咲かぬ花に、水を



「今日飲みに行かない?」


五条からお誘いトークアプリ通知を受け取る。いつもご多忙であらせられる最強様からのお誘いは割とレアイベントである。一仕事終えたので特に断るレベルの予定はないためスタンプを送ったのが数時間前。
場所を指定していいとのことなので、予約の品とくじを引くためその店舗があるところを指定した。手元に入手しほくほくな気持ちで待ち合わせ場所に合流を果たそうとした私の目の前では、少女漫画的な展開が繰り広げられていた。なんと逆ナンである。リアルでも発動するイベントだったんだな。遠くの方で観察しながら行く末を見守っていると五条が此方に気がつき女の子たちを軽く躱して近くまでやってきて一言。


「来たなら声かけてよ」
『いやぁーリアル逆ナンってどういうものなのか気になって観察してた。そして妄想してちょっと萌えた、ありがとう』
「何言ってんの。ほら店に予約入れてあるから行くよ」
『さっすが五条。気配り上手。それはあれかな?いつも女を侍らせている経験からくるものかな?』
「僕がいつ女の子侍らせたのさ。仕事が忙しいのにそんな暇ないでしょ。そっちは特に美人でもないから暇そうだね」
『なんだと?確かに私は美人ではないが普通だぞ?造形を比べるな。まあ知らない男についていく度胸はないからね。スキルが足りないからさ』
「磨かなくていいでしょ。そんなドブスキル」


右隣に移動しスマホを片手に先導する五条に着いて行きながら言葉を交わした。混雑するエレベーターの四隅に連れられ背に庇われ、目的の階に到着すると私を先に出させてから店の扉を開ける。店員が私に声をかけると後ろから言葉を発し対応。案内された席は個室で適当に注文をする。店員が下がると対面に座る五条がバンダナを首元へ下げ一息ついていた。


『今更なんだけどさ』
「なに?」
『硝子はいつくるの?後から合流とか?』
「………あ、あーー硝子は、用事があって来れないって言ってた」
『マジか。硝子に訊きたいことがあったんだけどな』
「それって対面しないと聞けないことなの?じゃないならトークアプリでいいんじゃない?」
『それもそうだね。でも打つのめんどいんだよな〜〜電話にするか』


端末機を操作し耳に押し当てる。コール音が鳴る中、店員が注文の品を持ってきたようだ。女子会とかで割と人気の店だからか五条の好きな甘味の品揃えがいいようだ。なんでパフェがあるんだと思いながら、私の方へ店員が迷わずにファンシーなプレートを置き。五条の前には私が注文したカクテルが置かれていた。店員が注文の品をテーブルに並べ、再び下がるとテキパキと五条が位置を差し替えていた。その様子を眺めていたら漸く硝子の声が機械越しに届いた。


「 なんだ 」
『あ、硝子?今忙しい?』
「 まあ、それなりに。それで?どうしたんだお前から電話なんて珍しい 」
『今日の飲み会に硝子も来るって聞いてたからその時聴こうと思ってたんだけど来れないって五条から聞いて、電話で尋ねることにした』
「 ほぉ……そこに五条いるのか? 」
『いるよ。めっちゃ目の前にいる。代ろうか?』
「 いや、そんな事よりどうしたんだ訊きたいことって 」
『私の紐パン知らない?』
「ンぐッ??!」
「 知ってる。今日洗濯して干したぞ 」
『そっか。あれコラボした限定商品だったからさ。今日穿いて行こうと思ったんだよね。ゲン担ぎで。結局、推しはやってきたからやっぱ愛の勝利だと思った。でも紛失したと思って焦ったけど、なんだそっか。ありがとう。あ、でも私、洗濯物取り込めない』
「 それは私がやっておくから気にするな。夕飯はいらんな。明日の朝食は中華粥でもしとくか 」
『ありがとう硝子。これで心置きなく吐くまで飲んでくるよ』
「 近くに襲う度胸もないが周囲の野犬だけは排除する狼がいるから気をつけるんだぞ 」
『ここは都会だから野犬も狼もいないから大丈夫だよ?』
「 五条がいるじゃん 」
『五条が私に気があるわけないじゃん。何の心配だよ。それに私も虚無くらい無いよ』


ガタン、と対面から音がして五条がテーブルに肘を思い切り置いて、目頭を抑えて鼻をすすっていた。どうしたんだろうか。その音が聞こえた硝子は電話越しでくぐもった声をあげている。私だけ置いてけぼりだな。いつくっつくのかな、この二人。昔から二人だけの世界観にワープするから友達ポジから言わせて頂くと正直はよくっつけよ。めんどくせぇ。と思ってしまう。昔は夏油もいたから分かち合える仲間、とこの気持ちも半減してたのに。今ではパピコさえも分け合えないじゃないか。


『硝子もいい加減素直になった方がいいよ?取り返しがつかなくなってからじゃ遅いんだから』
「 ……そうか、わかった。不動産にいって物件幾つか見繕ってくる 」
『いやそうじゃなくて』
「 なんだ。一緒に暮らそうと言ったのはお前だろ 」
『まあね。そうだけどね。でもまだ1年の猶予期間があるんだよ?もう少しゆっくり決めてもいいんじゃない?私綺麗な新築マンションがいい』
「 わかったわかった。候補に入れておいてやるから、今から下調べだけでもしておいた方が楽だろ? 」
『まあ一理あるけど。わかった。私も捜してみるね物件』
「 そろそろ切らないとこの話が五条主体であることを読者が忘れるから切るぞ 」
『突然のメタ発言。じゃあまたね』


通話を切ると100%果汁のジュースをストローから吸いズズズズっと音を立てながらこちらを見つめてくる五条の眸に遭遇した。なんだ、こわいな。一口飲んでからサラダをつついた。


「なに今の会話。彼氏かよ」
『いや硝子だよ』
「知ってる。そうじゃなくて内容だよ、内容。どういうこと?引っ越すの?」
『ん〜〜私、彼氏いないじゃん』
「知ってる」
『なんかムカつく。そんでもって結婚する気もないし、する相手もいないでしょ』
「いるわけないね」
『お前もな。でもさ、一人で生きていくのは辛いじゃん』
「うん」
『そこは同意すんのな。だから、お互い三十路までに結婚できなかったら一緒に暮らそうぜ、って高専時代に約束したんだ』
「はあ?聞いてないんだけど。何で言ってくれないの?何でそうやって隠し事すんの?僕が入ってないんだけど。仲間外れにすんなよ」
『淋しがり屋かよ。てか圧すごっ、顔近いぞ五条』


あと10pくらいの距離に美貌が晒されて正直、視力が融けそうだった。勘弁してくれもう0.6しかないんだぞ?死活問題だ。
指摘するとゆっくりと元の位置に戻りソファーに背を預け始める。そして何やらぐちぐちと呟いていた。声が聞こえないんだけど「硝子のやつ抜け駆けしやがって。絶許」とかなんか物騒な言葉が聞こえたけど気のせいだろうと唐揚げに齧りついた。うまい。


「じゃあなに。もうすぐ同棲するの、硝子と二人で」
『同居だよ。言葉近いけど意味合い違うぞ大分な。まあその準備をしているかな』
「僕の阻止が裏目に出たのが問題なのか?いやどちらかと言えば硝子も邪魔してたからこれは計画的犯行ってところか」
『殺人計画の話?』
「いや裏切りの話」
『どれをとっても物騒だったわ』
「僕も混ぜてよ。僕だって独身貴族まっしぐらだからさ。んでシェアハウスにしよう。費用は僕が負担するからさ」
『金の暴君かよ。いや五条は許嫁ちゃんがいるじゃん』
「あれは国外に逃亡したから最早自然消滅したよ、そんな話は」
『え、何をやったの?』
「僕は何もしてないよ。向こうが男作って逃げた」
『……あんみつでも追加する?』
「いや、傷ついてないから。お互いに勝手に決められただけで別に気持ちはないから。気にしないで」
『ふぅーん』
「……興味ある?僕と許嫁ちゃんとの関係とか」
『心底どうでもいいかな。人様の羨ましいステータスなんぞに。私だったら許嫁とそのままゴールインするな』
「はあ?なんで??」
『圧がすごい。だって面倒くさいじゃん。私みたいな女と結婚してくれる男なんざ契約でしかいないと思うし。相手が受け入れられる容姿だったら友達感覚で暮らすわ。気楽だし、仲良く人生歩めればそれでいいかなって……、ああ〜はずっ。でもさ一応私だって結婚に憧れがあるんですよ?女の子だもん』
「……僕でいいじゃん」
『あ、すみませーん。梅酒ロックでくださーい!』


空になったので追加で注文し終えた後でなんか五条が言っていた気がしたので『なに?』と聞き返したら「お前に結婚は無理だ」と辛辣な言葉を吐かれた。知ってるわ。


『でも不思議だね』
「なにが?」
『だって許嫁ちゃんに捨てられる内容が、男作られて国外逃亡って。ぶっちゃっけ女癖の悪さに愛想尽かされた筋書きの方が納得できる』
「……僕ほど一途なヤツいないと思うけど。てか本当に僕がそんな男に見えるワケ?」
『見えるかな。顔面の良さを引いても』
「………初めてこの顔が憎いと思った」
『ええ?カッコいいからいいじゃんその顔』
「好きになる?」
『ならないかな。私は伏黒くんの方が顔は好み』
「……恵の練習メニュー増やすか」
『いももち食べたい』
「頼もう」
『あと、日本酒いっちゃおうかな』
「飲み過ぎじゃない?大丈夫?」
『まだほろい程度だから大丈夫だよ。ちゃんと自分の脚で帰るから安心して』
「酔ってくれたら僕が持ち帰るからいいよ」
『居酒屋でそういう台詞聞くとアレだね。鳥肌がすごい。気をつけた方がいいよ。7割増しカッコよく見えちゃうんだって』
「鳥肌立たれている時点で7割減じゃん。補正が仕事してない」
『だって五条だよ?』
「なんだよそれが……え、まって。いま誤魔化されてる?」
『硝子が来れなくて残念だね』
「来なくていいかな。寧ろ一生誘わない」
『ハブるのはよくないよ』
「同棲のことハブったじゃん」
『悪かったよ。五条が男の子だから気軽に言えなかったんだよ』
「許す。そのかわり一緒に住もうね」
『硝子と相談しないとなんとも』
「名前は?僕と暮らすの抵抗ある?」
『ん〜〜女癖を家に持ち込まないのなら特にはいいかな。マジ御法度だから。リア充爆殺するよ』
「それは絶対にないから大丈夫だね。広めの部屋を探してみるね」
『気が早いな〜五条は』


それから同期であり、同僚である私たちは夜が深まるまで話に花を咲かせた。まあ半分記憶にないし、その場の空気で返答をしていたから。まあお酒の席ではよくあることってことで、ご愛好なものではあるんだけど。五条が人の話を聴かないことをもう少し考慮すればよかったかな、という反省点だけは翌日に持ち越しである。
五条に奢ってもらい店を出ると背筋を伸ばす。ちょっと足元がふらついて傾く身体を支えてくれたのは五条で、腰に腕が回る。大きな手が布越しの肌に触れるから温いなと思いながら『ありがとう』と言うと側頭部に頬がより、外耳に吐息がかかる。


「もしもしお嬢さん。僕は狼ですよ」
『……ごじょう?』
「あんま無防備にいんなよ。連れて帰りたくなんだろうが、てか連れて帰りたい……帰る」
『なんか最後決意した?』
「さぁーて。一緒に帰ろうか。大丈夫。僕の部屋のベット広いから一緒に横になっても眠れるよ」
『いや、自分家に帰るよ?硝子が朝ごはん作ってくれるから』
「硝子とは半同棲みたいなことして、僕とは出来ないってどういうことだよ」
『いきなり彼女面されても困る』
「僕の何が不満なの?あのマッドサイエンティストはずっとあることないこと吹き込んで。僕がいつ他の女に走ったって言うのさ。拗らせすぎて温まってるわ!!」
『え?何の話?コンビニ弁当の話?お弁当は温めないよ?冷めちゃうから。家からコンビニ遠いんだよ』
「温めて帰れよ!!」
『コンビニ弁当の温めに対しての熱強くない?美味しいときに食べたほうがいいじゃん』
「食べごろだよ。ずっとさ。もうずっとだよ。いいじゃん大切な物あげるから貰ってよ」
『え、なに?なんか面倒くさい。酔った人みたいに面倒くさい。素面だよね?お酒一滴も飲んでないじゃん』
「貰えよ」
『押し売り商法なんだけど。いや何をだよ。物によるよ』
「贈呈品の中身を言ったら貰ってくれるの?」
『メ●カリで売れるなら』
「非売品だから。名前にしかあげないから」
『なんかちょっと気になるな。非売品ってプレミア価格つくんじゃ』
「僕にとっては聖物で、名前にとって一点ものかな」
『え?哲学?』


いつの間にか両腕でがっちりと腰に腕を回され抱き着かれていた。外そうと力を込めるがビクともしない。力つよっ。てかお腹にも負荷がかかるから正直吐きそう。往来の面前でなにやってんだろうか。まあ特に珍しいものでもないようなので、行き交う人の目線は合わない。夜風が冷たいが後ろの男が煩いし、熱い。


「あの、五条先生。迎えに来ました」
「え?……恵じゃん。どうしたの?僕の迎え?」
「いえ。名前さんのです。家入さんに頼まれました」
「あの女の指金か」
「睨まれても困るんですけど。あと名前さん、もうすぐグロッキーになるっぽいので放した方がいいと思いますよ」
「はあっ!名前ごめん」


五条が漸く解放してくれたので吐く手前で何とかとどまった。アトラクションかと思ったわ。伏黒くんが尽かさず私の手を取り、肩を抱かれる。五条の腕が宙を掠め二人が少々無言であったが、あっさりとした態度を取る。


「じゃあ確かに名前さんは俺が送り届けるので。お疲れ様でした」
「恵?馬に蹴られてしぬよ?」
「それはあんたもだろ」
『あ、じゃあまたね五条。今度は私が幹事やるから』
「……うん。予定空けて待ってるね」


手を振って五条に別れを告げると、五条も手を振り返してくれた。高校時代の友人と大人になっても飲みに出掛けるくらい仲が良いのはいいことだな。考え難いよね………


『青春時代に特殊な学校、同じ学年で、少人数しかいないクラスじゃなかったら関わりたくない人種なのにこうやって仲良くお酒飲んだりするなんて』
「それ絶対に五条先生に言ったら駄目ですよ。確実に面倒なことになるんで」
『どういう意味?』
「いえ、そのままでいてくださいね。チャンスは多い方がいいんで」
『んん???』



五条×同僚で会話文多めな、五条さんによる拗らせすぎた片想い話でした。途中は下ネタです。ここでの五条さんは童貞であり、意中の女以外は眼中にないです。それを踏まえて読み直すとちょっと面白いかもです。元来こういうギャグの方が性にあってるなって思いました。ちなみに硝子さんから愛されてます。恵くんもちょっぴり気がある様子です。