鴛鴦の契り

「つまり、あの娘と入れ替わったということか」
『簡単に言えば』

少女の中に潜在意識として存在はしていた。だから少女が体験したもの、感じたものは全て共有されているので全て知っているし、全て憶えている。だからこの時代のことも理解している。
この世界にははっきり言って霊力がほぼない。呪力のみが蔓延る世界の均衡。だがないとは言ってない。ほぼないだけ。だから霊力=呪力ではない。反転という枠組に霊力はカテゴライズされると仮定する。霊力が無ければ刀剣男士の御霊を降ろす事は出来ない。
だが、少女は初めから霊力を保有していた訳じゃない。今の状態で霊力があるとすれば考えられることは一つ。後天的に霊力が付与された。それも前世と同等。導き出せるのは、私の魂がこの身体に定着した瞬間、少女の元々あった潜在能力に追加で私の霊力が付与されたということ。今の私は霊力も呪力も両方が身体の内側を巡っている事がわかる。
刀剣男士の娘なのに何故霊力が宿らなかったのか。

「きみの月は満ち欠けをするな」
『動かないの』
「診察されているのか」
『視察してんの』

眸に月が欠けていくのを感じる。鶴丸を写せば魂の容が歪んでいた。元々歪で不安定な定着だったが、怨霊と化した瞬間から進行が酷い。反転された力を使用する感覚を真似て鶴丸の魂の容を安定させることが先決かな。このままだと何れ自我も消えるだろうな。眸に浮かぶ月が光を受けて揺らいだ。
鶴丸の肩を掴み、顔を近づける。すると鶴丸は「ちょっな、なんだいきなり」と慌てていたがお構いなく。額と額を密着させ鼻先が互いにあたる。吐く息さえ肌に触れ、湿らせていく最中。瞼を閉じて自身の霊力を注ぎ始めた。すると鶴丸が急に苦しみ出す。無理もない。今の鶴丸は9:1の割合で呪力が多すぎる。神気を使用する刀剣男士の身では呪力など毒に過ぎない。ここで顕現された刀剣男士は6:4の割合で呪力と霊力の均衡を保っていた。多すぎる毒はやがて蝕む。少女がここまでに至れた知識のおかげで調べ物をせずに事を運べる利点はいい。出力量を調節しながら現状の鶴丸にとって最適な割合を導き出し魂の容を安定させた。ふっ、と息を吐き出す鶴丸の音を聞き、瞼を持ち上げ蜂蜜色の眸と遭遇する。色味が深く潤滑に体内を巡っているようだ。やはり8:2くらいか。怨霊だからな。鶴丸から距離を取ると、頬を少し赤らめて他所を向く鶴丸の顔がある……?

『三日月似だから照れてるの?わかるわ。私も照れる』
「きみは本当にそこも変わらないんだな。俺の方が君の趣向沿いだ」
『そうだけど』
「……そういうとこだぞ」

鶴丸は前もそうだけど時々よくわからぬ。かわいいけど。
毒を食らわば皿まで、とはいうが。顕現する際に霊力量が足りなくて無意識に呪力を注いだ結果だろう。毒で蝕ませれば器が滅びるのは当然の理。代替え機みたいに使いやがって胸糞悪い。

『害虫駆除したい』
「目が据わっているぞ」
『やっぱゴ●●リホイホイでも仕掛けるか』
「なんだその計画は」

害虫で思い出した。鶴丸に自身の太刀を出すように言うと困った顔をしていた。それが何度試しても自身を取り出せないとこの鶴は今言う。質問したのが今だからなのか?だからそんな大切なことを今言う。………ああ。最悪な仮説が出来上がった。鶴丸国永は彼の名前ではない。太刀の総称。太刀という身体があるから御霊は降りる。今の鶴丸は怨霊。ということは実態がない。今の世との繋がりが自分自身で持てていない。だから崩れる。それはそうだろう。身体がないんだ。今は私という憑く対象がいるし、私と直接回路を繋いだから供給も出来る。それは今の世に居座る為の術でしかない。呪力を生む世界では息をするだけで毒の濃度は上がるから、中和の均衡はいつか崩れる。太刀を取り出せないとは。本当に悪辣な環境だ。頭を抱えながら、ふうと息を吐き出し、両手を掲げる。呼び出せ。

『ここへ来たれり』

掌に確かな重みを感じ取り、しっかり掴む。白い鞘に包まれた太刀こそ鶴丸国永たる。そう言えば鶴丸は外界には出てこなかったな。それは外へ出られないように縛られていたのか?太刀を雁字搦めに黒い楔が蔓延っていた。これが縛りか。幾重にもある所為か禍々しい。彼らがこの世から去ろうともこの縛りは有効である。解くことは出来ないけど緩和することは出来る。先ずは鶴丸に自由を。行動制限の解除。攻撃制限を段階的な解除へ変更。感情抑制の解除。暴走時の自己破壊自動発動の解除と変更。呪力出力の均衡設定。生態維持設定。緊急用回線の設定。……今のところこれくらいだろうか。雁字搦めに蔓延っていた楔の数が減っていることを確認してから、戻れ、と唱える。そうすれば太刀は再び消えた。鶴丸は驚嘆したような顔をして、試すように促すと鶴丸の手に太刀は当然のように顕れた。あるべき姿に収まっていくと同時に鶴丸の形容詞が変わっていっている気がした。これがいい方向なのか経過観察対象だろうけど、それでも刀剣男士・鶴丸国永という男は広い世界で自由に飛び回っている方がずっといいと思っているから。これでいい。

「目が醒めたようだね」

音がしなかったけど、重苦しい呪いだけは近づいていることは解っていた。
二人組の男。こ、うこうせい?似たような衣服を着ている点から学生だろうと推測する。
一歩ずつこの窓のない、蝋燭だけで灯りを保ち、至る所に札が貼られ、吊るされた気分のよろしくない部屋に、表情が読めないが人の良さそうな顔をして笑う黒髪のお団子。あとお腹のあたりが黒くてうねうねしている。もう一人は何も写さないサングラスをかけた白髪の男だけど……なんか異質だ。あととても無愛想な上に顔がそこはかとなく鶴丸な気配に、思わず鶴丸の方へ向き耳元へ寄ってから小声で。

『隠し子?』

そう言ったら美しい笑みを浮かべながら頭事抱き込まれた。息がくるしい。と手がもがくが鶴丸が声を落として囁く。

「残念ながらきみとの子であればきみ似の愛らしい娘を所望するが、あれらは手を貸してくれた連中だ。今きみは呪術界を束ねる奴らから処遇執行を待たされている状態だ」

解放されると頬に張り付いた髪を鶴丸の指先が触れ、はらう。なんかとんでも発言を口にされた気がするが、その後の言葉の方がこの状況には必要な情報みたい。咳ばらいをひとつ、聞こえると佇まいを直して首をそちらへ向けた。ベッドの近くに置いてある椅子に座る黒髪お団子の人。ベッドの端ではあるが腰かけて欠伸をしている白髪グラサンの人。いや、ベッドに座るなよ、初対面だよ。という心の狭い目は置いておいた。

「気分はどう?目覚めてこんな場所だと気が滅入るだろうけど。君は今監察対象だから悪いけど我慢して欲しい」
『……』

声色に心がときめいた。私は生前恋愛などと現を抜かせるほど器用な生き方をしていない方で。だが、一応これでも性別学上女の子であり。恋愛に興味がない訳でもない。だから疑似恋愛をよく液晶画面越しに体験していた。その道に於いてのトップランカーと言っても過言ではない。だから、つまり、何が言いたいかというと。毎回ハマるキャラの声の人に似すぎてて心が舞い上がってるんだよ。

「すまないが頗る元気だ。気にせず話を続けてくれ」

鶴丸が笑いもせずにそう答えた。

「才ちゃん」
『……はぃ』

慣れない名前にちゃん付けでちょっと予想以上に照れる。大変有難いことで。ご馳走様です。いや、何年振りだろうか生きている人間に名前を呼ばれる行為なんて。少し嬉しい気もする。

「私は君のお兄さん。觀綴紮の高専での友人で名前は夏油傑。ちなみにそこに座っている彼もその一人だよ。名前は五条悟」
「紮の妹にしては期待していない以上にかわいいね」

目が合うと逸らしてしまうその目を捕らえようと追いかけてくる。何かを探られているようだ。しかし、人間の、しかも異性との対面なんて何十年振りだろうか。変に緊張してしまう。いや、そういう気分になっている場合ではないことは重々承知しているつもりだけど、喪女にはハードル高いです。普通の女の子みたいな生活をしていればよかった。いや、無理だけど。毎日がハーレムルートだよ。え?羨ましい?戦場暮らしだけど。

「こりゃ親切にどうも。分かり易い自己紹介で。で、彼女の処遇はどうなったんだ?」

先程から鶴丸は笑いもせずに、話を急かす。疑問に思い首を傾げると。夏油さんは「わかった」と一言。だけど鶴丸を見る目はまるで仇を見るような。寒気を感じてベットの端に座る五条という男を視界に入れる。彼は先ほどから鶴丸の姿を見て口元を砕けさせている。好戦的な目で見られても困る。鶴丸を庇うように体の向きを変えて夏油さんの方へ目を向ける。
夏油さんが此方に視線に気がつき、穏やかな表情に戻る。ああ、こういう人は薄気味悪い。

「結論から言えば“死刑”だったんだけど。君の苗字を聴いた途端。君の処遇を決めていた上層部は掌を返した。誰もが君を“養子に迎えたい”と言い出してしまってね」

養子、ね。少女の苗字は一度変わっている。戸籍を調べればすぐにわかる事だが、元は兄と同じ。でも今はあの忌々しい者の代名詞か。

「ところで、君の好きなタイプってどちらかな?」

人間との会話は常に裏表について考えた。言葉遊びをしながら誰がジョーカーを持っているか。嘘をついているのは誰か。得をする奴は何なのか。常に情報を天秤にかけて己の利益を考える、そんなちょー面倒くさい会話をしたくなくて避けて来たツケかな?これは?全く意図が読めない質問過ぎて、子どもみたいに首を傾げた。いや、今は限りなく子供なんですけどね。

「かわいいな。ねえ傑。選ばせるとか辞めにしようか。結局この子俺の戦利品だし」

手を取られて驚く。いつの間にこんな近距離にいたんだ。サングラスを外して色素の薄い青と対面する。顔は思った以上に整っていた。人間の常識を超える顔面偏差値だわ。浮世離れしている雰囲気。

「そういや指輪ってどっちにつければいいんだっけ?」
「左だよ」
「ああ、そうだった」

指輪を手にして、それを私の左手の薬指にはめられる。昔ある待合室で待っている時、反対側の椅子に腰かけた若い審神者の子らが雑誌を広げてある特集を見ていた。女の子なら誰もが夢をみる好きな人との最終到着地点。それを何処か遠い気持ちで眺めていたが、呼ばれて席をたった。あの時、私には無縁だと思っていた。

『……これ』
「俺と結婚してください」

幸せそうに語る彼女たちを横目に、私は自分の傷だらけの指を隠した。たった一度でいい。たった一度だけでいいから、誰か言ってくれませんか?

「……あ」

その言葉は遮られる。まるで波に攫われる前に呼び止めるように。

「才ちゃんのお兄さんに頼まれた事なんだ。君が誰にも脅かされない生活を送れるようにと。養子という声があったからね。どうしても身内に招かないと道理が通らなくて。悟は五条家の中でも比較的融通が利くし顔も利く。何より悟自身が君のお兄さんから君を託されたんだ」
「説明ごもっとも。今日は随分と回るんだなお口」
「詳細不足は人に雑念を寄せるからね。お安い御用だよ」

觀綴紮か。少女の兄で、そして、今日からは私の兄でもある。前世でも兄はいたから感覚的には共有されたものでも補正出来る。けど、残酷だね。とても似ている。そんな兄から妹を託されたから結婚なんて随分と飛躍するな。クスっと笑ってしまった。

『どうしてそんなに話が飛んでしまったんですか?』

緊張が少し解れた。笑みを見せたことにより、夏油さんは穏やかに笑んだ。

「私は養子でもいいんじゃないかと提案したんだが」
「それだと弱いんだよ。今度は嫁に来いと言われるのがオチだと紮も読んだんだろ。そう簡単に諦めない、絶対。こんな逸材を。天才様の扱いは天才様に限る。紮はよくわかってる。利用された奴の結末は、反吐が出る程に」
「はあ…補足ね。紮が悟との賭けに勝って。何でもいう事を利かす権利を貰って、それを契約書にまでサインさせていつか行使する。そういったものが今、君の為に使われたんだ。じゃなきゃこのクズは動かないから」
「お前も糞ったれだろ」
「……その契約書が役に立ってね。しかも君を託すといった翌日には正式書類が送付されてきた。それがあったから我儘のゴリ押しで君を匿う事が出来たって訳。君の意思を無視する形ではあるけど、こんなんでも悟はまだマシな分類だから。もし嫌なら私が代わってもいいよ」
「目の前で口説くなよ。思わず照れちまう」
「それは光栄だね」
『身の安全の保障の為の婚約、ということならわかりました。暫くは私のような存在がご迷惑をかけると思いますが、なるべく対処しますので。よろしくお願いしますね五条さん』

深意味はない。これはあくまで保険だと思えばいい。今はその呪術界とやらの目を醒まさせてやることに全力を尽くすとしよう。養子だって?無理に決まってるでしょ。後悔する前に己の愚かさに嘆けばいい。利用されるのはどっちだよ。

「大丈夫でしょ。俺、最強だから」
『なら頼りにしていますね』
「話が纏まってしまったね。君の身元は一旦呪術高専預かりとなるから。まずは身体を癒すことだけを考えて。君の身体は……休息を欲しているからね。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれればいいから」
『ありがとうございます。夏油さん』
「んじゃあ!挨拶もすんだし、また来るね。才ちゃん」

笑みを浮かべて手を振り、去り行く背中を見送る。扉が完全に閉まった直後。肩を掴まれベットに押し倒された。黒い髪、紅い目、全身黒い衣服を身に纏う鶴丸が私の左手の薬指を凝視していた。呪いの方が前面に出ているようだ。

「なんで受け取った?主。あいつは初対面だ」
『兄の友人だよ』
「それはきみのじゃない。あの娘のだ。いくら共有しているからといって、全てきみになった訳じゃない」
『鶴丸。こんなものは形だ。意味などない。そこにあるだけで制限さえない。だから鶴丸。私は誰にも貰われないよ』

頬に触れ、呪力を薄ませる。感情に比例して力が若干暴走したのかな。制御装置を施しても突破されるか。徐々に黒が引いていく。

『受け入れた訳じゃない。利用するだけ。地盤を固めて陣地を作るのが鉄則でしょ。だからあんたも力の操作を学びなさい』

ペチっと頬を叩くと鶴丸は完全に元の状態に戻り、罰が悪そうに眼を逸らしながら手を重ねる。

「きみはずるいな」







「傑。あの過呪怨霊の登録を変更した方がいいかも」
「どういうことだ?」
「進化してた。ちょっと見ない間に容を替えやがった。しかも安定している。あんなの視たことがない。あれはもう呪霊だ。しかも特級だよ」
「頭の痛くなる話だな、それは」
「こりゃ化けるぞ。あのガキ。暴いたら一体何が視れるんだろうな。前言撤回。興味しか湧かないよ」

五条の愉快そうに笑う声に、夏油は頭を抱えながら出て来た部屋の扉へ視線を向けた。彼もまた思うところがあったのだろう。きっと呪霊操術を扱う者として……。


前置きが長いのは必要なことなんだよ。やっと今作品のコンセプト@五条さんと婚約関係が達成されたわ。じゅじゅさんは設定めっちゃ勉強したけど、捏造いっぱいです。間違った介錯だとすみません。一応穴をつきました←。刀剣乱舞は自由に私の独自設定がバンバン出てます。お粗末様でした。

×