朧月夜に隠して

「俺を実験に遣うとは主も人が悪い」
『ごめんね』

鶴丸は文句を言いながら明石を踏みつけていた。呪霊としての力関係は鶴丸の方が強いからね。津美紀ちゃんを布団に寝かせ、乾燥機で乾かした下着と制服に袖を通してから居間に戻ってくると明石は既に「用は済ませたんで」と言って消えていた。
鶴丸と恵くんは互いに対面している。薬研に尋ねると「さあ」とわからない様子で見守っていると鶴丸が爆弾を投下した。

「隠し子か。あいつの」
「……はあ?」
「五条から援助を受けているんだろ?あいつが損得勘定なしに動くということはないだろ。そのふてぶてしい顔つきとか似ているしな。なあ主」
『……その発想には辿り着かなかった。そっか。隠し子、そうだね。ちょっと納得』
「いや納得すんな」
「こいつはいい。破棄できる材料が増えたな主」

鶴丸が嬉しそうに語尾を上げる中、私も破棄の材料が増えることは喜ばしい事なんだが、何だろうか。このドブを煮込んでクソと混ぜて捏ねたような気持ちは。非常に人間として、いや、男として私はこの無責任な行動がいっちゃん軽蔑する。

だいたい女がいる事はわかっていた。それはもうひとりとかではなく。隠しているというふうには見受けられなかったし。女からお菓子の贈り物をそのまま渡すからメッセージカードを見つけてしまう。当然字体は女である。いつも距離が近いから衣服に染みついた女物の香水の香りがする。テーブルの上に放置するから通知画面には女からのあからさまな内容を目にする。態とかな。と思うくらいには隠さないわな。まあ、あのご尊顔だし、遊びたい年頃だろうし、こちらはまったく気持ちがあるわけじゃないから浮気されようが、余所に女を何人作ろうが一向に構わない。別にどうでもいい。だから敢えて話題にも出さず、気づかないフリもしてきた。だが、私はこの手の話題に寛大ではない。夢をみる程度には純粋である。行動を制限する気はないが、責任を持って貰いたい。破棄する前に問題など起こしてほしくないのだ。じゃないと顔面ぶん殴って婚約破棄を叩きつけられねえじゃねぇか。勝ち逃げは許さん。

故のこの衝動を抑えられず静かになった端末機を取り出し着信履歴の一番上をタップして耳に当てた。コール音は1コールで出られる。そこでもまた腹正しさは募る一方だ。

「 はあい、あなたの悟くんです 」
『死ね』

それだけ伝えて切電し、ポケットにしまった。少しだけ清々しい気分になった。ストレスって溜めたらダメだね。ほんとソレ。適度に発散しないとだね。だよね。

「俺の沽券に関わるから言いますけど、父親は五条さんじゃないですよ」
『そっか。でも最低なのは変わりないから』

そう言うと恵くんは恐怖を抱いたものの眸をしていた、何故だろうか。鶴丸は爽やかな笑顔を浮かべて親指を立てていた。対照的な二人を見ながら薬研へ視線を向けると楽し気に笑っていた。どんな感情がここに生まれているのか、頭をひねるばかりである。
外から狼の遠吠えが聞こえて来た。立ち上がり玄関で靴を履き始める。

『じゃあ私たちはお暇するね。何かあれば電話して』
「あ……」

鶴丸が玄関の外に出て、恵くんは言葉を詰まらせる。そんな恵くんの頭を撫でながら。

『また話そうね恵くん』

手を振って玄関の扉が閉まる。閉まる直前、恵くんは微かに首を縦に振ったように見えた。
薬研もまた玄関の外に出て私の手を取り、甲にくちづけを落とす。

「あんたに頼るしかない身だからな。いっちょ宜しく頼むぜお嬢」
『薬研の問題も解決できるように進めておくよ』

仮契約が結ばれ鶴丸が塀に足をかけ先に跳躍する。私もまた塀に上り、薬研に別れを告げて屋根へと跳躍した。屋根から屋根へと走りながら遠吠えのした方へ向かう中、鶴丸は悩まし気な顔をしていた。

「きみはまた面倒事に首を突っ込んだようだな」
『いや、まあ。そうだね』
「あまり他人ばかりに割かないで欲しい。俺の我儘だがな。少しは肝に銘じておいてくれ。きみはいつだってたった一人しかいないんだ。替えなど利かない」
『……鶴丸って、割と情が深いんだね』
「何を今更。鶴は一途なんだぜ」
『そっか。私は一途なの好きだよ』
「……きみはズルいな」

息を吐きながら鶴丸は紅葉する肌を隠すように他所を向いた。それを横目に私は穏やかに笑った。電柱へ足をかけそこから一気に落下すれば、アスファルトの上に降り立つ。白夜が口に咥えたまま近寄り身体に擦りついてくる。頭を撫でながら鶴丸が咥えているものを鷲掴み眼前に晒す。

「こいつは低級だな」

三級くらいの呪霊だった。だが額に札が貼られている。この低級に帳を張るほどの呪力はないし、策略を練る程の知性もない。ならこの札を使用し、帳を張り、追跡を撒くために呪霊に貼りつけたのか。札を剥がし証拠を押収してから、鶴丸が低級を握りつぶし祓った。

『ホテルに戻ろうか』

白夜の頭を撫でながら背に乗ると、鶴丸が霊体化する。白夜は呪霊である鶴丸を嫌っているから背に乗せることを拒否する。トンっと叩けば白夜が夜空を駆けだす。夜空に浮かぶ月は満ち始めていた。









通話が切れた音が受電する端末から響き渡る。高専に着いて硝子と話をしていた時に、振動した端末機。液晶画面に表示される文字は先程から繋がりたいと思っていた相手。五条は嬉々として相手との会話を遮断させて応答すると、通話相手からの言葉は出会い頭の右ストレートを噛ます80年代のヤンキーのようだった。あまりの衝撃に何の言葉もかけられず切電されてからも暫く茫然としていた五条を、硝子は煙を吹かしながら尋ねた。

「どした?遂に絶縁宣言でもされたか?」

硝子の言葉に我に返った五条は端末機から耳を離しブラックアウトする画面を見つめたままポケットにしまった。

「死ねって言われた」
「……ブハハハハハ!!」
「おもくそ笑いすぎじゃない?」
「今度は何したの?」
「はあ?この短時間で僕に何が出来るっての?」
「いや、お前が1000%悪い」
「比率おかしくない?何もしてないって」
「女がいるのバレたとか」
「いや、それはない。隠してるし」
「居る時点で会いたくはねえな、お前みたいな男と」
「バレてないとなると、心当たりがなさ過ぎてわかんない」
「一回痛い目に遭え。そして才に泣かされろ」
「なにそれ?ないない。才が僕を泣かすとかないよ。そこまで影響力のある玩具じゃないもん。そういう冗談がよく言えるね硝子」
「……」

こいつ後で泣くな、と硝子は思いながら灰を落とした。









ベルを鳴らすと扉が開く。中からお風呂上がりのナナちゃんが出迎えてくれた。

『ただいま』
「おかえりなさい」

崩れた表情で招き入れてくれる。中へ入り広い室内のソファーに座り、声を発生した。沈むように柔らかな手ざりのクッションが心地よい。テーブルの上にペットボトルの水を置かれる。蓋は開けられていた。一旦身体を起こし水を口に含んでから、再び倒れ込む。向かい側にナナちゃんが座ると鶴丸がいつの間にかジャージ姿で、夜景を一望できる窓ガラスに背を預け立っていた。

『ずるくないか?』
「戦装束は重いからな」

仰向けに寝転がっていたソファーの上でうつ伏せになり、脚を揺らせばスカートが太腿まで捲れていた。鶴丸が窓から背を離しスカートの裾を直して肘掛けに腰かける。

『あの学園に潜入して生徒から情報収集しようにも無視。関わりの一切を拒絶されながらも何故か呪霊からの執拗なまでの襲撃が毎日あった。それは私が呪術師だから狙われたのかと思ったけど、ナナちゃんは狙われていない。それを含めて今回あった襲撃で確証を得た。私を狙っていただけだと。帳で閉じ込めてまで襲われた』
「帳ですか?」
『発動条件は射程内に私が入る事。誘導されたんだ』
「なるほど、用意周到に計画されたものだと。校内でしか襲われなかったものが校外までなのは初めてですね。確かにあなたを狙うなら私を狙ってもいいはず。なのにそれがないとなると完全にあなた狙い、というわけですか。これまで窓が集めた情報は警察と遜色ないものしか上がっていない。1年の間で30人もの生徒が失踪。その痕跡は全て学園内で消息が途切れているが、学園関係者からの聴取におかしな点はなく、嘘の供述をされていない。全員アリバイが確定していた。生徒達にも聴取したが、誰も知らないと証言されています」
『あの学園内で何かが起こっている事はわかっているのに、特定できる材料がなさすぎる。隠している事は明らかだけど、でもならどうやって?人の口に戸は建てられないってのに』

潜入してから5日目が経過した。だが何の情報も得られてはなく、八方塞がり。明確にわかっていることは私のみが目をつけられていることだけ。だがそれすらこの件に関連しているものなのかさえ、わからずじまい。

「これから先もあなただけが狙われるのであれば、幾ら命があっても足りませんね」
『命なんて幾らでもある。それより1週間じゃ足りないから何処か部屋借りた方がお財布には優しいかも』
「申請しておきます」
『あと帳を張る際に使用したと思われる札が、呪霊に貼つけられてた』
「札を使用しての帳、ということは相手は呪詛師ですか」
『呪力が使えるならそう名乗ってもいいと思うけど。帳を張るほどの技術が足りなくて、札を使用したのなら話は変わってくる』
「育成中で、登録外の者の関与だとしたらその後ろ盾に居るのは、」

ナナちゃんにも思い当たる節があるのか、更に深い溜め息を溢していた。そんなナナちゃんを見ながら私も苦笑する。そんな中、端末機が通知を告げる。恐らく会話ツールの通知だと思われ、ポケットから取り出し操作するとそこには連絡が来て欲しい人からのお誘いだった。時刻の下に記載されている曜日を見れば明日は土曜日。OKのスタンプを押して約束事を取り決めてからブラックアウトさせた。

『容疑者のひとりとコンタクト取れるようになった。明日探ってくるよ』
「あなたなら危害をくわえられることはないと思いますが、気をつけてください。こちらも補助監督を動かしながらこの事件がいつ頃始まったのか詳しい時期を調べてみます」
『行動開始だね。おやすみ』

手を振って隣の部屋へ引っ込むと端末機を取り出し、時刻を確認しながらアラームをセットしていると端末機を取り上げられた。画面の文字を辿る眸が次第に険しくなり、最終的には唾でも吐き出しそうな鶴丸の顔が伺えた。

「またあの前髪か」
『その渾名好きだね。鶴丸はナナちゃんの手伝いね』
「あの男とふたりきりなのは承服しかねる」
『尋ね人のリスクには敬服しなきゃ』
「ちっ。迎えにいくから連絡してくれ」
『はいはい』

後ろから腰に腕を回され肩口に顔を埋められる。鶴丸とこんな風に触れ合うのは前世では考えられなかったな。今は少しでも気を許してくれたのかと思い鶴丸の頭を撫でた。


職場の人とじゅじゅを話題に出すと「五条さんクズすぎだよね」って五条悟について話す事があって。職場の人と私の五条悟解釈が同じで割と嬉しい。じゅじゅ散歩の10話が好きでよくみている私達ですが、あの五条さんから連想して、この連載五条さんが出来上がった訳ですが……私は、五条さんが不憫であればあるほど好きなのでこれからもっと不憫にさせます、という宣言になったあとがきだった。出会い頭に殴るレベルですかね。五条さんに対する私の好感度

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