ミッドナイト路地裏でおやすみ



昔は前を見て歩いていた。それが段々アスファルトを眺めて歩くようになった。何でだろう。息が苦しいからかな。都会に来るといつもそうだ。狭苦しくして、息が、出来ない。

「お姉さんひとり?よかったら俺と遊ばない?」
『人と待ち合わせしているので』

早歩きで逃げ出した。いつもならそれで巻けるのに今日は腕を掴まれてしまった。

『放してください』
「いいじゃん。どうせひとりなんでしょ?」

周囲を見渡しても誰も見て見ぬふり、いつもそうだ。何処へ至って他人の不幸を助ける義理は人間にあるわけない。

「ねえ、助けて欲しい?」

顔を上げて声のする方へ向いたら、ツギハギだらけの男性が立っていた。綺麗な顔をしている。ぼんやりとその人を見ていると再度聴かれる。助けて欲しい?って。どんな裏があるのか、悩みながらも頷いたら「いいよ」と言って、次の瞬間。腕を掴んでいた手が解放された。でも爆発したような音がして、顔にベチャっと肉片と血が付着し、周囲から悲鳴が溢れた。先ほどまで見て見ぬふりをしていた人間たちが私を指さす。あの女がやったと。
でも、今はそんなことどうでもいい。振り向けない。ナンパ男がどうなったかなんて、見たくない。目を固く瞑りその場に立ち尽くすと腕を引っ張られ私は駆け出していた。

「うるさいから行こう。君とお話出来ないからさ」

視界の先に揺れる水色を少しだけくすませたような髪を揺らして、温かくも冷たくもない手に導かれるように、只管喧噪する道を走った。
人気のない路地へ曲がり上がる呼吸を吐き出すと顔についた血を拭われる。つつっと顔を見ると彼は小首をかしげて「ん?」と優しそうな顔をする。多分この人がさっきのナンパ男を殺した、んだよね。恐怖で震えながらも、頬に触れる彼の手に目を瞑り息を整えた。

『あ、ありがとうございます。その助けて頂いて』
「殺したのに?」
『あ、その、えっと。でも、助けようとしてくれた、ってことですよね?だと、そのありがとうございますが、正しいんじゃないかなって、えっと。ごめんなさい。まだちょっと頭の中混乱しているみたいで』
「そこでお礼言われるとは思わなかった。君って不思議だね」

肩を震わせて笑う彼は、なんというか無邪気で。柔らかく感じた。この人が人を殺したのか。噛み砕くように、自分に言い聞かせるように、何度も自分の中でつぶやいた。でも頬を滑り、肩を抱き、腕に導かれ、抱きしめられると混乱してしまう。

「うん。悪くないかも。人間の女の子を飼っても。君は今日から俺のね」
『え?あ、あのそれってどういう』
「細かいことはいいよ。それよりほら、行こう。俺の手を取れば俺はずっと君の事を護ってあげる。殺さずにずっと大切にしてあげるよ」

抱きしめられたと思ったらすぐに身体が離れ、今度は手を差し出される。選択肢を与えられていると思うけど、でもどうしてだろう。手を取るしか選択肢がないと思うのは。
手と顔を交互に見ながら、恐る恐るとその手に指先を載せるとぐっと手を掴まれ、身体が引っ張られる。腰に腕を回されまるでダンスでも踊るような態勢になる。

「よかった。手を取ってくれなかったら殺すしかないからさ」

心臓が凍てつく。この人の手を取るしかなかったと言っても、取ったのは自分だ。何で手を取ったんだろう。わからない。でもあの場にいた人間よりも、助けてくれたこの人の方がいいと思ったのは事実だ。助け方は、その、物騒ではあったけど。
いつか私を殺すのだろうか。飽きたら、殺すんだろうな。私はきっとつまらないから、明日は殺されるかもしれない。それでも何で、私は彼の手を取ったのか、自分でもよくわからない。目と目が合い、逸らすと額をコツンっとぶつけられ強制的に重なる。

「どうしたの?」
『あ、いや、その』
「下見て面白い?まあ上見たって面白いかどうかわかんないけど。どうせなら俺をみてよ。多分つまらなくはないと思うよ」

ゆっくりと目を向けると、柔らかい目元と出逢う。喉を鳴らす猫のように彼は震わせた。

「ああ、俺。君の目が好きかも。真っすぐでキレイだね」
『あ、えっと、ありがとうございます……私は、その、あなたの、声が、すきです』
「え?どうして?」
『や、優しいのに、どこか、つめたくて、でも本当は、きっともっと純粋なまでの残酷さが伝わるから』
「残酷か」
『あ、えっとそのごめんなさい。素直って言いたかっただけなんです』
「いいよ。どっちでも。多分、どっちもあってるよ。だからもっと俺だけをみてね。あ、そう言えば名前は?」
『あ、えっと名前です』
「そっか。名前ね。憶えた。名前、俺の手を離したら殺しちゃうから離さないでね」

離さなくても殺すんだろうな。そう答えはわかっているのに、私は強く彼の手を握った。
そうしたら彼は満足そうな顔をして、私を暗い、暗い方へと誘って私たちは闇の中へと落ちて行った。


moss様からtitle拝借しました。