口は目ほどに語らない



隣に立ちたいなんて烏滸がましいお願いだ。

「苗字さん。この方の包帯を替えて頂けますか?」
『はい。畏まりました』
「あ、すみません。その前に次の患者を呼んで頂けます?」
『わかりました』

胡蝶様の指示を受け扉を開け、次の患者を室内へ招き入れる。椅子に座るよう促し、頭を下げて先程診察を受けた患者の前へいき、膝まついた。怪我をした足を台座に乗せ、包帯を外していった。ガーゼを取り除き、ぬるま湯につけたタオルを絞って傷口を洗い落とした。

「っい」
『大丈夫ですか?もうすぐ終わります。また薬を塗ってから固定しますので』
「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
『私にお礼など必要ありませんのでお気になさらず』

タオルを桶に戻し乾燥させようと、桶を持って暫くの間退席した。
流し台へいきタオルを軽く洗ってから籠へ放り。桶を洗ってから坂様にして片付けた。

「すみません苗字さん!代わってください」

最近入ってきたばかりの新人さんに突然抱き着かれて驚く。視線を向けると今にも泣きそうな顔をしていた。面倒な気配を察知したが、それでも先輩として問わなければならないと思い、社交辞令として尋ねた。

『どうしたの』
「あの、水柱様がいらっしゃって…あの人感情が読めないから苦手なんです。顔はいいんですけど」
『あなた本当に素直ね。仕事なんだからやり遂げなさい。私は患者さんを待たせているの』
「その患者さんは私がします」
『だから代わってくれって言ったのね』
「いいじゃないですか。先輩って水柱様のこと好きなんでしょう?」
『……恐れ多い事を言わないで』
「否定しないんだ」
『的外れなことを言うものだから言い忘れただけ。それにあの方はもうお相手がいるでしょ』
「ああ。それもそうですね」
『じゃあ私は仕事に戻るから、頑張んなさい』

後輩を躱して新しい包帯を手に患者の元へ戻る。一瞬の冷水を被ったような感覚に眩暈がした。あの子恋愛脳だから鋭いのかな。気をつけよう。張りぼての口調さえ崩れてしまいそうだった。

「あの、今度暇を貰ったので、よければ俺と甘味でも食べにいきませんか」

包帯を巻き終え、見送りに扉まで着いていったらそんなことを言われた。殺伐とした中でそんな事をしている暇なんてあるのだろうか。なんて、だからこそそんな事をする必要があるのだと思う。人間だから。でも私はそれを無理矢理抑えつけて縛って、隠して、閉じ込めているから時々。こんな風に誘われると羨ましく思ってしまう。

『はい。私でよろしければ』

嬉しそうに笑みを浮かべる彼の姿に、瞳を閉じる。目が焼き付いて痛いから。
手を振って彼の背中が消えてしまうまで見送っていると、藤の香りがした。これは胡蝶様の香り。あの方の香りは強いから移り香だと思う。そんな方はたった一人だけ。振り返るとそこには治療を受け終えた冨岡義勇がいた。
とても読めないその綺麗な澄まし顔に、視線を落とす。見ていたいけれど、見ていたくない。

「断ってくれないか」

短い言葉にどんな意味が含まれていたのか、その言葉を聞き弾かれるように彼の目をみた。
けれど、続きの言葉に私は心を切り刻まれる。

「無駄な時間などない」
『………もぅ、しわけございません。軽率な快諾をいたしました。以後気をつけます』

両手を握りしめ、頭を深々と下げた。死ぬしか能のない人間が周囲を徘徊するなど目障り極まりないということを知っていた筈なのに。苦言を言われるのは当たり前のことだった。

『失礼させて頂きます。お大事になさってください』

頭を下げたまま私は、傍を通り過ぎるように足早に立ち去ろうとして角を曲がった時後輩に腕を掴まれた。突然の事で驚くが後輩に抱き着かれ「見ててください!」と角から冨岡様と胡蝶様が対峙していた。

「冨岡さん。一度通りすがりの暗殺者に刺されて来てくれませんか?」
「何故、通りすがりの暗殺者に刺されなければならない」
「あのような言葉足らずな物言いでは、勘違いをされますよ」
「勘違い?何を勘違いする必要がある。胡蝶が素直に自分の気持ちを伝えろと言ったことを実践しただけだ」
「今から塩を塗り込んで差し上げますので、耳から吐血してでも聞いてくださいね」
「耳からは吐血しないだろ」
「お前のような人間が隊士の時間を奪うことは許されない。時間が空いているからと言って承諾するなど浅ましい女だな。と言っているように聞こえました」
「………」
「最低ですね、冨岡さん」
「さ…さいていだな」
「ええ、あなたは最低です。一層の事あの子の前に金輪際現れないでください」
「むりだ」
「何がです」
「俺が好きだから」
「ではもう一度声に出して言っていただけますか?」
「好きだ」
「誰が?」
「俺が」
「誰を?」
「名前を」
「ではもう一度ちゃんと言ってください」
「??俺は名前が好きだ」
「だ。そうですよ、苗字さん」
「え」