星霜の読手

車で移動している中、私は事情を説明した。彼らは彼我の境である鶴丸のことや、私が何者なのかを知っただけで、私が完成させたものに関しては知らない。私の工房に記録として残したものがあるが、今は既に土の中。

『私が創りだしたのは呪物です。自分の心臓を核に、感情を主食にして創りました。全部で8つあります。感情は大きく分けて8つあると言われているため。その呪物は完成と同時に封印しました。とても人間が扱える代物ではないですから。人間が生きている限り彼らは力を失わない。常に供給し続ける生きた呪物。それを彊界家に利用されそうになり、自害を選びました。そしてこの身体の持ち主の魂が消滅したことにより、封印が解けてしまい呪物たちが目覚めてしまったという訳です』
「ちょっとマテ茶」
「え?身体の持ち主?」
『ああ、言い忘れてました。私は觀綴才ではないです。正確に言えば。この身体は初めから二つの魂が存在し、この身体と波長があった魂が才でした。私は潜在意識として留まっていただけで。主体が消滅すれば残るは一つの身体に一つの魂になるので、今は“私”がこの身体の持ち主です。ああ、前世の名前を名乗るつもりはないので捕まれたくないし。才のままで呼び名は結構ですよ』
「……え、お前紮の妹じゃねぇの?」
『身体は紮の妹。中身は前世記憶保持のしがいない女審神者です。ちなみに成人しています』

夏油さんが頭を抱えていた。そして長いため息をつく。五条さんは「紮の妹じゃねえのか」と繰り返し呟いていた。そんなに重要なことだろうか。私のことって。

「君が年齢の割に達観している理由がわかったよ。ああ、うん。それは、そうだろうね」
「つまり身体は子供、中身は大人のコナンくんじゃん」
「おお、いい例えだな」
『薬で縮んだワケじゃないけどね。夏油さん、理解出来そうですか?』
「理解するしかない、でしょ。これは」
「別になんでもいい。理屈でどうにか説明できるほどの現象じゃねえしな」
「ああ、それもそうだね」
『では話を続けますね。その8体の呪物のうち恐らく1〜3は目覚めているのだと思います。私と鶴丸が交戦していた者は恐らく3番目の子』
「なるほど。3番が目覚めているなら1と2番は確実だね」
『ここで御前家に繋がります。彼我の境は刀で顕現したと書かれていましたか?』
「そうだね。刀に御霊を降ろしたと書かれていたよ」
『その文章、文字の上から文字が書かれていませんでしたか?』
「そーいやなんか薄っすら文字が書いてあったな」
『刀に御霊を降ろしたというのは間違いではないですが、抜けているんです。“御前の身体に”って言葉が。御前家は審神者の家系です。ですが審神者としての力は衰えています。だから未完成だった。呪いが混ざってしまっているから。本来彼らは純粋な霊力でしか目覚めません。なので御前家の人間を媒介にしたんです。御前家の人間は少なからず霊力を所持していますから』
「受肉に近いね」
『はい。でも他と違うのは彼我の境が消滅する際は御霊だけで、身体はずっと同一人物を使用しています。彼はこの世界では珍しい霊力のみを持って生れて来た御前家の次男なんです。元々長男の臓器提供のために育てられた人で、その長男が亡くなったため、今度は媒介として死後も身体を利用されています』
「ここでも天与呪縛かよ。彊界家のお家芸か」
『1〜3番もまた御前家の人間に受肉していることでしょう。3番はあの少年の心臓の持ち主です。彼には心臓を返しました。少年もまた御前家の人間です』
「つまり、残り5つの呪物を受肉させるために御前家に訪れると。呪物が、君達がいた場所に封印してあったからその回収と君をおちょくった、というのが今回の本質かな」
『補修の必要がないですね。自分で蒔いた種を回収しなければなりません。そうでなければ気が収まりません』
「生きづらい性格してんな」
「悟が言うと傲慢に聞こえるね」
『本当ですよ』
「お前らは本当に仲が良いな」
「羨ましいのかい?」
「うるせぇ」

あまり体重をかけないようにしているのが判るのか、肩を抱き寄せられる。自然と体重がのってしまい抜け出そうにも、力を込められてしまえば身動きがとれない。今まで特に会話らしいこともせず、出くわしても彼の言った言葉を半分も憶えていないくらいには、眼中にもなかった。彼の事を深く知ろうなどとも思わなかった。無意識に避けていたのかもしれない。決して交わることはないだろう、そんな人間との交流なんて無意味だと思っていたのかもしれない。

「なんだよじっと見て。もしかして、今更俺の顔に惚れ込んだのかよ」
『それはないですね』
「あっそ」

五条さんの明らかな態度の変化、それは少女の過去を知ったからだろうか。そうとしか思えない。友人の妹を友人の頼みとはいえ他人が聴くなんて頭のおかしい人だと思っていた。最初から信用など出来る筈もないと思っていた人物。夏油さんの方がまだ解りやすかった。だけどこの人は、私が出会ったどんな人間よりも複雑怪奇すぎて、理解できない。

『変な人ですね、五条さんは』
「今度はなんだよ。イケメンだろ」
『そうですね』
「……」

面食らったような顔をしてこちらを見下ろしてくる五条さんに、首を傾げる。夏油さんが救急箱を取り出し、鶴丸へ手渡すと鶴丸がガーゼを取り出して、私の額に手を回し後ろへ倒すように誘導される。首を後ろへ倒し厚めのガーゼが左眼の眼窩にテープで固定してから眼帯をつける。そろそろ車が目的地に到着するようだ。


五条さんは彼女の事を彼女として見るようになっただけなんですよ。友人の妹ではなく、一個人として見るようになったから、態度が変わった。という人間らしい部分もあったら私的には美味しい話なんです。

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