偶像とファン



はじめて五条さんを見かけたとき。呪霊の原型がなくなるまで愉しそうに分解している姿だった。直感で悟った。ああ、この人とは解りあえない。次元が違う。住む世界が違うのだとよぎり、このような偶然を装って会いに行こうと思うことは辞めた。やっぱり人の噂を頼りに見物しに行こうとか深夜のコンビニ感覚で会いに行っちゃダメだな。
こちらから会いに行かなければ、偶然遭遇するなどあり得ないというのに、何故ここ最近頻繁に私が利用する場所での出現率が上がっているのか、誰かマップ情報の提供を求む。日に日に頻度高くて困るオブ困る。

「ななみん。私は今から透明になるからいないフリして」
「透明になれるならそうするが」

図書室から資料を借りに行ったら図書室の出入り口に現れたので、調度ななみんも図書室に居たので捕まえた。あんたらの紅一点を蔑ろにするな。たすけろい。
視覚の誤作動という感じで透明になれる呪術を所持しているが、相手は呪術なら見抜く相手。これは積んだのでは?

「ななみん。またあとで会おう」

血迷って窓から飛び降りた。内心の焦りが半端ないよ、自分でもそう思う。でも見つかるよりはマシな気がした。足が骨折するくらいなら安いもんだろ。
もうすぐ着地というところで、残像というか、急に現れた人の姿に驚いて「どいて!」と叫ぶが両腕を広げられその腕の中に落ちると、抱えられていた。ん〜とっても嫌な予感しかしないから、目を閉じたままでいたいな。そう思うのに、早く開けないとこれ以上の胃痛が圧し掛かるのでは。どのみち目を開ける事しか選択肢がないのだ。

「なにやってんの名前」
「……五条先輩。ちわです」
「窓から飛び降りるとかお前どんだけだよ。嫌いな奴でもいたの?」
「まあ……そんな感じですかね」
「ああ゛?」
「失言でした。恥ずか死にそうだったので飛び降りてみました」
「へぇーお前ってほんとっ俺のことすきだよね」

あの日。偶然を装ってコンビニ感覚で会いに行ったとき、五条さんと実は言葉を交わした。その際に「アナタノファンデス」と片言日本語的な感じで、誤魔化したせいですかね。対象物から逃げ続ける日々は。別に、ファンでもないし、寧ろ地雷だよ。あんたは。
何故か斜め上からこのように、私は日々をからかわれる。すんません。偶像さん。ファンに勝手に会いに来るのはやめてくださいね。マナーは守ってこそなんですよ。いや、別にファンでもないけど。

「五条先輩。降ろして頂けると助かるのですが、私の心臓が」
「え?じゃあこのまま校内練り歩いてやるよ。光栄だろ?」
「はあ?死刑じゃねえか」
「公開処刑に切り替えてやろうか」
「先輩を独占するのはファンとして心が痛みます。ファンサは一日一回でと約束しましたよね?」
「そっか。じゃあ、明日も会いに来てやるから、逃げるなよ」

地面に足がついてから、耳元で脅された。喉がひゅっとなりながら、敬礼したよ。
あの人は人畜無害な小動物を脅して愉しいだろうか。愉しいだろうな。そういうところあるもんな。良心をトブに捨ててきたような人だもんね。凄い。煮えたぎった湯に私も捨てたいよ。去り行く彼の背中に手を振る。ああ、誰かあいつの頭殴って記憶喪失きめこんでくれねぇかな。

「ななみんただいま」
「無事だったか」
「今日も五条さんに追いかけられたんだって?」
「そうだよ。最悪だよ。何で灰原いないの?あんたは私の傍にいなさい」
「夏油さんに会いに行ってたから」
「ああ、あの前髪が気になる人ね」

灰原の背中からダイブしておぶさる。

「夏油さんから伝言頼まれてたんだった」
「え?なに?私に?やだ。聞きたくないかも」
「急に情緒不安定だな」
「五条さんのことこれからもよろしく頼むって」
「宣戦布告じゃん。夏油さんひどい。寧ろ助けてよ灰原」
「僕はまだ死にたくないかな」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ」
「じゃあななみん」
「あ、宗教関係は断ってる」
「身内から裏切られた」

灰原に体重をかけても彼は余裕で受け止めてくれる。でも助けてはくれないらしい。私の偽ファンとしての人生はまだ続くようです。


◇オマケ


「悟。おかえり。愛しの名前ちゃん会えた?」
「傑。気安く下の名前で呼ぶな」
「独占欲きめぇ。いい加減にしたら?可哀想なんだけど。あの子」
「はあ?どこが?俺に愛されて人生薔薇色だろ」
「若いころから苦労を背負って」
「可哀想な後輩がいたもんだな」