咲かせよ仇華

血と腐敗した臭いが充満する室内に辿り着くと、突然の斬撃に鶴丸と二手に別れ避けた。
室内の中央辺りで「ざーんねん」と可愛らしい声をあげている人物がいる。
その体格には似つかわしくない大柄な太刀を持ち、愛らしいそのペリドットの眸で笑みを浮かべる少年。
持ってきた鞄の中から瓶を取り出しそれを床へと転がした。少年の足元に到達すると、少年は瓶を拾い上げ、蓋を開ける。中に入っている物を取り出すと口を開けて肉塊ごと取り込んだ。喉の飲み込む音が室内に響き渡る。

「返してくれてありがとね。やっぱり俺も本調子じゃないからさ。ああ、でも主は違うか。心臓がなくたって人間として紛れて生きていられるもんね」

左側の心臓部分の服を掴み挑発してくる。その言葉を聞いて口元が吊り上がる。ああよかった。罪悪感すら感じない性格で。

『神の端くれで人間の端くれのお前に褒められるなんて光栄だね。ありがとう。ああ、でも心臓を返したのはミサキの為だよ。その身体はミサキのだから。うぬぼれさん』

空気が一変する。裂くように大太刀を振り、宙を斬った。彼の周りには淡い蛍の光が溢れる。

「主には感謝してるんだよ。俺たちを起こしてくれて」
『じゃあ、喚んでしまったお詫びにもう一度眠らせてやるよ』

地面を蹴って蛍丸が私へ目掛け大太刀を奮う、それを受け流したのは鶴丸だった。

「あれ、失敗作の鶴丸じゃん。久しぶり」
「ああ。随分と生意気な口を訊くようになったじゃないか新入り」
「ここでも年功序列とか思ってるの?これだから平安刀は爺なんだから隠居してろよ」
「生憎だが、俺はまだまだ現役なんでね」

ぶつかり合う刃同士から火花が散る。鶴丸が注意を引き付けている間に手を叩き、左手から刀を抜く。時間遡行軍でさえ斬ることが可能、特殊に打たれた刀。だが子供の体格では長く持ってはいられない。手袋をしてきたのは滑り止めの為。柄を握りしめ、息を整えてから地面を蹴り間合いを詰めて、隙を狙って太刀を振り下ろした。
寸前の所で躱し、大太刀を軽やかに手元で回転させ、逆手に持ち頭上へと跳躍。真上から振り下ろされるのを直前で後ろへ飛び、極力刀での防御を捨てた。あんなものを一度でも受ければ腕が折れる。地面に突き刺さっているのに、地面事裂き始め、着地する地点で振り上げるつもりだろう。だが、蛍丸の背後に移動していた鶴丸の太刀が蛍丸の背中を斬りつけた。

「っ、なに、すんのさ!」

後ろ足で腹部に蹴りが入り、鶴丸が後退する。その隙に間合いをとって蛍丸の様子を伺った。だが、彼は背中を斬られたはずなのに服が裂けただけだった。

「ああ〜戦装飾気に入ってるのに。治るからいいけど」
「おいおい。ガッツリ入ったと思ったが?」
「確かに鶴丸が本来の力を取り戻していたら俺も危なかったよ。でも今の鶴丸は呪霊じゃん。呪霊が使う呪力が混ざった斬撃が俺に効くワケないよ。だって俺は刀剣男士だよ?」

神たる眷属に傷を負わすことは出来ない。呪霊だから。なら何故時間遡行軍は傷をつけられる。あれの原理もまた呪いだ。負の感情を吸収し、合わせたもの。ではあれが呪いだけでなくもしも、時間遡行軍もまた神たる眷属であったならば。それが堕天しただけだったのなら話は別だ。今の鶴丸では蛍丸に傷すらつけられない。なら私は。刀身を一度鞘に戻し、構える。蛍丸は私の構えに意気揚々と答えた。その仮定が間違えていないのであれば、今の私なら刀剣男士を斬ることも可能になる。
踏み込み、互いに距離を縮めていき一歩踏み出す直前で鞘から刀身を抜き、相手の首を狙って斬りつけた。互いに背を向け、砂埃が止むと同時に私はその場に崩れ落ちた。左腕を持っていかれた。床に刀を突き立て飛び散る鮮血に一瞬の顔を歪める。鶴丸は私へ駆け寄る。

「いい腕だね。流石戦場で戦ってきた審神者は違う。その身体にまだ魂が馴染まないだけッ」

蛍丸は鞘へ刀身をしまうな否やその流暢に語っていた口を閉ざした。首筋に一太刀入ったようだ。鮮血が勢い良く飛び散り、傷口を抑え蛍丸の目に怒りが灯る。

『可愛い顔が台無しになってるよ、ほたちゃん』
「折角愛嬌よく振舞っていたのに水の泡だな」
「ああ……忘れてた。主はもう人間じゃないもんね。今世の主は、同胞だったね」
『一緒にすんな。私は神なんだよ』
「……殺すなって言われてたけど、どうせ死なないなら一回殺すね」

先程よりも速度が上がっている。鶴丸は私を抱えその抜刀範囲から逃れる。機動速度が遅い鶴丸でも大太刀の蛍丸ならば追いつくことは出来ない。

「主。痛むか?」
『痛みはないと思う』
「何故あんな事をした。俺が、戦力外だからか」
『仮説を試したかっただけだよ』
「仮説、か……はあ、いいから腕を早く治してくれ」
『いや、それは後でいい。今は蛍丸の動きを封じるのが先だ。それより鶴丸。刀剣男士は霊力をどうやって使っているの?』
「ん?霊力をか?」
『霊力で存在維持をしてるでしょ』
「ああ。それは戦闘の時に使用するからな神力として」

鶴丸の言葉に合点がいったが、鶴丸の後ろで大太刀を薙ぐように蛍丸が空中から振るってくる。その攻撃から避けるために鶴丸の身体を思い切り突き飛ばした。後ろへ倒れ込む鶴丸と宙に浮いたまま蛍丸の太刀の間合いに入った私は、その斬撃を受けるしかなかった。
一瞬の裂かれた痛みと共に地面に投げ出され転がりながら床にうつ伏す。
大太刀には赤い血が付着している。それを払いながら床に転がる右足。恍惚そうに蛍丸は笑っていた。

「もう刀剣男士と審神者という関係じゃないのに。ただの呪霊に成り下がった奴を庇う神子の序列関係なのに、主は全く穢れない綺麗なままだね。あんな不浄な奴らに囲まれても主の神力だけは清浄を保ち続けられるから、俺たちはこの世でも顕現出来た。だから心から感謝してるんだよ。ねえ一緒に行こうよ」

差し出された手を見ながら口端からこぼれる血を飛ばした。

『侮辱すんなや。お前も呪いやろがい』

差し出した手が頭部を掴み、握りつぶさんと力を込められる。圧迫が継続的に続くため断片的な痛みが伝わってくるが、そんな蛍丸の喉に突き刺さった刀身。

「俺の主に触るな、蟲が」
「鶴がうるさいな」

刀身を抜き去り血潮が拭き溢れるのを手で抑える蛍丸。解放され、地面に落ちると身体を抱えられ鶴丸が肩を強く抱きしめてくる。これで震えているのなら可愛いもんだが、何せ今の鶴丸は呪霊。目が血走っている上に呪力が吹きこぼれている。均衡設定も情が強ければそれに引っ張られるのか。

『鶴丸』
「これ以上の怪我はやめてくれ。死ななくともやめてくれ。頼むから。俺が俺で無くなりそうだ。脳が焼け腐りそうだ」

右手で鶴丸の頬に手を伸ばし、大丈夫。大丈夫だよ。それが伝わるように鶴丸の頬を撫でた。乱れた力の均衡が整理されていく。鶴丸の殺気立った目から引いていくのを確認してから私は囁くように鶴丸に策を告げた。断固拒否という顔をしながらも、それしか勝ち筋がないことを知ると、溜息をついて賛同した。右手で左眼を覆い、口角を上げて笑う。

『さあ、反撃開始だ』

鶴丸は私を地面に降ろしてから、蛍丸と向き合う。先ほど喉を突いた傷も既に塞がっている蛍丸の愛らしい顔に、鶴丸は苛立ちを募らせる。

「よわ〜い鶴が相手してくれるの?俺、満足できるかな」
「そいつはすまないな。だが俺だけで満足してくれよ」
「ん〜〜い・や・だ」
「……そうかよ」

両者が自分らの領域に足を踏み出し、衝突する。その波動がこちらまで到達し、服が風圧によって舞い上がる。金属音が重なり合う不協和音が奏でられ、時たま肉を蹴る、殴る音がした。大太刀を扱うだけで大振りになるその脇を狙って、鶴丸の太刀が入る。

「当たって痛くもなッ!!」

脇を掠めとるように服が裂かれた次の瞬間、パックリと肉が裂かれ血潮が飛ぶ。蛍丸の顔が歪み振りかぶった大太刀を、そのまま地面に突き刺し刀を軸にして、鶴丸の顔を蹴り飛ばした。
だがその足を掴み、腹部目掛けて突き刺す。食堂を駆け巡った血が吐き出され、鶴丸の戦装束を赤く彩った。

「な、んで…呪霊が、俺に、怪我をっ」

鶴丸は口をあけ、舌を出す。その舌先には満月を宿す青藍の眸が乗っていた。
蛍丸は表情を崩した。視線が私へ向く、左頬から血が大量に流れ、体力的にもそろそろ限界を迎えているが私はその視線に答えるようにしたたかに口元をつり上げた。

『鶴丸の呪力を神力に変換させるために、神気を帯びた眼球を渡した。身体の負担はあるが、一時的ならば凌ぐこともできる。だから今の鶴丸は本来の力を取り戻した私の鶴丸国永だ』

鶴丸は口を閉じ、笑いながら太刀を引き抜き蛍丸の右足を切断した。その場に転がる肢体、手に持つ右足を投げ捨て鶴丸は太刀を構える。

「次は左腕だ。そして最後に左眼を貰おうか」
「ふっ節操のないやつ」
「主を見誤る奴に言われたくないものだな」

振り下ろす鶴丸の太刀は蛍丸の左腕を貫く前に弾かれた。硬度の高いもののような音に、私は声を上げた。

『明石!』
《 契約違反やって?そいつは違いますなお嬢さん。この中で起きた事に保証は適用外って言ったやろ? 》
「国行……」
《 蛍。はよ行き 》

蛍丸が逃げ出す。それを鶴丸が追いかけようと踏み出した瞬間、建物が崩壊した。頭上から瓦礫が降ってくる。鶴丸は咄嗟に後ろへ振り返り私を見る。私の頭上から大きな瓦礫が降って来ていた。反転術式の自動を止めたのは鶴丸に霊力を供給するためだったが、脚だけは治しておくべきだった。死なないとわかっていても眸を固く閉じ衝撃を待った。
周囲で破壊音が続く中、一向に痛みがやってこない。恐る恐る瞼を持ち上げると五条さんに抱えられていた。え、と発音すると五条さんは今まで見たこともない剣幕で私に向かって叫び散らした。

「ふざけんな!!」
『……』

あまりの憤りに震えているのか、それ以上の言葉は続かなかった。五条さんの術式のおかげなのか私たちの周りに瓦礫や崩壊の波は訪れない。静かな空間で、今まで何とも思っていない、思われていない人から叱責に戸惑いながらも。言葉を紡ぐことにした。

『わたしは、しにませんよ』
「でも死ぬだろ。お前も人間だろ」
『……そう、かな』

やっと力が抜けたみたいに、私は張り詰めていた緊張を解き表情が崩れた。
五条さんは小さく「そうだろ」と呟いた。
彊界の屋敷が崩壊していく。その様子を結界の外で眺めていた。ただ静かに。夏油さんに助けられた鶴丸もまた崩落していく屋敷を見つめていたが、何も語らなかった。
そして夏油さんに頭を殴られていた明石が後ろで正座させられていた。

「取り込もうかな」
「やめてください。お願いします。あ、お嬢さん。助けてくれません?お嬢さんの手助けやら色々としたやないの。なのに何で出会い頭にこの腹黒お兄さんに殴られなきゃあきませんの」
『流れかな』
「そんな流れ作った憶えありませんって。この慣れない身体で頑張ったのに、ほらお嬢さん。そろそろ契約について話しましょうや」
「いま、話せると思ってんの。この怪我みてわかんない?お前より重症なんだよ。あとでちゃんと祓ってやるから大人しくシバかれてろ」
「いや、どのみち殺すって言ってるようなもんやん」
「硝子に連絡入れるわ」
「いや、待って。確か才ちゃんは反転術式が使えるんじゃなかった?」
『そうですけど、その前に。鶴丸。左眼返して』
「……」

右手を伸ばして返せと言ったら、鶴丸はゴクンっと喉を鳴らした。その場にいる全員が静寂を守った後に、私がギャアアア!という叫び声をあげ事情の知らない二人の視線が一気に私へ集中する。

『あっ、なっなにしてんの!月詠は治るかもわからないのに!能力の一部が欠けてしまうかもしれないのに!』
「まあ、いいんじゃないか?厄介なものが視えるからきみはいつも苦しむ。それが欠けるなら俺としては手放しで喜ぶことだ」
『……それでもそれは、余計なものじゃない。必要なものだよ。私みたいな不完全な人間には』
「きみの荷物を背負い込む性質は治らないな」

鶴丸は諦めたような息を溢す。
月詠は、視たものの情報を読み取る・思考を読み取るなど視えたものは全てを恙なく知ることが出来る。人間たちの中で溶け込むためには必要なもので、この先の自身の身の振り方を決めるためにも失われてはいけないもの。

「よくわかんねーけど。別に失くそうが、欠けようが、どっちでもいいだろ。そんなもの。俺がいるんだから」
『……五条さんって空気読めませんよね』
「はあ?」
『態となのか、本気なのか、わかりませんけど、でもきみのそういう所は嫌いじゃないです』
「……そうかよ。俺はお前の遠慮しいなところが嫌いだ。ぶっちゃけスゲー腹立つ。どうせやんなら、俺を使い捨てにするくらいしてみろよ」
『そうやって直ぐ挑発するところは嫌いです』
「ああ、そう。そりゃ気が合うな」

五条さんなりに和ませようとしたのかな?よくわからない。思考が読めなくなっているのかな。不安は拭えないけれど、触れている箇所に熱が籠る。少なくとも今は、この時だけは「なるようにしかならない」と露払いくらいには気持ちが持ち直した。

「というか、才ちゃんの眼を食べたの?もしかしてさっき」
「ああ。一度食べて見たかったからな。美味だったぜ。次は心臓でも齧りたいものだ」
「……今すぐ祓った方が今後の身の為なような気がするな」
「そんなむきになるな。本気だ」
「笑えない冗談だな」
「驚きを忘れれば朽ちていくだけだぜ」

鶴丸の言葉に夏油さんが口を閉じる。そんなふたりを横目に明石が五条さんに踏みつけられているので、助けるべく契約を結んだ。

『あくまで仮契約だから。今日中に受肉しないと身体から粉々になってやがて存在すら消えてしまうよ』
「なんで一々死の宣告するんかこの子は」
『じゃあ私たちは御前家に行くので、さきに帰っていてください』

鶴丸に手を伸ばすと、五条さんは鶴丸の手を無下限で弾いた。

「はあ?お前も一緒に帰るんだよ」
『いや、明石が死にます』
「別にいいよ」
『よくないですよ。それに御前家を野放しにはしておけません。彼らもまた彊界家の実験の全容を知っています。有力な生き承認かと』
「それは私たちにとっての利益でしょ?君はどうして御前家に行きたいのか理由を教えて欲しい」

夏油さんが膝をおり顔をのぞき込んでくる。左眼を失ったからか、何も聴こえず何も視えずで不安げに唇が乾いていく。

『……御前家は器なので、受肉される前に食い止めたいから、です』
「うん。わかった。行こうか」
『いいの?』
「ちゃんと理由聞いたしね。いいよ」
「次は最後まで付き合うからな。突っ走んなよ」
『……ありがとう、ございます』

関係がないのに巻き込まれに来る物珍しい人たちに、慣れない頼りが気恥ずかしさと同時に嬉しさを満たした気がした。

「そんな顔出来るなら最初からしろよ」
「悟は繊細じゃないから」
「はあ?超絶ナイーブじゃん」
『え。不細工だった?』
「同じ気持ちかはわからんが、主が愛らしいということさ」

まだ理解できず首を傾げるが、流れる空気が和らいでいくのはわかる。
車で待機していた補助監督は彼らの雰囲気の変わりように目を丸くさせた。だが、大怪我を負っている私に驚きの大半は持っていかれたようだ。行き先を告げると、更に驚きが上回る。車に乗り込む際、五条さんから鶴丸が受け取ろうと声をかけるもこれを無視。助手席に座る夏油さん。後部座席に五条さん、の膝の上に私、の隣に鶴丸と明石(刀)で乗り込む。
反転術式を自動に切り替え術式が展開していく。腕と脚が徐々に再生されていく中、御前家へと向かった。


つまり、呪いを呪いでしか祓えないじゅじゅセカイに合わせて、刀剣男士を破壊できるのは神力を持つものだけってことです。鶴丸は呪霊となっているため、彼女の神気を帯びた眼球を取り込む(口内に含む)ことにより、呪力を神力に変えて身体中に循環させた。それも一時的であれば可能である。眼球のおかげで。眼球を通してヒロインが呪力の蝕みを防ぎ均衡を保たせたためです。長く続ければ現在の鶴丸の状態では消滅します。あとがきが補足説明になった。

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