感情の不具合

鉄錆の匂いがする。硝煙と煤が周囲を混沌へと落とす。空を見上げれば青は何処にもなく厚い雲が漂っていた。悲鳴に似た断末魔が脳を狂わせて、身体全身で浴びる赤黒いそれをただ只管に打ち上げた。これは戦争だ。これは戦場だ。命を落とし合うただの遊戯にすぎない。前だけを歩み続けていると足首を掴まれた。そろりと視線を下へ向ければ幼い少年が唸りながらこう呟いてた。

「 おまえのせいだ 」
「 おまえのせいで、死んだんだ 」
「 おまえさえいなければ 」
「 おまえさえうまれなければ 」
「 おまえが死んだところですべてがかわるわけがない 」

追い詰め、罵り、誹り、陥れ、崩落することを望む言葉たちに、ビードロの眸からこぼれ落ちる。手から滑り落ちる刀が地面に弾かれ、立ち尽くした。
瞼を持ち上げ、今朝の夢を鮮明に思い出しながら、現との違いに笑い声を漏らす。
卑屈すぎたな。自分であって自分ではないのだから、当たり前だというのに境界線がわからなくなる。生きることは難儀だ。自分の心のままに生きてもいいのかさえ、許可が欲しいのだから。

「主」

ベットの端に腰かけ髪を指で梳かされる。指の腹が地肌に触れる度に呼吸が楽になっていく気がした。

『逃げろ。と言われた』
「ああ」
『逃げるのはあの子の方だ』
「ああ」
『夢をみた』
「ああ」
『その夢にあの子がでた』
「ああ」
『わたしは、あの子の仇を取らねばならない』
「それが我が主の本位であれば、付き合おう。何処までも」

毛先に口づける鶴丸の言葉に下唇を噛み締め、身体を縮こませた。こんな事でしか繋がれないのだ。私という実態は。それでも、あの子のために、私が出来る事である。ならば、何も惜しむまい。
肩までかけられる掛布団。髪を攫うように鶴丸は部屋を出ていく。もうすぐ帳が下りるだろう。髪を一本抜き取り、近くにある札を手にすればくちづけ、札は蝶へとかわる。

『行け』

蝶は美しい鱗粉を散らしながら一周し、窓の外へと羽ばたいていった。







「で?次はどんな任務なワケ?俺、帰ってきたばっかなんだけど」
「硝子も参加するのかい?」
「いや?説明担当だけど」
「全員集まったな。今回は彊界家の調査任務にあたってもらう」
「はあ?なにそれ。祓徐じゃないなら参加しなくていい?」
「犠牲者が出ている以上、呪術師を向かわせるべきとの判断だ。お前たちにしか頼めない理由は、彊界才の護衛をしてもらうからだ」
「それは、あの子を外へ出すということですか?もしかしてあの遺体が何か関係しているんですか?」
「そ!あれから解剖し直したけど、全ての部位が四人の人物から取って付けたものだった。眼球から、鼻、耳、唇、首、肩、腕、指、腹、腰、背中、脚、脚の指、内臓に至るまですべてね。ただ違っていたのは心臓。心臓だけは子どものものだった。大体10歳未満ってところかな」
「……その心臓が彼女を誘った」
「まあ、そうだろうね。何が目的かしんないけど、有効だったことは確か。あと何で私らにあのツギハギが視えなかったかは、才の言う通り特殊な術式だったよ。結界をあんな風に使うなんて初めて知ったわ」
「まあ、隠蔽するために使用するものは少ないからね」
「ふぅ〜ん。つぅことは、最初からあのガキだけに当てた恋文ってこと?モテんな」
「その誘いに乗るんですか?危険では?」
「だが、彊界家に辿り着けるのは才しかいない。本人からの打診でもある」
「殺気立ってたもんな。その心臓はそれだけの価値があったってことだろ」
「ニヤけ面がきもいな五条。乗り気じゃん。案外好きだったり」
「それはねえ。でも興味は湧くね。彊界家を調べられて、正体も知れるなら一石二鳥じゃん。行ってもいいよ」
「傑。お前も行ってくれるか?これは強制じゃない。あくまで才の手綱を握る監視役が欲しいだけだ」
「勿論。行かない選択肢はないですね」
「夏油は才のこと割と好きだしね」
「おや、恥ずかしいな」
「照れてるのきもい。マジで少女趣味じゃん。通報しとくわ」
「硝子は待機班として学園に残る」
「異議なし」
「決行は明日。準備だけはしておけ。俺は才にこのことを伝えに行く」
「それなら私が行きますよ」
「アピがすごい」
「傑の趣味が判らな過ぎてピエン」
「そいつはいらないぜ」

扉の前に鶴丸が肩を預けて立っていた。ひらり、と袖を振りニコリと笑っている。

「俺が直接主に伝えよう。なあに、俺と主は同じ部屋だからな」
「顔を見に行きたいから遠慮するよ」
「行かせるワケないだろ。頭大丈夫か前髪変なやつ」
「全身真っ白な鳥類に言われたくないかな」

鶴丸の前に立つ夏油。互いに目が笑っていないのに笑顔だけは絶えなかった。それを肘をつきながら眺めている硝子と五条。

「参加しなくていいの?コンヤクシャ」
「やりたい奴だけやればいいんじゃない?俺は趣味じゃないから」
「ふぅーん……後悔すんなよ」
「はあ?なんだそれ」
「才はあんたみたいな男が傍にいる方がいいから。まあ、奨めないけど」
「押し付けんなよ。婚姻関係がなんだ。そんなもの眉唾物なんだよ。愛なんてただのバグにすぎない」

五条が反対の扉から出ていく。その背中を眺めながら硝子は煙草に火をつけ、煙をたたせる。

「愛を知らねえやつが何言ってんだ、くっさ」
「硝子。ここ禁煙」

夜蛾は学生たちの会話にあまりついていけていなかった。



会話だけで成立させた。いいんだ。それだけで伝わるよ。誰と誰が喋っているか完璧に分かった人は天才だと思う。おめでとう!岩塩を互いに投げ合っている好感度具合ですね。

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