩ませていた彼女であった。財前はヘッドホンを取り、ぺこりと頭を下げ彼女を見た。あんなパワフルな声をでるような印象は全くなく、どちらかといえば穏やかな雰囲気の持ち主だった。財前はもう手の中にあったピックのことなど忘れていた。ただ先程まで作っていた曲を目の前の彼女が歌っているイメージだけがそこにあった。


「財前くんは・・・ベースだっけ?」
「そうっす。あと作曲とか」
「作曲!?曲作れるの?」
「そんなうまくないっすけど、まぁうちコピバンやないんで」
「へぇ、すごい!大学は・・・どこだったっけ?」
「四天宝寺大」
「あ、そっか。ライブあったりする?どんなバンド見てみたいな」
「あー・・・箱小さいっすけど今週末ライブハウスNAMBAのライブに出ますよ」
「ほんと?行ってみてもいい?」
「・・・もちろんっすわ」


詳細連絡してくれる?と言いながら携帯を出す彼女に一瞬怯んだ財前であったが、・・・了解と一言呟き、彼女に連絡先を送った。


「メッセージ送ったけど、届いた?」
「届きました」
「あ、やばい。もうすぐ待ち合わせの時間だ。ごめんね財前くん、引き止めちゃって、また詳細送ってね!」


ばいばい、と嵐のように過ぎていった彼女の背中を見送って、財前はようやく手の中にあったピックの存在を思い出した。頭の中を再度支配したのは彼女の声、凛とゆっくりとハキハキした声。何度も脳内で繰り返されるあのライブの歌声。身震いがした。進んでいなかった作曲作業が嘘のように、今彼の頭の中では新しい旋律で埋め尽くされていた。そこでようやく気付いたのだ。これは抑えられる感情ではないということを。財前は今頭の中にある旋律を忘れないうちに書き留めたいと、焦るようにピックを売り場に戻し、足早とその場を離れた。


170603







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