春に願いし

眠っていたのだがふと目が醒めて時計を確認する。時刻は午前2時を差していた。瞬きを数回しながら、左側へ顔を向けると窓際に佇む五条さんがいた。この人いつから部屋に居たんだろうか。というか深夜に女性の部屋に無断で入る男とか現実にいるんだね。最低ですわ。

『おかえりなさい五条さん』
「ああ。起きたのか」

起こされたんだよ、人の気配がしたから。それでも油断してたから近づかれても起きれなかったけどな。それ指摘されるのも癪だから突っ込まないよ。

『任務はどうでした?怪我とかしてません?』
「すると思ってんの?俺が」
『丈夫そうな口が回っているようなので大丈夫そうですね』
「なあ、お前今日は何してた?」
『聞いてどうするんですか』
「お前は俺の同行知ってんなら、俺が聞いてもお相子だろ」
『…今日は傑さんと桜を見に外に出たくらいですね』
「……おい、行くぞ」

舌打ちをしたと思ったら突然ハンガーにかけてあるカーディガンを顔面に投げられた。この野郎。と怒りを浮かべるがここで何を言ったところで変わらない事は身に染みてわかったことなので、カーディガンに袖を通し靴を履こうとしたら、身体を抱えられ窓を開け放つとそこから飛び降りた。おい、靴を履かせろこの暴君よ。寝起きにはとてもいい塩梅に目が醒めるダイブに若干の涙目である。目が乾いた。目端に溜まる涙を拭うと桜の木の枝に降りて、枝の上に腰かけさせられた。木の幹側に座らせられ、その隣に太腿が触れるくらいの距離に腰を下ろす五条さん。不安定すぎて揺れるから幹を掴むが、背中に腕を回され固定される。退路を断たれた。起こされた挙句になんだこの仕打ちは、なんだ八つ当たりかコラ。と低血圧の脳内が暴れている。
でも視界を覆うのは咲き誇る薄桃色の花たち。凛と咲いた姿に見惚れる。近くでみると可憐なのにとても綺麗な花なんだよね、桜って。それに儚いとは言えないくらいの生命力を感じる。花弁になると急に脆くなるのは、その華やかさ故なのかな。

「おこちゃまの機嫌は簡単でいいな」
『また上昇してきましたけど』
「確かに体温あったけぇな。それともおこちゃまだからか?」

密着しているから体温が布越しだけと互いに伝わる。というか五条さんの身体は冷たいのですけど。この人いつ帰ってきたんだろうか。

『春だからって薄着しちゃ駄目じゃないですか。風邪ひきますよ』
「引くかよんなもん。やわくねえぞ俺は」
『そうですか』

会話するの面倒だ。上を見上げると枝の隙間から月が見えた。今日は満月だったか。薄桃の花の間に映える月は風情を感じた。息を呑むほど美しくて思わずずっと見惚れていると後ろへ身体がずれ落ちていきそうになり、慌てて両手を宙へ伸ばすと二の腕を掴み、背中に手を回して自身の方へ引き寄せ、私は五条さんの上着を掴み、引っ付いた。心臓が早い鼓動を奏でる。

『あ、あぶなっ』
「変なところで鈍くさいな」
『すみませんね鈍くさくて』

若干早い鼓動の音に「ん?」と疑問に思う。この音はもしや五条さんのか?なんだよお前も吃驚してんじゃんか……いや、マテ茶。私はそこで気がつく。何故相手の鼓動がこんなに鮮明に聞こえるのか。それは、私が五条さんに抱き着いているからじゃねえか!という何ともIQ3でも答えられるレベルのアンサーだった。掴んでいた手を放したが一向に解放されず。なるほど。と一つの答えが導かれる。私が抱き着いているんじゃなくて五条さんが抱きしめているのか。……いや、なんでだよ。

『あの、放して頂いて大丈夫ですよ』
「また落ちても気分わりぃからこのままでいい。あとめっちゃ暖かい」
『カイロかよ』
「そうかもな」

風が吹く。肌を滑る冷たい風は身をすくませるほどだ。

「すきなのか、桜」
『好きですね』
「桜の木の下には死体が埋まってるらしいから、綺麗なのかもな」
『夢のない事を。それなら桜の花びらを地面に落ちる前に掴んだら恋が成就するがいいです』
「気色悪いことを言うなよ。お子様ランチのお前が恋とか背中痒いわ」
『まあ、そうですけど。それでも桜の花びらってハートの形に見えません?恋する乙女たちにとってそれはエールだと思いますし、私もそっちの方がすきです』
「恋がしたいのかよ」
『べつに。したいとは思っていませんし、出来るとも思っていません』
「お前には俺がいるじゃん」
『はあ?おねむですか?』
「ああん?強くて、カッコイイ俺の何に不服なんだお前は。対象にはドンピシャだろうが」
『私の理想のタイプは金髪碧眼の王子様タイプなので、きみは及びじゃないんですよ。どんな間違いが起こってもきみにだけは矢印向かないのでご心配なく』
「くっそ生意気。かわいくねえ」
『そりゃ結構なことで』

強めに吹いた風に目を閉じると五条さんの白い髪のバックで桜の花びらが舞っていく。あ、幻想的。鶴丸もそうだけど、白い髪って合うな。思わず手を伸ばして髪についた桜の花びらをとると思わず表情筋が緩む。

「降りるぞ」
『え』

唐突に人を抱きしめたまま地面に降り立つ。予告してから0秒で落下したので心臓が、持たない。ベンチに立たせられると舞い散る桜の花びらの降り注ぐ光景を見上げながら両手を伸ばす。掴めるかも。だけど、掴む前に左の薬指に固いものがはめられていることに気がつく。眼前に近づけると、ダイヤモンドとエメラルドのハーフエタニティリングが輝いていた。

『……これはなんですか』
「婚約指輪。前のは落としてきたろ、腕と一緒に」

態と落として来たんだよ。外れなかったから。あの指輪を嵌めているとどうにもこうにも人の視線がうざったいから。あと不本意すぎて身に付けていたくない。外そうとしたが今度も外れなかった。もう一層の事指事引っこ抜くか。どうせ再生するし。そんな事を考えていると五条さんのあの人に嫌がらせをする際に見せるトビキリの美顔を見せつけられた。

「俺しか外せないよ、それ」
『……はい?』
「前のはサイズ違いで外れなかっただけで、今回のは呪い込めたから。俺しか外せないような仕様にした」
『何のために』
「消えそうだから。俺の目の前から勝手に消えるのは御免だね。折角面白くなってきたところなんだ。それに普通じゃないお前は、普通じゃない俺しか受け入れられねぇよ。紮の妹じゃなく、才としてお前を迎え入れると決めた。だから、逃がす訳に行かないだろ?俺を退屈させない玩具をそう簡単に手放すかよ、なあ才」

左手を持たれ、手の甲にくちづけられる。サングラスがずれて、眸がこちらを覗き見る。美しい空色のその透きとおる色彩が、背筋を凍らせた。最悪だ。思わず額に指先を置いて溜息を溢した。

『じゃあ厭きてくれるように頑張るしかないですね』
「じゃあ俺は厭きないようにお前に会いに行くよ」
『……最低だよ』
「最高の間違いだろ」

さて、帰るか。と軽々と私を抱き上げると再び開いている窓へ向かって跳躍した。
カーディガンを脱ぎベットに横にならさせられ、毛布をかけられると陽気な声で「じゃあね」と言って室内を出て行った。

『婚約破棄するしかねえ。そのためには家の復興と権力握るしかねえ』

気合を込めて私は誓った。


第壱部の最後はやっぱり五条さんかな。後半でしか絡まない人設定にしましたが、それは気持ちの変化を書きたかったので。五条さんの高専での性格は夏油さんに判断基準を委ねている節があるとあったので、主人公の兄からも影響を受けていたのかも。と色々と試行錯誤しました。愛のある婚約ではないけど、これから育むんじゃないんすかね?ということで、第壱部無事に終了です!ここまで読んでくださりありがとうございました。第弐部でもお会いしましょう!!

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