薄紅ノ開花宣言


藤丸立香の双子の弟と契約しているサーヴァント、斎藤一は両者が契約する従属たちを見渡しながら廊下を進む。ふと、視界の端に映った特に珍しくもない髪色を保有する者を見つけると近づいては立ち止まり、傍にあった壁に寄りかかり腕を組んでその眸に映した。一定の距離があるため、相手は気がついていない。互いに似たような白衣を着用して話をしている。その真剣な横顔に口元を緩ませた。

タブレットを手に唇が忙しなく動き、相手の男が一歩近づき画面をつつく。その指の先を辿りながら顎に指を置き唸る彼女。そんな彼女を相手の男は見下ろしながら仄かに薄桃色を肌に彩る。彼女は気づかずに顔を上げ男に対して何かを告げると慌てた様子で他所を向きながらも会話は続き、目を丸くさせながら彼女は男の言った言葉に顔を破顔させた。その表情に心臓が一鳴きするのを感じる。そろりと相手の男へ視線を移すとどうやら相手も同じタイミングで同じような反応を示したようだ。吐き捨てるように息を吐き、頭を振って髪をかきながら壁から身体を放し、やはり足先を目的対象へと向けた。固いコンクリートの床は革靴の音をとても響かせる。カツン、と音が止むと彼女よりも男の方が先に気がつき、息を呑むような顔をして表情を固まらせる。威嚇しようと思っていた訳じゃないと斎藤は思うが、それでも感情が先走りしているのかもしれないと冷静に分析しながらも、辞めることはしなかった。


「あのさ、彼女を借りていい?」
「あ……は、はい。じゃあ俺は戻るよ」
『うん。付き合ってくれてありがとう』
「そんなことお礼を言われるような事じゃないから。また俺で良ければ聞いて」


爽やかな発言に斎藤の上っ面に亀裂が生じそうになる。昔からあの手の男は苦手のようだ。
なまえの姿を映すと彼女は何も気がついていない様子で、斎藤へと向き直った。その純粋なまでの清き姿に、斎藤はぷはっ、と笑いそうになり。それを抑えつつ胡散臭そうな顔を見せてしまう。その顔を見て、なまえは目を細め疑う眼差しを向けた。咳ばらいを軽くして「ごめんごめん」と訂正するように言葉を繋げた。


「馬鹿にしてないから。そんな顔しないで」
『いいえ。別に。気にしてません』
「ふっ、いや、ごめんって。あんまりにもあんたが可愛い反応するからさ。揶揄ってないから。そんな事思わないよ」


穏やかな声で、柔らかな表情で告げられて普通の女ならきっと頬を紅潮させるんだろうが、なまえは小首を傾げ、心底理解できていない様子だった。それは彼女の育ちが原因でもあるが、彼女自身にも問題があるワケで……斎藤は別に気分を害することもなく。寧ろそんな反応を示す相手に新鮮な気持ちを抱きつつ、自身が解釈する彼女であることを嬉しく思っているようだった。


『それで何か用件でもあるのですか?』
「ん?まあいろいろとあるよ。僕とお茶するとか、食堂行くとか。エスコートさせてとか」
『え……いや。それ用件じゃないじゃないですか。職務中なんで無理ですけど』
「え?サーヴァントの状態メンテナンスも仕事の一環でしょ。ほらじゃあ行こうか。まさか僕を袖にしないよね?」
『しょ、けんらんようだ』
「なにそれどこの言葉?」


日本語ですよ、と抗議を告げるなまえの手を引きながら斎藤は、口元を寛げる。渋々と歩き出す彼女の姿を見下ろしながら溶けてしまいそうな眼差しを贈る斎藤。弱弱しく掴まれる手は小さく、脆弱で、柔らかくて、愛おしい気持ちが溢れるようで。斎藤は残念に思う。

ああ、何故目の前の彼女が主人ではないのだろうか――――と、

その一点だけがどうにも尾を引く程に残念で仕方がない。裏切りも、見限りも、心を痛める方ではないが、内と外では出来る範囲が限られる。関われることも制限がある。自身の立場から逸脱するようなことが出来ない。自由がない代わりに、心情の自由があり、だがそれもまた行動範囲が限定されている。何処へいくのもこの見えない首輪が邪魔をして、阻み、手を伸ばして届くというのに、それは一生掴めず、離す事しか出来ない。ああ、ままならない。

食堂につき、緑茶と甘味が用意されテーブルを挟む距離が今のふたりの越えられない壁のように思えた斎藤は。陰りのある表情をした。
緑茶を手に、軽く嚥下するなまえは飄々としている斎藤のそんな珍しい表情に息を吐きだした。


『何か心配ごとでも?』
「え、」
『力になれるかはわかりませんが、もしも吐き出すことで晴れるのなら壁になりますよ』


瞬きをしながら自身の目の前にいる女性の姿を眩しく思った。余計なことさえも語っては虚偽も真実も混濁させてしまう、自身の口内が乾いていくのを実感しては長めの溜息を吐き出して机に顔を突っ伏した斎藤。


「ああ〜〜もう、アレだね。カッコ悪い。僕はね、別に格好つける生き物ではないからいいんだけどね。でもさ、ちょっと、今は、それじゃ問屋が卸さないってか、んーー駄目だわ。僕の負け。全面降伏」


顔をあげたと思えば斎藤は両手を上げて降参のポーズをとった。言葉の脈絡に理解できずに置いて行かれるなまえは、ぐるぐると思考を回転させる。真面目に考える伏せた彼女の睫毛に春の香りを連想させた。


「なまえちゃん」
『はい?』


顔を上げたなまえの頬に、身を乗り出し隔たりがあった壁を壊すように、くちづけた。


「ああ、やっぱり桜の匂いがしたね」
『……っ、はぁ?!あ、え、なっ!』


くちづけられた頬を手で覆い、感情が露になったなまえの桜色に染まる皮膚に笑みを浮かべる斎藤は。何処にでもいる成人男性のようだった。


「一ちゃんさ、桜が好きなんだよね」


テーブルの上に肘をつき、掌に顎を乗せ斎藤一はそう譬えた。薄紅の花弁が舞い散るかのような中で。



FGOの夢小説なんて書けるわけないと思ってたのに書けてしまった。こういう男が好きなんですよ。もうぐいぐい来てくれ頼むから。