夏しぐれ

太刀を横へ薙げば、胴体が二つに別れ朽ちていく。前世で見て来た時間遡行軍にしては弱い。というか脆いと言った方が正しいかもしれない。背後からの槍のつきに宙へ跳びそのまま空中で一回転して踵を振り下ろし頭部に打撃を食らわせてから右手から左手へ持ち替えた刃で逆手に握り横へ振り捌いた。着地し、持ち直してから顎目掛けて串刺す。短刀が近寄ってくるがまとめて薙ぎ払い大太刀の刀の上に飛び乗り、そのまま宙へ舞い、首を刎ね飛ばした。
月詠でその実態を確認するが、やはり呪力で作られている。土人形か。ほんのり霊力が載せられているがこれは呪いの類。態々そんなものを作って私に当てつけてどうしたいんだ?警戒心を煽らせて、防衛が強化されたら相手は困るはず。奇襲をするのが一番効果的だというのに、何故こんな宣戦布告みたいなことをする必要が……ん?それか?
私を振り切り、短刀たちが二体恵くんの方へ特攻する。それを見送りながら私もまた非道にも試すように眺めた。さて、これで出てこなかったらどうしようかな。
恵くんは構える。多少は呪術を教えてもらっているから自衛は出来るのか。でも、うん。残念だね。それに少しでも霊力が在れば倒せたかもしれないね。

「玉犬」

恵くんの影から犬が二匹出てくる。迎え撃つように指示を出し、玉犬が飛びつくが牙も爪も通らず振り払われる。短刀がひとつ、恵くんの首を狙って刃を振り下ろした時。影から飛び出すように出て来た者に刃が弾かれた。恵くんを背に前へと立ちはだかったのは藤色の眸を持つ短刀らしからぬ彼だった。

『薬研藤四郎』

名を呟くと彼を取り巻く闇が消え、美しい容姿を曝け出した。恵くんは驚いた顔をして呟いた。

「おまえっ、そんな姿をしてたのか」

どうやら認識はしていたが、姿は見えていなかったようだ。つまり、私が名前を呟いちゃった所為で存在の定義が確立してしまったみたい。思わず名前を口にしてしまったのは、無意識だ。薬研は私のときも懐刀として重宝していたから、ちょっと名残で。言い訳を並べながら取り逃した短刀を袈裟斬りにし、屠る。

「恵、下がってろ。こいつは俺の獲物だ」

片手に握る刃が光り、間合いを詰めるために走り寄る。金属音が重なり合う音が響き、身体が軽い薬研は宙を舞いながら半回転し頭上から串刺した。

「柄まで通ったぜ」

断末魔が響き渡り、泥のように形が保てず消えていく時間遡行軍の短刀。薬研は握ったまま私へと向き直し、その短刀を投げた。刃先は真っすぐに飛んでくるのを何もせずに瞼を閉じると、短刀は頬をすり抜け髪を数本斬られたものの、私の背後に居た打刀の喉元に刺さった。
泥が跳ね顔に掛かるが、やがて消えていく。瞼を持ち上げ表情を緩めると、薬研もまた似たような顔をしていた。

「肝の据わった審神者だな」
『態と見逃した罰は受けないとね』
「ふっ、いい女だなアンタ」

地面に落ちた短刀を拾い、傍まで来た薬研へ手渡すと互いに僅かな気配に勘づく。曲がり角の先に身を潜めている奴から時間遡行軍に注ぎ込まれた呪力と同じものを察知し、静かに名を呼んだ。

『白夜』

背中から這い出るように大きく白い毛並みを持った狼が現れる。地面に降り立ち、自身の太刀についた匂いを嗅がせる。白夜の頭を撫でながら指示を出した。

『捕らえて』

その言葉を承諾したように、白夜は唸り声をあげながら曲がり角に身を潜める者へ襲い掛かったが、それは残り香だったようだ。帳を突き破り白夜が追跡する。その姿を見送っていると呪術者が消えたことにより帳が解け始めた。
上を見上げると雨は上がり、頭上には虹が広がっている。肩に入った力が漸く抜け、緊張の糸は解れた。

『恵くん。薬研とは何処であったの?』
「え、ああ。普通に通学路で。でもこんなにはっきりと視えなかったです。いつも何かがかかっていたからこんな、人間っぽい姿をしているとは思わなかった」

恵くんは薬研を視界に入れてから視線を逸らし、私へと向き直る。薬研は恵くんの一歩前に立ったまま刀身を鞘に納め刀をしまった。

『じゃあ薬研はどうして恵くんに憑いていたの?』
「…俺は、気がついたら道端にいた。そして恵を見て護らなくちゃならないって気になって、それからずっと傍にいるだけだ」
『記憶がないの?』
「思い出せない。確かに俺もあんたのような審神者に仕えていた筈なんだが、どうしても霞かかって思い出せないんだ」

薬研は眉を顰め地面へと視線を流す。刀剣男士は主のことを無意識のうちに慕うものだから、特に薬研藤四郎は主人のことを大切に思う刀だ。彼の至心が忘却を許せないのだろう。だが、彼は何故こんな世界に孤独に亡霊のような存在で彷徨っていたのか、そちらの方が気になる。存在すら出来ずにこの地に足さえつけられずに、何故こんなところで……。私が名をつけた事により存在の定義が出来た。だから怨霊として形を変え呪術の素質がある恵くんにもその姿を認識してもらえた。だけどその先を考えるには、やはり……眸を伏せ小さく息を吐き出した。問題というのはどうしてこうも、片付いていないうちに山積みにされるのか。せめて解決してから難題を振ってほしいものだね。

「才さん?」

恵くんに名を呼ばれて瞼を持ち上げ、首を軽く傾げて『ん?』と尋ねると恵くんは一度目線を逸らしてから「あ」と言って、唇を閉じる。どうしたのか、と彼の言葉を待っていると再び目線が重なり大きな黒曜石の眸がゆるりと揺らめく。綺麗な色。目を細めると今度は身体ごと向きを変え、背を向けられてしまった。

「助けて頂きありがとうございます」
『私は何もしていないよ。寧ろきみを見捨てた方だし』
「でも、助けてくれたことに変わりない。俺の方に寄越せないようにしてくれただけで恩はあると思います」

薬研の方へ向くと腕を組んで顎でくいっと振られる。私は自分の衝動を抑えずに恵くんの頭を撫でた。

『ありがとう』
「……才さんがいう事じゃないと、思います」
『嬉しかったから』
「恵、照れてるのか」
「違う」
「そうか。ところでこれから俺たちはどうすればいい?あんたに対処を任せるさ。但し、恵たちに危害が加わるようなことがないように配慮してくれよ」

恵くんの頭から手を離し、薬研の凄みを軽く笑って跳ね除けた。

『暫くは護衛をつける。私と関わってしまった以上何らかの方法で巻き込まれる可能性はあるからね。だから、今日はひとまず。恵くんを家まで送り届けようかな』

手を差しだすと恵くんはその手と私の顔を交互に見て、ちょっと嫌そうな顔をした。このくらいの歳の子は嫌がるか。薬研を見ていたら前世を思い出して、つい短刀たちにしていたことをしてしまった。自分らしくない行動だな。掌を見つめながら苦笑した。初対面の人間に自ら触れようだなんて、考えられない。そんな風に気軽に触れていい存在じゃないのに。

『どっちが恵くんの家かな?』

手を降ろし尋ねると袖を小さく掴まれる。驚いて恵くんを見下ろすと耳を赤くしながら恵くんは呟いた。

「あっちです」

軽く引っ張るように袖が動く。心が温かくなっていくのがわかる。

『恵くん。女の子にモテるでしょ』
「そんなことないです。なんで急にそんな話に?」
『優しい男の子の方がモテるもんだよ』
「そうですか」
『好きな子とかいないの?』
「いないです」
『……恥ずかしがっているとか』
「いや、多分本当にいないと思うぞ」
「本人目の前にして小声で話すなよ」

薬研は数歩後ろから着いてくる。緋色が地平線をゆったりと沈みながら宵のベールが掛けられていく帰路。ふたつの影を引き連れて坂を上っていった。

「 移動しているのか? 」

インカムから鶴丸の声を拾い、若干忘れていたことに気がつくと同時に端末機の電源も切っていたことを思い出し、ポケットから取り出し電源を付けた。

『うん。ちょっとトラブルがあって寄り道中。辿って来れそう?』
「 ああ。問題ない 」
『じゃあ早くて来て』
「 ……はあ、きみな。それ、他の男に言うなよ 」

インカムの通信が一方的に切れてしまう。首を傾げながら端末機が起動すると同時に、着信通知が反応する。バイブレーションが鳴る中、液晶に表示された名前が変わると通話に切り替え耳に当てた。

『ナナちゃん。ごめんね。電源切ってて。ちょっとやむを得ない事情があって』
「 それについては言及しませんよ。私の所にも連絡が来たので 」
『ごめんね』
「 いえ。現状報告をしてもらっても? 」
『襲撃された。非術師じゃないけど少年を一人巻き込んで』
「 なりふり構わずのようですね 」
『詳しい事は帰ってからするよ。ひとまずその子を家まで送り届けてくる』
「 あまり遅くならないでくださいね。あの人からの連絡なんてあまり取り合いたくないので 」
『うん、同感だね』

またあとで、と言って通話を切り、サイレントモードに切り替えてからしまった。

「今の人誰ですか?」
『ん?ナナちゃんは友達だよ』
「友達か……あんまいなさそうですよね」
『あれ?なんかぼっち臭するの?』
「いや。なんか友達を減らされているイメージがあるってだけで」
『減らされ……いや、まあ、そんなに親しい友達いないけどね。うん。同性から嫌われるから出逢って秒で』
「逆に才能じゃねえか?」
『美人には同性は厳しいから』

他愛のない会話を交わしながら、アスファルトに溜まった水たまりを避けた。









「……繋がらないんだけど」
「おめでとう」

五条は繋がらない端末機を片手に、高専へ戻る車内にいた。あの後、予定を変更させられ東京駅まで連行された。埼玉に行きたがっていたが次の任務が控えているため、一度高専へ戻るよう要請が入った所為だ。硝子は月に一度の集会に出席し、その帰りである。

「さっきは通話中だったけど、今は繋がらない。留守電になるんだけどなんで?」
「敢えてかもな」
「はあ?そんなことあるわけないじゃん」
「どっからそんな自信がわくんだ?」

硝子は煙草をふかしながらどんな思考回路してんだろう、頭裂いて脳みそ見てみたいと頭蓋へ視線を向ける。五条は何度か掛け直すも一向に繋がらない通話相手に若干の苛立ちを募らせた。

「まあ、別に今回は恵だからいいか……ん?何か変な事言ったよね?いま」
「そうだな。お前はいつだって変だ」
「いや、そうじゃなくて」

車を運転している補助監督の人は複雑な面持ちのまま左折した。問いかけられないように息を潜めて。


私が書く五条さんってどうしてこうなんだろう?多分。イケメンを好きになったヒロインが一生懸命彼を追いかける話を読む度に「イケメンは追いかけて来てもらうだけなんだ。じゃあヒロインが好きにならなかったらお前はどうするの?」明らかに自分も好きなのに女の子にばかり頑張ってもらうスタンスが気に入らない。と常々思っている願望がここに爆誕した気がする。イケメンも必死になって女の子を追いかけて振り向いて貰えるように頑張れよ。そんなすぐお前振り返らないんだから、こっちだって振り返るワケねえだろ。という作者の意図が働いていることだけは真実である。全く関係ない話をした脱線!

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