雪は僕等の間を落ちていき、じわりと溶けてしまった




(高校3年生11月)


「日誌書くの、終わりました?」
「!あ、国見・・・ごめん、今日ちょっと花巻に用事があるから先帰っててもらえる?」
「花巻さんと・・・?」
「うん、ごめんね」
「・・・解りました、また、夜ラインします」
「ん、お疲れ様」


部室の中で吐く息は白かった。ジャージにコートを着てマフラーというなんとも不釣り合いな格好をしながら志帆はマネージャーとして1日の日誌を書き上げていた。その横にはのんびりだらだらと着替えをしている、後輩国見英がいた。彼は着替えた服をエナメルバッグに詰めると荷物を持たずに後ろで静かにペンを走らせていたマネージャーに声をかけた。


「ごめん、花巻。お待たせ」
「やー、俺の前を通り過ぎる国見の顔が怖すぎ」
「ごめん・・・?」
「いいけど、てか俺に話って珍しいな。どうかした?どうせ国見のことだろ」
「う、解りますか」
「お前みたいな奴が相談なんて国見の事以外ありえないからな」


はぁ、と息を吐くとさっきよりも深い白い息が溢れた。花巻は早めに着替えて部室のドアの前に立っていた。そのドアの中にマネージャーと二つ下の後輩が残っていることも知っていた、が、とてもじゃないがその中で待つことなんて花巻にはできなかった。
その中の1人、国見が部室から出てきた際まさかそこに花巻が立っているとは思わず、小さく肩を揺らしたがすぐにスッと目を細め業務的に頭を少し下げてその場から去って行った。


「相談というか、なんというか」
「ウン」
「・・・」
「なんだよ」
「国見に、まだ東京の大学行くって言ってなくて・・・」
「え、まじ?」
「まじ、っす」
「遅くね?何でいわねぇの?」


花巻の中ではかなり仲の良い女友達というポジションに収まってる彼女であった。1年生の頃は同じクラスで何度か隣の席にもなったことがある。その上チームメイトでもある。おそらくどの女子よりも関わっている自信があるが、こんな雰囲気の彼女に出会ったのは初めてであった。


「・・・遠距離、嫌だから別れるなんて、言われそうで」
「ぶっ」
「ちょっと!笑い事じゃないんだけど!」
「いやーお前も乙女になったなぁって思うとつい」
「・・・・・・言わなければ良かった」
「悪い悪い。てか心配する必要なくね?」
「どうして?」
「こーんなにお互いラブラブなのに遠距離ごときで別れるとは思わねーけど」


花巻の頭に浮かんだのは部室の前で出会った国見の顔だった。表情が乏しい部類に入る国見だったが、色恋沙汰になるとあいつも感情が顔にでるんだな、と花巻は心の中でほくそ笑んだ。小さく頭を下げた後の顔になんて、「なんでこいつと」という嫉妬と焦燥で満ち溢れていたというのに。


「・・・わかんないじゃん」
「てかお前はこっちに残るって選択肢は無いんだろ?」
「・・・・・・うん」
「だったら言うっていう選択肢しかないのに、そんなだらだら引き伸ばしてるから言いにくくなったんだろ」
「おっしゃる通りです」


明日言おう明日言おうと思っていたらいつのまにか吐く息が白くなっていた。
毎日増え続ける罪悪感にそろそろ耐えきれなくなっていた。花巻の言う通り、‘言う’という選択肢しか無く、答えの見つかっている相談をしているのは重々承知しているのだが、どうしても誰かに背中を押して欲しかっただけだった。


「国見もよく気づいてないな」
「大学の話してこないし、国見の前で勉強とかしないし」
「ふーん?」
「ライン、とかじゃダメかな」
「いんじゃね?そんな正座して言う話でもないし。かるーい感じで言ったら意外とかるーい感じで返ってくるかもよ。「オッケ〜」みたいな」
「なにそれものすごく国見っぽくない」
「ま、万が一もしかして仮にも、別れることになったら俺にシュークリーム奢って。また話し相手でもなってやるよ」
「うん・・・・・・うん?なんで私が花巻にシュークリーム奢んないといけないのよ」
「相談料に決まってんだろ。花巻相談所、報酬はシュークリーム」
「安いな」
「報酬は成功した時だけもらってやる。てことで、明日楽しみしとくわ」


じゃ、俺はここ左だから、とヒラヒラ手を振って花巻は帰っていった。あんな顔してなんであんなにもシュークリームが好きなのか疑問に思いながら、ポケットの中に入っていた携帯を取り出した。アプリを起動し、1番上にある名前を押す。キーボード画面が出てくるが、一向に指は動かなかった。
なんて切り出すべきなのか、どう話せばいいのか、やはり問題の目の前に立つと身動きが取れないでいた。どうせなら花巻がいる間に送って仕舞えばよかったのか。
気がつけば自分の家まで後少しのところになっていた。真っ暗な外で一際目立つ携帯の明かりが照らしたのは、マンションの敷地の前に立つ一人の男性であった。


「志帆さん」
「え、国見?どうしたの?先に帰ったんじゃないの?」
「・・・・・・花巻さんとの用事ってなんだったんですか」
「えーっと・・・ちょっと相談に乗ってもらってて」
「俺には話せないことなんですか」
「あー・・・えー・・・国見の、ことだし」
「俺のこと?」


塀に寄りかかっていた国見がこっちを向いた。寒そうにポケットに手を入れマフラーで口元が隠れているが、気まずそうに、目線を彼女から話した。


「・・・俺と、別れるつもりなんですか?」
「え、?」
「東京行くんですよね」
「!どうしてそれを」
「何で言ってくれなかったんですか?」
「それは・・・」


一歩、国見が近づいた。


「・・・遠距離が嫌なら距離感じさせないくらい連絡もしますし、寂しくなったら会いに行きます。だから、」
「くに、み?」


もう一歩、近づいた。


「だから・・・別れようだなんて言わないでください」


彼は懇願するような顔でゆっくり目の前の彼女を抱きしめた。


「くにみ」
「嫌です」
「くにみ」
「嫌です」
「わたし・・・東京の大学行くんだ」
「・・・・・・はい」
「たくさん、連絡していい?」
「はい」
「夜、電話もしていい?」
「はい」
「たまに帰ったら会ってくれる?」
「当たり前じゃないですか」
「国見」
「はい」
「大好き」
「ッはい」









花巻からラインが来ていた
『駅前のコンビニのシュークリームよろしく!』






ALICE+