リナリアが咲くころ



※告白する相手間違えた世界観


誰かに骨髄まで愛されたいと思うのは、当然のような願いだと思う。でも、私は他人にそこまで期待が出来ない。だって所詮は他人だから。他人をそんな風に想わせるほど自分に自信なんてない。そんな影響力のある人間じゃないと解っているから。


『所詮は夢なんだよ』
「なんだそれ」


放課後の教室で日誌を書いている実弥くんの向かい側の椅子に座り机の上に肘を置いて、窓の方を向いていた。日誌から一度も視線を上げずに実弥くんは私に尋ねたから珍しいなと思って会話を続けることにした。


『人が人を好きになるということが』
「はあ?夢だ?普通のことだろ」
『そうかな?だって自分の好きな人が自分を好きになる確率って極めて低くない?人類何億人いると思ってるの』
「閉鎖的空間に押し込められてる現状で考えろや。お前の対象いくつまでだよ」
『5歳までかな』
「せめえな」


シャーペンが紙を滑る音に耳を澄ませながら『ほんとだ』と笑い声を漏らす。


『実弥くんは好きな人いるの?』
「なんだその質問」
『だって実弥くんと2年間一緒だけど恋バナしたことないじゃん。寧ろ苦手だと思ってたから』
「苦手だよ、ただ……惚れた女がいんなら話は別だろ。苦手だろうが何だろうが、振り向かせるためにやるだけやんだろーがよ」
『かっこいいな』


そう言い終えると断続的に聞こえていたペンの音が止まった。日誌が書き終わったのかと視線を正面に戻し、広げられている日誌を覗き込む。あれ?まだ書ききってないな。指摘する。


『まだ感想書けてないよ?』
「……」
『実弥くん?』


返事がないので顔を上げ彼を眸に映すと真剣な眼差しに射抜かれる。思わず固まり見つめ返す。え、なに?突然の真剣な空気に凍てつきそうな身体。心臓が何故か妙に鼓動を早めるから何だか妙な気持になるな。吐く息が重たく、熱が籠りつつある中、日誌の上に置いていた手に手が重ねられた。


「お前は好きなヤツいんのか?」
『え……っと、い、るけど』
「へぇー(知っとるけど)じゃあ好きでもない男と付き合えるか?」
『ヘッ?!ぁ、っと、ど、どうだろう……。少なからず好意がないと無理、かも?』
「それは今まで友だと思っていたヤツは対象か?」
『んっと……お、おそらく?』
「ンで疑問なんだ」
『実際にそんな事ないから…想像が上手くできなくて。んーでも。本当に私の事を好きで私も応えたいと思えた相手なら付き合うと思う』
「そうか……」


呟くような囁くその声量に、何故か居た堪れなくなってくる。何だろうこの急展開は……何か知らない間にめっちゃアオハル展開なんだけど。え……この後どうなるの??いや、まさか……そんなはずは……いや、しかし。でも、実弥くんだぞ?あり得ないよね……いや、完全否定しろよ私。図々しいな。
悶々とうだうだと思考がかき混ぜられる中。この静寂に包まれた幻想的な教室内で静かに、でも普段の彼からは想像も出来ないような優しい声色で名前を呼ばれてしまう。


「名前」


普段は苗字呼びなのに、なんで下の名前なの。と大暴れしそうな心臓を抑え込み。口から何かを吐き出しそうなほどの嘔吐感に堪えながら強く手を握られる。痛いとかそんなものは何処か遠くへと飛ばされてしまう。ああ、永遠ともとれるこの時間は刹那だなんてあり得ないよ。


「ずっと前からお前の事ッ」


言葉はそこで途切れてしまった。それは何故かというと担任の冨岡義勇が教室の扉を思い切り大きな音で豪快に開閉したからだ。
その音に驚いて肩が跳ねると同時に心臓が一度大きく脈打ってから平常までに落ち着いてしまった。あの空間は本当に魔法だと思うくらい。


「日誌はまだか不死川」
「…………ッうるせぇ―――!!!今持って行ってやらぁあ!!!」


椅子がひっくり返るんじゃないかと言うくらい椅子が引かれ日誌に走り書きをする実弥くん。顔が真っ赤でとても怒っていた。凄い眼光が鋭い。怖すぎる。日誌を書き終えると同時に義勇が静かな声で告げた。


「日誌は名前が持って来てくれ」
「はあ?なんでだ」
「不死川は、宇随が呼んでいる。美術での提出に問題があったと言っていたぞ」
「はあ?!こんなときに……ッ、苗字!」
『えっ、はい!』
「ああ、なんだ……さっきの話は、また今度させてくれ」


首裏に手を置いて他所を向く実弥くんの姿に、静かに頷いた。義勇が「早くしろ」と私を急かすので日誌を手に鞄を肩にかけ、実弥くんに手を振った。


『また明日ね』
「ああ……」


手を挙げて答えてくれた。


「残念でしたね不死川さん」
「てめぇ…胡蝶。お前の仕業かよ」
「あらあら随分ですね。私は別に何もしていませんよ。ただ困っている友人を助けただけです」
「……おれぁ悪モンかよ」
「その顔で何を仰いますか。でも王子様という柄ではないですよね。どちらかというと狼さんの方が似合っていますよ」
「ああ?ったく……もう邪魔すんなァ」
「……保証は出来ませんが、肝に銘じてはおきましょうか」







廊下を義勇と共に並んで歩く。口数は多い方ではないけど今日はとても静かだった。


「さっき何をしていたんだ」
『何をって?日誌書いてたよ』
「不死川に、何か言われたか?」
『言われる途中、だったかな』
「……名前」


沈黙の後義勇は名前を呼ぶと同時に私の手をとり繋いだ。普通の友達同士で手を繋ぐような繋ぎ方で。なのに義勇はとても悲しそうに眉を伏せて、綺麗な眸で私を映した。


「俺を置いて行かないでくれ」
『……?』


何を言っているんだこの男。昔から言葉足らずではあったけど言葉が圧倒的に足りな過ぎて全く意図が読めない。頭上に疑問文ばかりが浮かぶが幼馴染と久しぶりに繋いだ手のぬくもりに懐かしさが蘇り、不安そうにしている義勇を突き放すことはしなかった。


『何処にも行かないよ。行く前はちゃんと告げるから。事前報告ね』
「……その時は俺も一緒に行く」
『いや着いてくんな』
「手を離さないと昔言っていただろ」
『昔の事を引き合いにだすな。いつの話してんのよ』
「今でも有効だ」
『……もーわかったよ。今日は何時あがり?一緒に帰ろう』
「日誌を受け取ればあがれる」
『じゃあうちによる?ご飯一緒に食べよう。久しぶりに』


義勇は表情を緩めて頷いた。