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拙い言の葉の庭

omnibus系列(fgo)

「令呪を持って命じる――!」


斎藤一は藤丸弟のサーヴァントである。彼自身もその事は理解しているが、それでも手を伸ばさずにはいられない。どうしても、諦めきれない。いや、諦めるつもりなどない。諦める必要もない。手が届かないのなら届くようにすればいい。奪える立場になればいい。そう、方法は幾らでもある。これも布石のひとつ、だと斎藤は思いながら主人の令呪発動を確認した。これは好機と、彼は令呪が三画全て使い切れば回復まで時間が掛かることを知っており。尚且つその間は主従契約が曖昧になることも熟知していた。つまり、こちらから破棄が出来るということ。戦闘を終わらせた斎藤は刀を鞘に納め、金属音が閉まる音が静かに奏でる。自身の現在の主へ向き直り普段の力が抜け様な笑みを浮かべた。警戒心を削り、目的を気取られないように……。


「マスターちゃん。令呪を全て使い切っちゃったね。危ないからそろそろ帰還しようか」
「ん?ああ。そうだね。心配してくれてありがとう一ちゃん」


警戒心の薄い御仁だと斎藤は僅かに口角を上げながら、笑みを深める。他のサーヴァントに帰還指示を出している主人の背後に立ち、斎藤の欲しくて止まないカルデアのメディカルチェック担当の娘を脳裏に思い浮かべる。あと少しで自分は彼女のものになる。そうすれば自分の欲望を満たすための一歩を踏み出せる。策略が型にはまったと喜ぶ策士のように狡猾な彼は身を潜めようとした時、藤丸弟は「一ちゃん」と不意に名を呼んだ。とても落ち着いた声で、だがその振り返った表情は一切の油断はなかった。


「残念だけど、彼女のモノにはなれないよ。何故なら俺の令呪はまだ一画残っているから」


斎藤の眼前に令呪が刻まれた手の甲を手袋を外して見せた。確かに一画はっきりと残っている。斎藤は目を見張った。はあ?確かに三画発動したことを音でも目でも確認したはず、と彼の胸中は策に溺れた鯉のようだった。そんな様子が手に取るようにわかったのか藤丸弟は、人のいい笑みを浮かべた。


「一ちゃんさ。俺との契約破棄してあの人の隣に行きたいのはわかるけど、それを俺が許すわけないじゃん。俺があの人に片想いしているの知ってるでしょ?俺はね、俺の願いが叶うまで諦める気はないんだよ。マーリンは誤算だった。立香のヤツが勝手に唆すから……」


いい人が服を着たような少年は、その顔で詐欺師のように言葉を並べた。純粋なまでの愛の告白でも聞かされているような錯覚さえ覚え始める斎藤は、刀の柄を握る。


「駄目だよ。サーヴァントなんて、絶対に好きになるでしょ。命をとしてでも守るなんてさ。女心がくすぐられるじゃん。だからあれっきりだ。絶対にもう許さない。あの人のサーヴァントになんてならせないよ。ごめんね一ちゃん。なるべく君の願いを叶えてあげたいと思うんだけどさ……俺の初恋なんだ」


その後の言葉は聞かずともわかる。斎藤は今すぐにでも斬り捨ててしまいたい気持ちになりつつも。その欲を抑え込んだ。そんな博打なんてするつもりはない。感情的になれば相手の思う壺。柄から手を離し髪をかき上げ長い溜息を吐き出した。恋をする少年のような顔をしている主人に対し、ニヒルな表情を浮かべた。


「マスターちゃんも歪んでんね。でも、俺も諦める気サラサラねえから。初恋?ンなもん実らねえのが定石だろ」
「ええ?それはさ、初めての恋だから上手くいかない方が過半数をしめるからそういうのであって、俺のが必ずしもそうだとは限らないでしょ。ていぅーか一ちゃんはさ、マスターの恋の応援くらいしてよ」
「するわけないでしょ。恋敵なんだから。ほらマスターちゃん。もう帰りますよ」