誰が為、翠雨

検査結果が出て異常なしの問題なしだったので、稽古をつけて貰っている……とは、言い難い。基礎体力作りをした後は決まって木刀を使用しての夜蛾先生の呪骸との組手。最初の手合わせの際、出力ミスをして己の力量を調べる予定が、呪骸事粉砕してしまった。顎が外れたんじゃないかと思うくらい開けたままの夜蛾先生と無残に散った可愛くはないぬいぐるみ。何の合体動物だったかな?首裏に手を置き無邪気な笑みを浮かべると鶴丸が転がり笑っていた。

『すみません。出力調整をミスりまして』
「え……えぇ!?はあ?!ちょ、っと待て。オマエ、今までどんな事をしてきたんだ?」
『教育という名の拷問ですよ?その中に呪術系の仕置きもありましたので、操作はそれで学びました、けど……?ご存知ではないですか?あれ?てっきりご存知なのかと思っていましたけど』

コテン、と首を傾げると夜蛾先生は「暫くの間一人にしてくれ」と何処かへ行ってしまった。暇になってしまったので、木刀で素振りを数回してから鶴丸と目が合う。鶴丸が木刀を手にすれば、互いに構え衝突した。
前世のときも鶴丸と共に模擬練習を重ねていたな、そういえば。そんな打撃の打ち合いをしていたら鶴丸に足元を掬われ軽く吹っ飛ばされた。そして帰ってきた夜蛾先生が突然のことなのに私を受け止めてくれた。

「オマエ等なにしてんの」
「模擬練習だな」
『模擬練習です』

今度は頭を抱えていた。私を床に下ろすと足を引っかけられた際、変な方向に捻ったようだ。反対を向いていた足首。ありゃまあ。と思った矢先に術式が展開される気配を察知する。足首に集中していることに気がつくと、足首は元通りになっていた。
反転術式が自動搭載してるのか。怪我をすれば自動で修復する。痛覚はほぼなかったな。一瞬予期せぬ痛みに反応する程度で傷を自覚すればあとは気にならない。

「オッサンの顔が面白い事になっているぞ」
『そんな口を開けていると顎外れますよ』
「もう、待ってって言ったじゃん。なんでそんなに追いつけない事するの」

両手で顔を覆い始めた。どうしたんだろう、ストレスかな?ストレス性で胃に穴があいちゃうのかな。そりゃ大変だ。

『どなたか聖職者はいらっしゃいませんか』
「心の補正アビリティ使用してくれる奴はいないか」
『ゲームのやりすぎじゃない?白魔導士がここにいるとでも?』
「黒魔導士がいるんだからいるだろ」
『いや、アビリティの取得は難しいんじゃないかな。ジョブチェンジしないと装備出来ないから。ここはやっぱ修道士かな』
「それなら居そうだな、よし」

『「 どなたか修道士はいらっしゃいませんか 」』

「居るわけないだろ」

煙草を片手に笑いすぎて横っ腹痛めたお姉さんが出入口に立っていた。まだ震えていらっしゃる。

「噂の五条の婚約者どんなんか見に来たけど、めっちゃ面白い。最高なんだけど。紮の妹なのに似てないね」
「保護の名目上の仮名婚約者であって本来の意味を持つ婚約者と言えば違うな、俺の主は」
「五条の奴ライバルいんじゃん。いい気味すぎだろ。はぁー久しぶりに笑ったわ。先生、この子に稽古なんて必要ないでしょ。人間の域超えてるっての」
『あの、あなたは家入硝子さん、ですか?』
「そうだよ。なに?紮の手紙に書いてあった?」
『はい。硝子さんに関しては写真も入っていたので』
「そうなんだ。私も写真見せてくれたから紮が。すっごいかわいいとか言って自慢してきて正直耳にタコだったんだけど。全部投げ出して、あんなクズに頼るくらいアンタの事が大切なのは伝わったよ」

口から吐き出される煙が漂う。その煙を見つめながら視線を外した。前髪を整えながらふっと息を吐いてから、手を退けて顔を作った。

『硝子さん。すみませんがコンタクトありますか?できればカラーコンタクトなんですけど』
「あるにはあるけど。何色がいい?」
『できれば眸と同じ色で。すみません』
「いいよ。取ってくる」

ヒラヒラと手を振って硝子さんが去っていく。

『任務で席を外しているっぽいね、あの二人は』
「ん?聞こえたのかい?」
『小耳に挟んだだけだよ』
「何の話だ?まだ何か隠しているのではないだろうな」
『女性には多くの秘密を所持しています。それは暴こうなんて変態ですね』
「何処からそんな言葉を学ぶんだオマエは……。才の実力はわかった。確かに護る術などと愚門だったようだ。これなら早い段階でオマエに階級を与えられそうだ」
『階級、というと呪術師ですか?』
「ああ。不本意か?」
『いえ。光栄の極みです』

まずは第一段階の足掛けにはなったかな。という稽古初日から自身のたてた計画通り以上の進行成果をあげた。







もうあれから一ヶ月は経過している。すっかり体力は戻り、筋力は驚くことに前世と同等程度ついた。魂が肉体に付与した結果、魂の性質に合わせて肉体が変化したってことなのかな。夜蛾先生は授業とかあって忙しいので、鶴丸とふたりで稽古を続けている。
割と木刀を何本か、室内を何部屋か壊してしまったので、その度に説教を受けたこともしばしば。今朝は目覚めが悪かったので、まだ隣で眠っている鶴丸を置いてひとり外周を走っていた。ジャージを着て外の空気に触れると頭の中の靄が小さくなっていくのを感じる。もうひと月だ。そろそろ、動き出さないと……。

「朝早いね才ちゃん」

驚きもせずに答えた。

『おつかれさまです夏油さん。任務から帰ってきたばかりでは?』
「よく知っているね。最近単独での任務が増えつつあるから中々時間を作れなくて。でも元気そうでよかったよ」

並走してくる。このまま一緒に走るつもりかな。夏油さんはいい人なんだけど、何か調子狂うんだよね。本当に心配しているのかな、と思えてくる。コンタクト越しながらも夏油さんの横顔を捉えるがやはり彼から聴こえてくるのは「心配」というか「配慮」かな。気にかけてくれていることはわかる。でも何でそんなに?目が合った。その瞬間脳内に女の子が映った。頭を銃で撃ち抜かれた女の子の死にゆくシーンにレンズに亀裂が生じ。
思わず目瞑り、手で左眼を覆って立ち止まった。突然立ち止まった私に夏油さんも止まり肩を触れられる。

「大丈夫?コンタクトかな?」

顔を覗くように近づかれ、耳元に体温を感じる。

『コンタクトの事言いましたっけ?』
「え?…ああ。硝子に訊いたんだ。君に変化があれば教えてくれと言ってあるから」
『なんでそこまで』
「ちょっと黙ってくれるかい?顔を上げて、目はゆっくりでいいから開けられる?」

両頬を持たれ顔を上に上げられる。左瞼をゆっくりと開けると夏油さんの手が視界を塞ぎ。
数秒後、レンズを取ってくれた。

「取れた。眼球は傷ついてないみたいだね」

鼻先が触れるくらいの距離に肩を跳ねらせると、夏油さんはくすりと笑った。いつの間にか腰に腕が回っていて夏油さんに抱きしめられている格好になっている。慌てるがお構いなしに頭を撫でられた。

「紮が言っていた言葉が理解できる」
『?』
「君が可愛いという事だよ」
『……っ!……子どもを揶揄って面白いですか』
「ふふ、酷いな。私は思った事を素直に述べただけだよ」
『……夏油さんが女性職員に人気の理由がわかりました』
「職員の人とどんな話をしているのか、ちょっと興味がわくな」
『男子禁制なのでご遠慮ください』
「手厳しいね」
『褒め言葉ですね』

腕から解放され距離を取ってから置いていくように駆けだした。左胸を抑えるように。なっ、んなんだよ!今どきの高校生の色気をぶっ飛んでんぞ!!9歳の子になんてもの浴びせるんだ。異性との交友関係は難しい……。なにこれ全女子のこと尊敬するわ。あんなん無理ですって。

「脚速いね。ちょっと休憩しよう」

肩を掴まれたと思ったら後ろへ引っ張られ態勢を崩した瞬間、抱きかかえられた。うわっ退路を断ちにきやがった。しかも自然な感じで。そして何処までも紳士ぶっている。なにこの高校生やだ。拒否権さえ捥ぎ取られたよ。
そのまま抱えられて屋内へ戻れば硝子さんと遭遇。笑われた。

「うわぁ、少女趣味だったんだ。通報しとく?」
「酷いな。可愛い女の子が居たら声をかけるのと一緒でしょ」
「それもキモいからな。まんまと捕まったか才」
『硝子さん。コンタクトの替えありますか?』
「あれ?破れた?」

首を縦にふると「どれどれ」と近寄ってくる。夏油さんが診察しやすいように抱えたまま硝子さんの前に差し出すので、そのまま左眼にライトを当ててくる。

「見た感じ大丈夫そうだね。はい、替えのコンタクト。調度ストック切れる頃だと思って発注しといたよ」
『ありがとうございます』

箱ごと受け取ると漸く床に下ろして貰えた。硝子さんの後ろに避難すると煙草を加えながら笑っていた。

「馴れ馴れしい男は嫌われるからな」
「硝子とは親しそうだね」
「まあ、女同士だし」

硝子の服を掴んだまま様子を伺う。夏油さんは極めて温厚な表情をする。胡散臭い。

「目洗ってきな」

硝子さんに促され近くにあったトイレに入った。外装のプラを外して箱から取り出す。蛇口を捻り常備している洗浄液を取り出して、目を洗った。流してから、ハンカチで拭いて、コンタクトを装着する。レンズをしたところで気休めにしかならないが、さっきのアレなんだったのかな。あの時頭の中に少女を思い出していたから視えたワケだから……亡くなった人の事を引きずっている?中学生くらいの女の子だったな……まさか本当に少女趣味だったとか?手を洗い蛇口を止める。ハンカチで拭いてから乱れた髪を手櫛で整えた。
トイレの扉から出ると少し離れた壁に寄りかかって待っていた夏油さんを見つける。なんでいるんだ。回れ右をして逃げようとしたが、捕まった。

「もう少し親しくなりたいから、私の事を下の名前で呼ばないかい?」
『……いやですかね』
「いやか……」

走り出す前に肩を掴まれて羽交い絞めに合う。

「じゃあ呼んでくれる気になるまでこのままでいようか」
『強引すぎませんかね』
「そうかな?寛容な方だと思うけど」

誰か助けて。ちょっとこの身体じゃ抜け出せない。あと人間の男に長時間の接触は嫌かな!慣れてないからちょっと嫌かな!

『硝子さん何処行ったんですか』
「ああ。呼ばれてたね」

ちょっと首を動かすと満面な笑みを浮かべて「なまえ」と言ってくる。ああ、わかったよ。これはそうだ。あれだな。新手の拷問だな。凄い最新鋭だよ。全く、こんなのどうやって抜け出せってんだよ。抜け出す方法を考えていると「夏油さん」と呼ばれる声がして二人でそちらへ向く。相手は窓の人で「なにしてんの」と言った顔をしていた。いや、めっちゃ正しい反応。

「どうしたんですか?」
「すみませんが一度来ていただいてもよろしいですか?例の調査から職員が帰還したんですが」

ちらっと、私を見る窓の人。例の調査……ああ、彊界家のね。にこり、と笑みを浮かべると窓の人は佇まいを正してから私へ声をかけた。

「才さんも是非お目通りをお願いします」
『ありがとうございます』

窓の人が先導する背中を追うように歩き出そうとしたら後ろ引き戻され背中がぶつかる。ああ、忘れた。夏油さんに羽交い絞めにされてたんだった。

「人にも好かれるようだね」
『誰だって綺麗なものを愛でるのでは?』
「違いない」

手を取られ繋いだまま歩き出した。スキンシップの多い人だな。繋いだ手から温もりを感じる度に何故だか少し居た堪れない気持ちになった。手を放したいと思うが、熱が引き留めるような感覚かな。恥ずかしい。
廊下の窓辺から太陽を隠すように雲が覆いはじめ陰りが生じる。

『雨がふりそう』

小さな手が足を掴む。崩れ落ちていく血肉、骨、この世界はいつだって誰かの所為で成立する。ああ、そんな夢だったな。


私の中で夏油傑回。特に嫌いでもないキャラだったんですが、CVの破壊力に心を打たれた。いいお兄さんみたいな感じですかね?私的には美味しいポジションです。個人的解釈と見解で書いているから批判はしないでね。それぞれの捉え方があるからキャラは奥深いんだよ。

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