嘘を食む

お腹を抱えて笑う人物2名はその場で転がっていた。

「間抜けにも程があんだろあんの呪霊!」
「主は詐欺師に向いてるんじゃないか!」
『似た者同士だったか』
「本当ソレ」

夏油さんと二人で地面に転がりながらお腹を抱えて笑っている園児ふたりを眺めていた。

「彊界家が呪霊操術なのは調べて知っていたけど、使役しているというよりは契約での縛りなんだね」
『はい。明石を見つけ出し服従させたのは私ですが、その後の権限を当主に譲りました。使役したのは私だったのでその名残が残っていてよかったです』
「もしかして、夜蛾先生に発言したやつって嘘?」
『半分は』
「詐欺師向いているよ」
『せめて勝負師と言って欲しいですね。賭けに勝ててよかったです』

腕を頭上に伸ばして背伸びをする。ちょっと緊張したけど無事に潜入できてよかった。退路の確保も一応したし、後は。影がさし、顔をそちらへ向けると両頬を包まれた。目が合う。今日はコンタクトを外して来ていて、そして満月。だから思わず視線を逸らす。

「あの時、避けなかったね。どうして?君は自分が狙われている事を知っていた」
『咄嗟だったので、少し反応に遅れただけですよ。それに私は』
「避けられるならなるべく避けてくれ。頼むから。女の子が傷を負う所なんて見たくない。あまり気分のいいものではないからね」

脳裏にふと過る夏油さんの脳内で繰り返される女子中学生が拳銃で脳間を撃たれた鮮烈な描写。重なってみえるのだろうか、それとも、重ねてみているのだろうか。夏油さんの手に手を重ねて笑みを浮かべた。

『わかりました』

そう言うと夏油さんはほっとしたような顔をしていた。その顔をみたとき、喉のあたりが冷えていくような感覚が通過した。うん、まあ仕方ないよ。

「あれはいいのか?」
「ああ。あれはいい。夏油からはそういうモノは感じないからな。あるのは、贖罪カナ。まあ別に。どんな感情を抱こうが彼女の周囲に居るだけで斬りたくはなるけどな」
「お前、前から才能あったんじゃね?」
「何のかは聴かないでおこう」

地面に寝転がり、肘をつきながら話している白いふたりを立たせてから私たちは敷地内へ踏み込んだ。







広大な土地を利用して玄関までに噴水や庭園が広がっていた。
あまりゆっくりと外観を視たことはなかったが、洋風テイストが強かった。屋敷も洋館の作りで、日本古来を愛する呪術世界からすれば斬新な趣味だ。
私は好きだけど。手入れが疎かになってしまった所為で花は枯れ、噴水の水は干からびていた。迷いのない足取りで玄関へと進む中、夏油さんが周囲を見渡しその違和感に勘づく。

「どうしてここに死体がないんだ」
「死体があっても腐敗してんだろ」
「誰も入れなかった内側がここまで綺麗なのがまず疑問に思って欲しいものだね」
「細かいことは気にしない主義なの」
「あそ。才ちゃん」
『養分ですかね?特に心臓は大層よいとか』
「……え、あの話本当だったの?」
『私は誠実な人間ですから。嘘を言う場面と言わない場面くらいの弁えはありますよ』
「それ誰の事言ってんの?」
「反応している時点で認めているようなものだぞ、きみ」

玄関に辿り着くとドアノブを捻り、中へ土足で上がりこむ。内装も傷んでさえいなかった。ただ少し血の香りが残っていたが。それは普段と変わらない。この屋敷内で血の臭いがしない日はいつもなかった。

『こちらです。彊界家の書庫へ行けば大体の事は知れるでしょう』

迷わずに廊下を進んでいった。途中で突き当りにぶつかるも右側にある絵画を左へ捻れば、壁が扉となり開く。五条さんは楽しそうにはしゃいでいるが、夏油さんは周囲を見渡しながら時々こちらの様子を伺っていた。その視線すら気づかないふりをして進む。鶴丸は極端に口数を減らしていた。自責の念にでもとらわれているのだろうか。気にしなくていいとは言えない。気に病むなとも言えない。それは幾ら後悔してもついてくる影法師みたいに。鶴丸自身が背負わなくてはいけないもので。だから私は許しもしないし、そんな言葉すら出す気もない。
私も実際に指先が震えるのを見つめていた。少女の名残が反応しているのだろうか。身体は素直に反応し、この先について怯える。でも安心していい。私がいるから。ひとりじゃないから。苦痛の日々が、掻きむしりたくなるほどの慟哭が鮮明に走り抜ける度に、一歩ずつ進んだ。少女の気持ちを共有して伝わるから、胸が苦しい。棄ててしまったとしても、今の私にはそれが伝わる。
視界を横切る黒が追い抜き、少女の手より大きなその掌が包み込んだ。不思議な行動に理解が追いつかずに相手の背中ばかり見つめた。すっぽりと覆われる手は、温かくて目を伏せた。

「悟」
「なんだよ」
「いや、別に」

五条さんの行動に夏油さんが顔そむけて、口元に指先をのせ、笑う。そんな夏油さんを見て首裏に手を置きながら前へ視線を戻す五条さん。口元が僅かに寛ぐ。そんな私を鶴丸は、肩を撫で下ろした。

「ん?なんか寒い?」
「下へ降りていっている」
『ええ、地下に向かっています』
「平坦な道だった筈だけど」
「あの間抜けな奴が関与してんな」
『流石五条さん。ご名答です。明石の体内にいるんですから、内装は自由自在。ただ今は私の意思に沿って地下へ下っているだけなので、力はあまり使わないでくださいね、五条さん』
「随分と俺ばかり気に掛けるじゃん」
『節度が備わっているようにはみえないので』
「……」
「なんか、吹っ切れた?」
『集中力が足りていないみたいです。すみません、本音でした』
「このガキ、本性表しやがって」
「かわいい顔して」
「ほんとソレな」
「……ん?」
「……俺なにか変な事言ったか?」
「言ったね」
「血迷った。忘れろ」
「素直じゃないね」
「素直は俺の専売特許じゃん」

侵入者を防ぐために、毎日組み替わる内装。大事な宝物庫を守るための警備体制。そして閉じ込めるための檻と監獄。ああ、まさに理想的な籠だよ。
身の内に秘めていたものが溢れかえりそうで、気が狂いそうだ。熱にうだるように私は拳を振り上げ壁を思い切り叩いた。その音に全員が立ち止まる。視線が一矢に向けられ更に沸騰しそうになりながらも、ゴクリ、と息を呑む。そして笑みを貼り付けた。

『着きました。ここが彊界家の全容が隠した書庫です』

叩いた箇所が柵を開閉するための装置になっていた。頭の中で明石に文句を言われるが手で払うように追い出す。集中力きれるから。
中は、縦長の空間になっており天井は何処までも高く、ステンドグラスが並んでいる。ずらりと本棚が並び、さしずめ図書館のようになっていた。
手が離れ、本棚にハンドルがついていてそれを回そうと力を込めるが錆びていて動かない。取っ手に手が重なる。見上げると夏油さんが「貸して」と言ってくれたので、任せることに。ハンドルを回すと本棚と本棚の間に隙間が出来て、人が入れる隙間まで拡張してもらう。本棚の間に入り、一冊の本を手にし夏油さんへ手渡すと、鶴丸が私の身体を抱き上げる。

「これは」
『彊界槐と以前の当主たちによる、記録してきたものです』
「映画のみすぎじゃね?本棚と本棚の間って」
「内部の人間の目さえ欺くような造りだね」
『そうですね。身内全員に甘い家柄ってないと思いますし』
「それわかるわ」
「この仕組みように他の所にも暴かれたくない秘密も隠されているってことかな」
『探してみるといいですよ』

鶴丸に抱き上げられたまま一歩後退すれば柵が突然降りた。ふたりが驚いた顔をして私と鶴丸を見つめている。だけど、私は今まで被っていた仮面を取り払った。

『ここにはきみ達が知りたかったことが記されている。思う存分調べなよ。私はやる事があるからここでお別れね』
「マジで本性じゃねえか」
「才ちゃん。何をするつもりなんだ」
『別にはめる気はないよ。目的があってここに来た。きみたちの調査はついで。私は夜蛾先生に言いました。喧嘩を買いに来たって。売られたもんは利子つけて返すんだよ。邪魔すんな』

指を鳴らすと明石が「人を働かせすぎとちゃいます?」とぼやきながら書庫内部の結界強度を上げた。五条さんを抑えることは不可能。恐らく自力で出てこられるけど、別の要素が組み込まれた特殊な術式は天才と言えども簡単に解くことはできない。それも自分達には備わっていない力なら、それは確信に変わる。

「俺がこんなコドモ騙しで抑えられるとでも?甘く見積もられたもんだな」
『無駄ですよ。幾ら稀代の天才と言ってもこれは呪力だけで構築したものじゃない。反転の分類にカテゴライズされる。きみ達は使用できない。その素養が身についていない。呪いじゃないから。でも安心してください。事が済めば直ぐに結界は解かれます。だから大人しく上の指示通り調査でもしててくださいよ』
「悪いな」

鶴丸が身を返し、更に奥地へと続く道へ歩き始める。

「才ちゃん」

静かに呼ばれる未だに慣れないその名前。きっと少女もそうだったんだろう。耳に馴染むことのない浮ついたその名前に後ろ髪が引っ張られる。鶴丸の肩に手を置くと歩みが止まり、私は首だけ向けた。

『私が何にみえますか?』

その問いかけに夏油さんの表情が全てを物語られていた。だから、私はこう口ずさんだ。

『さようなら、嘘つきさん』


言葉遊びが好きなんですよ。会話で成立してしまう。五条さんの気持ちの変化や、主人公の変化がわかるととてもよく読み込んでいると思います。すごい。次回は……キャラ視点かな?

×