先生、それいっちゃダメなヤツ



「結婚してくれないか」

緋色に包まれた教室。
校庭から響く部活動の掛け声。
隣の教室から聞こえる生徒の足音。
廊下に轟くは先生の怒声。
それらの音で喧噪し合う学校の放課後の中、その言葉はあまりにも非日常的だった。
幾ら幻想的な空間の中にいてもその言葉だけはどうにも混ざらない。
日誌を刻んでいたペンが固まり、一文字も書けないまま相手を茫然と見つめた。

「富センそれアウトだから」
「……そうか?」

向かい側に座るのは担任の冨岡先生で、そして私は生徒。更に言ってしまえば先生が生徒に対してプロポーズしたのである。社会的にアウト。ダブルアウト。

「あり得ないでしょ。先生が生徒に言っちゃダメなやつだから。てか何でイケると逆に思ったのか不思議だわ……え、マジでイケると思ったの?」

冨岡先生はその変わらない表情筋を僅かに下げた。マジか……イケると思ったんか。無理だろ。無理あるだろ。大体生徒から先生に告白してフラれて、でも諦めきれなくて、アタックし続けて先生も絆されちゃって禁断の恋に発展し、卒業したら結婚しよう。って流れが少女漫画。生徒に手を出してズルズルと大人の快楽に引き込んで逃げられないように外堀から埋めるのがTL漫画、的な展開すらないからな。言っておくけど、一年、二年と二年間担任あんただけど全く話したことあまりないんだけど?!どこで好きになったのか、どこがアンタにとって結婚の決め手になったのか尋ねてみたいわ逆に。逆にターニングポイント振り返ってみたわ!逆に!!

「先生……漫画の読みすぎでは?」
「……段階を踏むべきだったか?」
「踏むべきだったかな。OKするか知らんけど。てか絶対にOKしないけど踏むべきだったと思うよ。こういうのは順路があるから、順路守らずにデキ婚とかあまり好きな展開じゃないからね私は。私はだから」
「それも考えたが、俺だけ更に幸せになるのも違う気がして」
「警察って110番でいいんでしたっけ?」

ちょっと理解に追いつけなくて通報しようとしてしまった。いや考え方が危なすぎて危うくTL展開に突入しかけた。やめろ。私は健全なお付き合いからの結婚が好きなので、そういう感じでお願いします。いや、頼んでいるワケじゃないからな。

「というか冨岡先生は何故生徒である小娘にプロポーズを?」
「それは」

日誌を再び書きながら彼の言葉の続きを待った。だが、いくら待てども返事は来ず。しびれを切らして顔を上げた時、冨岡先生は今まで見たことのないような物哀しそうな顔で、笑みを浮かべていた。

「幸せになりたいと思った。お前と共に、幸せな生活を過ごしたいと、そう思った」

太陽が沈む橙色の教室は、胸が痛みやすかった。まるで何かに攫われるような感覚がするから。私は何も失っていないのに、ぽっかりと空いてしまった喪失感を埋められずに泣き叫びそうになりながらもそれでも私は、何に泣きたいのかわからずに瞳を瞑る。

「お前って誰ですか。私の名前は苗字名前ですが、冨岡先生のいうお前は誰ですか」

まるで助け舟だ。何故そんなもの出動させたのだろうか。自分でもわからない。わからないけど、目の前の冨岡先生は優しく微笑んでいた。

「俺と結婚してくれるのか名前」
「誰がOKって言ったんじゃボケ。飛躍するな」
「卒業したら籍を入れよう。婚姻届の半分は埋めた」
「きがはえ。………卒業するまで考えさせてください。これが今の譲歩です」
「……そうか」

噛み締めるように、嬉しそうに語尾を上げる冨岡先生を何故だか守ってあげたくなってしまった。庇護欲っていうのか、コレは?絆されかけている気がするが、悪い気はしないな。顔はいいし。金銭面は安定してるし、結婚するには優良物件だな。

「名前」
「今度はなんですか」
「好きだ」
「はいはい……はあ?」
「好きでなければ告げなかった」
「……じゅ、んばんちがうしぃ!!」