告白する相手間違えた



先生って生徒からすると憧れの存在で、すぐに恋に落ちてしまう気がする。
まさか自分が少女漫画みたいに先生を好きになってしまうなんて、夢にも思わなかった。身の丈に合った恋をしろよ、私。何で先生なんだ。絶対に気持ち答えてくれないべ。歳が近いのがイケないと思う。それだけでなんか、許された気がするんだけど気のせいかな?
でも結構玉砕しているって聞くから絶対に在学中に告白なんて出来ない。かといって一発逆転できるほどの勝算はない。となると、やっぱり小さな告白をするしかない。ケージ一杯にしたら実るとかそんな乙女ゲーム仕様な甘い考えはしてないけど。意識してもらうにはまず自分の気持ちを明確にするべきだと思う。相手にちゃんとわかってもらえるように……ラブレターなんて如何にもだから煉獄先生の教科担当ノートの提出の時に見てもらえるように、こっそり隅に書こう。

「……決意した割には堅実ですね」
『ぐッ……やめて。わかってる。小心者の心臓を抱えている自分なのはわかっているんだ』
「解っているのに保険を掛けるなんて、敗北宣言ですか?」
『だからやめてって言ったのに!』
「冷静に分析出来ている故に傷口も大きいですね」
『なんでしのぶちゃんは私に対して風当たり強いのかな』
「隣の芝生は青いですから……。安心してください。アフターケアーを忘れませんから」
『ありがと』

しのぶちゃんに頭を撫でられながら余分に多めな気持ちの籠ったノートは回収された。
両手を合わせて額に押し付ける。まるで祈りをささげるみたいに。大袈裟かもしれないけど、断れると解っていても、やっぱり成就してほしいと願わない訳がない。

「おい。ノート出せ」
『さっき出したけど?』
「はあ?さっきのは保健体育のだろうが。今回収してんのは日本史だ。いつまで浮かれてやがんだお前は」
「不死川さん。八つ当たりは感心しませんね」
「お前がいうな胡蝶」
『……ああああああ!!!!』

引き出しから出て来たノートは保健体育で、私がさっき渡したのは日本史のノートであることに気がつくまでコンマ0.5秒。雄たけびを上げながら保健体育のノートを携え教室を出て行き、廊下を風のように走り抜けた。
やばい――――!!!間違えて日本史ノートを提出してしまった。保健体育って言ったら義勇じゃん!幼馴染だからって恋の共有までしたくないんですけどぉ!!
目と鼻の先に職員室を捉え更に加速度を上げた瞬間、手前にある社会科準備室の扉が開閉され思い切りドアに顔面から激突した。

『ッッ!!?』

鼻を抑えその場に蹲る私の目には涙が溜まる。あまりの激痛に声が出ない上に、鼻の骨折れたなと思うくらい痛い。鼻血出てないかな、と手を退けて確認する。手には血が付着していないから出てない、セーフ。乙女が鼻血だなんて最悪すぎでしょ。

「鼻血か」
『でとらんわ』

耳に慣れ親しんだ声が届いて思わず、いつも通りの口調で応対した。社会科準備室から出てきたのは冨岡義勇。体育の教師なのにどっから出てきてんのよ、しかもめっちゃいいタイミングじゃないか。と心の中で散々悪態ついてやった。

「保健室連れてってやれよ冨岡」
「ああ。悪いがあとは任せた」
「おう」

美術の先生の宇随先生が義勇の後ろから出てくる。いや、アンタもそこじゃねえだろ。
肩を抱かれ立たされると義勇に支えられながら保健室へと向かった。
保健室の扉の前には「先生不在」の看板が下げられていたが、保健室の鍵は開いていた。少し席を外しているだけのようだ。中へ入り、消毒液の香りで充満する保健室内の椅子に座らせられる。手をゆっくりと退けるよう引かれ、状態を確認される。血は出ていないため、義勇は冷蔵庫へ行き保冷剤を取り出し、タオルで巻いて手渡された。

「廊下を走るな」
『ド正論すぎてなんも言えんわ』
「何を慌てていた」
『ノートを間違えて出したから』
「……そうか。確かに内容が日本史だったな」
『そうなんだよ……ん?』

それってアンタ中身見たの?っという疑問に到達し顔を上げると義勇は白いカーテンが揺れる窓を見ていた。耳が少し赤いのが視界に入る。腕を組んだまま、髪が靡く。ほんとっ素材はいいよね、義勇。結婚してもいいのに、なんでしないのかな。幼馴染といっても義勇と私は歳が離れている。しかも学校では先生と生徒。昔のように気軽に『ぎゆちゃん』なんて呼べるわけもない。でも。私からしたら小さくたって、大きくたって、子どもだろうが、大人だろうが、義勇は義勇だから。線引きなんてない。まあ、流石に25歳に大人の男に向かって『ぎゆちゃん』呼びは呼ばれる側が可哀想なので辞めただけなんだけど。

『あ、えっと……冨岡センセイ。私のノート見たんですか?』
「………」
『ちょっと何その気持ち悪い顔』
「気軽に呼べばいい」
『学校なんだから呼べないでしょ』
「ここには俺たちしかいない」
『な、なんでそんな呼び方に拘ってんの。別にどんな呼び方をしてもいいでしょ』
「お前にだけは呼ばれたくない」
『え?なんで。あ、いや、いい。それはいい。その前に私の質問に答えなさい!ノートみたの?』
「火急か」
『あ、うん、まあその……深い意味はないから気にしないで。本当に』

義勇に知られてしまった私の好きな人の存在を。今すぐこの場から跡形もなく消え去りたい。その気持ちが溢れるばかりだが、物的証拠を回収しなければ。そのためにここまで来たのだから、恥を捨てて。

「名前」
『うわっ!びっくりした。なんでしゃがんでんの』
「目線は合わせるべきだろ」
『えっ、ん?』

急に視界に義勇の顔が映ったから驚いてのけぞると両手を包まれる。なんか小首をかしげて可愛いんだけど。どうしたの。こちらも一緒になって首を傾げると。義勇は柔らかい表情のまま微笑みを浮かべていた。よくみる顔だ。昔から義勇はよく笑っている方だと思うのに、なんでみんな無表情とか愛想ないとかいうのかなって不思議だったんだよ。微笑みはこんなに無邪気で一発でどんな女も落ちそうだ。私も割と好き。つられてこちらも返してしまうから。

「ありがとう」
『ん?』
「今までよりも、これから先も、お前の傍にいられること嬉しく思う」
『だからありがとうなの?そんなのお礼言うものじゃないでしょ』
「俺の望みだった。お前に叶えて貰ったから余計だ」
『なんじゃそりゃ。義勇は無欲だね。私の傍にそんな価値ないのに』
「お前だけだ」
『……そ、そういうのはもっと違う時に言うべきでしょーが!』 

綺麗な青い瞳に僅かな熱が籠っているのは気のせいだろうか。端整な顔立ちに勘違いしそうな言葉を言われると何だか別の意味に捉えてしまいそう。いや、完璧なる勘違いなんだけど。どう取り繕っても私の頬に熱が宿るのはどうしようもないことで。今頃皮膚さえも赤いだろうなと顔を隠したいのに両手を握られているから出来ない。視線を逸らすことしか出来なくて茹で上がりそうな気持ちのまま時計の秒針の音を聞いていた。

「名前」
『なに』
「好きだ」
『……ぇ』

反射的に顔を上げると義勇と目が合う。するとあの微笑みを浮かべたまま義勇の唇が動く。

「名前が好きだ。これからもよろしく頼む」
『………ッッ』

声にならない叫び声が私の心をのたうち回った。