テスト

- text「巻ちゃん。携帯鳴ってるよ」
「ああ…これは別に取らなくていいショ」


うだるような暑さにアイスを咥えながら長くなった髪をゴムで束ねる。首元に風が通れば少しは体感温度が下がるだろう。


「ひょへふにしてもぉにぎらやかだね」
「食べるか、喋るかどっちかにしろ」


ソーダ味の棒を手に口内から解放すると頬肉の内側がひんやりと冷えていた。流石にキーンってなる。下唇についたソーダ味の甘ったるい砂糖を舐めとりながら額から流れる汗をハンカチで吸い込ませた。溶けそう。


「髪、伸びたショ」


巻ちゃんが不意に軽く結んだ束の毛先に触れる。巻ちゃんの手は女性のようにしなやかだから特に不快感も感じない。


「誰かさんが切らせてくれないから」
「それは悪かったな」
「うそうそ。願掛けなだけだよ。勝手に私が決めてやっただけだから」


アイスを口の中へ誘導し下で溶かす。口内の暑さにふやけていくのは氷の塊の方。今年の夏も猛暑だな。風向きを気にしながら本当に長くなった髪をおさえた。肩に毛先がつくくらいしかなかった長さはもう腰まで伸びてしまった。整えているとはいえ、流石に長い。まるでラプンツェルのようだ。このまま伸ばしたら窓から降りれそうだな。


「今年こそは切りたいな」
「男の前で髪をきるとか言うなショ」
「ええ?でも長いのって大変なんだよ?手入れとかドライヤーとか。冬はぬくいけど夏は只管斬髪したくてうずうずする」
「お前のそういう男らしいところ嫌いじゃないが、長い方が似合うっショ」
「玉虫色のロンゲ野郎に言われても嬉しくない」
「笑顔かよ」


溶けてしまった氷菓子を喉奥へと流すことなど造作もない。水色の固形物が液体へと変わり流れていく。舌が今頃水色に変色していることだろう。アイスの棒を咥えながら揺らす。今年も夏が来た。君と迎える六年目の夏が来てしまったな。


「巻島さん、苗字さん。お疲れ様です」
「坂道くん。おつかれさま」
「わわぁっ苗字さん」


掃除当番を終えてやってきた坂道くんに向けて両手を広げて抱きしめる。ああ、癒される。ここまで純粋な男の子をお姉さんは見たことがないよ。


「マイナスイオンが出てるよ」
「えっ、あ、あの」
「離してやれ」
「巻ちゃんも抱きしめたかったらいいんだよ?遠慮しないで。我慢は身体に悪いよ。適度なストレス発散をおすすめしますよ」
「へぇーじゃあ」


立ち上がり巻ちゃんが近づいてくる。腕を広げて反対側から坂道くんを抱きしめるのかと思ったら私の背後に立ち、私事坂道くんも含めてその長い腕で抱きしめられた。


「ちょっ、え?巻ちゃん?何で私まで抱きしめてるの?天使はこっちだよ」
「お前が抱きしめていいって言ったんショ。なら俺がどう抱こうがいいだろ」
「いや…その、私。汗かいてるから臭うでしょ」
「ンなの俺も同じだから」


暑い。うだるような暑さ。最高気温35度の猛暑が大気を渦巻き、人々を襲う。そんな熱気が溢れるこのアスファルトに囲まれた地で、私たちは何でくっついているのか。傍から見れば馬鹿なんじゃないかと思ってしまうのに、この暑さが心地よく感じてしまう。ああ、気づくな。気づくな。この気持ちは不要だ。沸き上がる感情を抑えるために坂道くんに回す腕に力をこめる。


「苗字さん?」
「坂道くんはかわいいね!」


お願いだから汗腺さん。仕事をして。じゃないと別の所から塩水がこぼれてしまいそうだから。









「進路希望調査の紙が落ちてる…これって巻ちゃんのクラスじゃ。あ、本当に巻ちゃんじゃん。何処の大学行く気だろあのお坊ちゃん………」









仕方ないじゃないか。こんな気持ちが育ったところで。私はラプンツェルのように外への好奇心は捨てる。知らない方が傷つかないで済むから。
あなたの温かさなんて知りたくない。指が細いのも力が意外に強いのも、あなたの髪が綺麗なのも。あなたの匂いを憶えてしまう前に……さようなら。


巻ちゃんは美人すぎて今まで気づかなかったのにめちゃくちゃすきになりました。//20190817