名前のない怪物

御前家は人知らずの集落に身を隠していた。山々に囲まれた湖のあるその場所に辿り着いた時、私達の目に映し出されたのは宵闇に覆われた夜が明けると現れる太陽の橙が村を呑み込んでいたから。
漂う煙からは人が焼かれた臭いが混じっている。村へ降り炎を避けながら焼き尽くされた村の家や建物、そして立派な日本家屋を見ていきながら生存者を探していると。瓦礫の下に子供がいるのを右眼で捉えた。右手で指し示し近くまで来ると女の子が頭から血を流して泣いていた。五条さんが瓦礫を粉砕し、夏油さんが少女の身体を持ち上げて救出する。少女は泣きながらその大きな眸で私を見つけると「おひいさま」と五条さんの足元に来る。
五条さんがしゃがみ込むと目線の高さが少女と同じになる。笑いかけると少女が私に抱きついてくる。その背中に右腕を回した。

「おひいさまっ、ぜったいきてくれるって、しんじてた」
『ありがとう信じてくれて……お母さんは?』
「おかあさんとはぐれちゃったの。でもひなんするところにいるとおもう」
『じゃあそこへ行こっか』
「うん!」

五条さんの肩をトントンっと叩き、私は降ろしてもらうと少女の血を袖口で拭い、手で触れ傷口を塞ぐ。何処も外傷がないか右眼で確認してから、立ちあがり、少女と手を繋いで歩き出す。右脚にまだ力が入らないため若干引きずりながら向かった。
草むらに隠された洞窟の中を進むと、そこにはここで暮らしていた村人たちがいた。
避難用にと用意したこの場所を使用する日が来るとは、と思いながら少女が母親を見つけ、駆け出す。母親は泣きながら娘を抱きしめ、私を見るなり「お姫さま」と頭を下げる。
その声に弾かれるように村人たちが口々に「お姫さま」と私を囲う。まるで天の助けと縋られるように。

「お姉さま!」
『雛菊』

そう言って、高そうな着物を着た少女が私に抱きつく。身体が傾き、左脚で支えきれずに倒れそうになると、五条さんが身体を後ろから支えてくれた。

「お姉さま。お兄様たちと弟がっ、若くて綺麗な男の人に無理矢理呪物を……ッ」
『雛菊は無事そうだね』
「はい。わたくしも他の姉様方も、妹も、弟や外出していた兄様方数名も無事ですわ。犠牲となったのは長男から四男までのお兄様方と、わたくしの弟、山桜桃。そして屋敷に住まう者全員が殺されました……ッ、あれは呪いですわ。あれは神などではありません!断じて違いますわ」

雛菊の背中を撫でながら下唇を噛んだ。遅かったようだ。既に受肉を済まされ、用はないと宣告するかのように殺して、焼いたのか。証拠隠滅のためじゃない。

『ごめん。こうなったのは全て私の所為だ』
「そんな、そんなことありませんわ。お姉さまは誰よりもわたくし達ミサキを大事に思ってくださった。護ってくださったではありませんか!だからお姉さまがご無事でわたくし喜んでいますのよ。わたくし、死んだと聞かされていたので…でもお姉さまがご無事でなりよりですわ」

それに倣い村人たちも声を揃えて私の無事を喜び、私を誰も責めなかった。その言葉たちは確かに優しさが含まれているのだろうが、周囲の悲惨な状況とそれらの引き金となった原因が自分にあるとわかっているからこそ、素直に享受なんて出来なかった。そこへたった一人の言葉が耳に届いた。あまりにも馴染むようなその言葉に重くのしかかる。

「お前の所為だ」
「……っそうだ!お前の所為だ!お前の所為で女房が殺された!」
「俺だって家を焼かれて、息子だって、焼かれて……その原因も全部お前の所為だ!」
「そうよ!あんたが生きていたからこうなったのよ!」
「あんたこそ死ねばよかったのよ。神様だか何だか知らないけど人間を殺してそれでも生きている神様なんざ死んじまいな!」

その言葉は前世のときにもよく吐かれた言葉だった。無責任な言葉の羅列に私は、何も言い返さなかった。本当の事だったから、というのもあるけど。結局の所私は誰に何と言われようともこの責任からの重石からは逃れられないと知っていたから。外野からの揶揄も、称賛も、感情を左右するものではあるが、現実を逸らせるものではない。事実は変わらない。過去も変わらない。ただ未来だけは変えられると知っている今の方が、この言葉を聞いても特に揺らぐことはない程度には成長したのかもしれない。
身体を支える五条さんが耳元へ顔を近づけて、囁いた。

「才。こいつら殺すか?」

その問いかけに私は、首を左右に振って口元を緩めた。本当に変な人だ。直情的な人ではないのに。
真っすぐに彼らを見つめると、静まり返る。
右手を挙げると鶴丸が腰に携えた刀を鞘から抜き去り、ゆっくりと歩み寄りながらその獰猛な眸を隠さず。

『じゃあさようなら』

右手を下へ振ると鶴丸が刃を突き立て、五人の人間が刀の錆となった。

『私は神だけど全知全能じゃない。私が手を差し伸べられるのは、助けを乞う人間だけだから。私の手を振り払う輩は死ぬしかないね』

刀身についた血を払い鞘に納めた鶴丸は、私の下へ戻ると動かない左手を取り並んで立つ。

『私の手を取るならば私は自分の存在にかけて守ると約束しよう。さあどうする?この手をとるか?』

右手を差し出し、誘う。殺されていく人々がいても彼らは悲鳴すら上げなかった。昔から御前の血を継ぐものたちは利用されることに慣れ過ぎている。そして神という絶対的な存在を崇拝したがる傾向にある。それも血筋ゆえの業だろうか。それとも審神者の呪いだろうか。

「ついていきますわ。お姉さまが進む道が例え地獄だろうとも」

雛菊は私の手を取り、幼いながらも堂々と発言をした。その言葉に倣い残った村人たちもまた次々に賛同の声をあげた。こうなることは何となく読めていた。だが、一文無しだからこれからこの人らをどうやって養うかね。通帳は今頃土の中って歌ってる場合じゃない。

「この人数をどうやって世話するつもりだよ」
『どうしよう』
「俺が匿ってやる。今更荷物の量が増えようがたいしたことじゃないしな」
『いや、これ以上五条さんに借金背負うのは嫌かな。返済が、大変そうだし』
「そこは甘えとけよ。別に返済なんて期待してない。つぅーか婚約者なら肩代わりすんのも普通だろ」

携帯を片手に五条さんが何処かへ電話をしている。その彼の姿を見ながら、今まで婚約者の役割を放棄していた人間の言葉とは思えない。という感情が顔に出ていたことだろう。鶴丸は笑っている。

「あの、主はん?水差すようで悪いんですけど」
『ああ。そうだった。あそこの好きな遺体から選んで』
「遺体で受肉できるんです?」
『大丈夫。身体に霊力は宿っているから、死んでも利用できる。まあ、だから審神者は永久就職だったんだけど』
「?じゃああそこの若いお兄さんで」

明石の宿っている刀を手に鶴丸が斬り伏せた男の前に行き、身体の上に刀を乗せ頭からつま先まで手でゆっくりと下がる。魂の転移は初めてやるけど、要領は刀剣に御霊を呼び寄せ降ろす時に似ている感覚でやれば、成功する。なんて自信はないが、自惚れでもやるしかない。神様なんて仰々しい存在になったんだから、それくらいやってごらんなさいよ私。
双眸の能力、月詠は映したもののすべての情報を得ることが出来る。右眼で肉体の情報を得ながら刀から一度御霊を取り出し、心臓へと埋め込む。それから反転術式で身体に受けた傷の修復をすれば、一度止めた心臓の鼓動が稼働をはじめた。その音を聞き脈拍を確認し、異常がみられないため額から流れる汗を拭きながら、全身から力が抜けてそのまま前のめりで倒れ込むと、起きだした明石に受け止められた。

「大丈夫です?主はん。今日は無茶しはったから。俺は主はんに祓われても仕方がない怨霊やってのに。何故助けたんです?」
『利用価値があったから、それ以外にきみの使い道があるとでも?』
「……はっ。なんや主はんは、やわい人やな。この明石国行、頂いた名のもとにあなたに忠誠を誓わせて頂きます。呼べばいつでも主はんの指示に従いますわ。それ以外は自由にしたってええやろ?」
『いいよ。それで』

明石が「おおきに」と言って笑いながら私をゆっくり立たせてから、空気の中へ消えて行った。これで彼も怨霊から呪霊に転換した。鶴丸と同じような存在となったが、まずは計画通りに事が運んでよかった。
折角立たせて貰ったのに、やっぱり霊力を遣いすぎた所為で身体がふらつきそのまま地面へと倒れ込む。その寸前で抱き留められた。誰だろう、と瞼を開けようにも重くて持ち上がらない。身体も同時に悲鳴をあげていたみたい。

「ゆっくりおやすみ」

その声に導かれるように、意識はそこでプツリ、と遮断した。

「悟。私と彼女は先に車に戻っているけどいいかい?」
「ああ……すぐ戻る」
「俺も消耗しすぎたから後は頼むぜ夏油」
「ああ。いいとも。元よりそのつもりだ」


えっと、言わせたかったんです。ごめんなさい。主人公を非道な人間だと思いますか?一応その理由は次の夏油さんのターンで公開する予定です。あと五条さん贔屓なのは一応婚約者だから夏油さん譲ってるだけだからね!とだけ言っておきます。

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