ワッフルvsフレンチトースト


学校から帰る途中で承太郎さんに遭遇した。仗助くんのことを聴かれて「億泰くんと一緒に帰りましたよ」と伝えると「そうか」と一言だけで済ませ、別れも告げずに同じ方向へ並んで歩き出した。まあ、普通はここで「気をつけて帰れよ」と言われるだろう。それがセオリーというものだ。だが、承太郎さんは無言で私と同じ方向へ足先を向けて歩き出すのだ。どういう面持ちなのか測りかねない。


『仗助くんが大人しく家に帰るのはないと思いますけど』
「そうだな。あいつの性格からして」


そこまで解っているのに何故私と同じ方向に向かっているのか、しかも隣に並んで。断然体格のいい巨躯をお持ちの承太郎さんが歩幅を合わせて歩くなんて、いや、別に変な事を考えているとかそんなことは私も心配している訳じゃない。ただ承太郎さんが私と関りを持っても意味がないというか、得をしないというか、そういう方面を探っているだけなんだ。
甘い香りがしてそちらへ視線を向けると、テラス席でパンケーキのプレートがテーブルの上に展開されていた。フルーツや生クリームの上から鮮やかな赤いソースが掛けられている。その完成された芸術品に対して瞬きする回数が増える。美味しそう……ふわふわのパンケーキに苺のソースに、色とりどりのフルーツ。しかもあそこの生クリームは甘さ控えめで上品なんだよね。評判が高いことで有名である。学校帰りの時刻は少し小腹が空いてしまう。羨ましそうに眺めながらも足取りを止めずに進めた。
そうこうしているうちに、自分の家の前まで到着していた。仗助くんの家は私の家の近くにあるから仗助くんの家を見たが、まだ電気はついておらず誰も帰宅していないことは知れた。


『まだ帰っていませんね』


そう告げると承太郎さんは「だろうな」と返した。ん?と疑問に思って承太郎さんの方へ身体を向けると承太郎さんは既に背を向けて、来た道を戻っていた。その背に首を傾げながら、辿り着きそうなあり得ないその答えに悩んでいると、承太郎さんが声を残した。


「今度からは仗助に送って貰え」


風が髪を攫って頬を滑り落ちていく。スカートがふわりと浮かび上がりながら私は鼓動を少しだけ高鳴らせた。表情筋は全く反応しないが、それでも流石にあの言葉はカッコイイと思った。何処かで砂利を踏む音がして、地面に何かが落ちた音が聞こえたが、人通りが少なくはない住宅街だったため気にも留めなかった。
男前すぎるでしょ。ひとりで帰宅しているのが危ないからって無言で送ってくれたなんてちょっと同じ年齢の男子には絶対に無理な行動なんだけど。これだから年上は最高なんだ。私が年上好きなのはそういう所にあるんだ。というか紳士的な行動すぎてアカン。ポイント高い。
玄関の前でぼんやりと立っている私の背後から仗助くんが帰ってきたのか。


「なまえじゃねえか。どうしたんだよこんなところで」


暢気にそんな声をかけられた。振り返り、仗助くんの顔を見上げる。同じ血が流れていると言われれば外見だけを見れば、その通りではあるんだけど。中身は全く違うんだよね。まあ別にそれがどうした、こうしたというワケではないんだけど。


『私より先に教室を出たのに遅かったね。明日は小テストがあるのに』
「ちょっと寄り道してただけだよ。帰ってから勉強すっし。お前こそどうしたんだよ。玄関前でぼんやりしてよ」
『ちょっと少女漫画の主人公気分を味わっていただけ。じゃあ勉強頑張ってね』
「はあ?どういうことだよ?」


しつこく尋ねられたが玄関の扉をさっさと閉めればそれ以上の言及はなかった。







小テストの点数が結構よかったので、大満足である。あのパンケーキの店に寄って祝おうと思ったのだが、何故か承太郎さんと遭遇してそのままタクシーで連れ込まれ、一体何処へ行くのかと思えば杜王グランドホテルへ向かい。え?なんで?と首を傾げながら車から降りてレストランへ入るや否や見晴らしの良い席に案内され、席に着くなり承太郎さんが向かい側に座り何かを注文していた。恭しく上品に下がるウエイターの背中を見送りながら、無言。いや、まあそんな親しく話す間柄ではないから、と思っていると整った唇から音が発せられた。


「君は甘いものは好きか?」
『え?あ、はい。好きですけど』
「ここのホテルはワッフルが有名だということは?」
『何度か雑誌の特集に載っていたので知ってますけど……。でも予約しないと食べられないってプレミアなんですよね。一度は食べてみたいと思っていましたけど』


え、何の質問?何の時間なのコレ。混乱する頭を抱えたまま承太郎さんを見つめているとウエイターが品のよい言葉遣いで私の隣に立つなり、一つの皿を目の前に置かれた。
ワッフルと生クリーム、フルーツが色鮮やかに盛られていて、アイスクリームまで付いているワンプレートに、香りのいい紅茶が注がれて、ぎょっとしたのも束の間。私の眸にはもう目の雨の宝石に食いついていた。


『こっこれは……!まさか……!』
「好きなんだろ?食いな。いつも仗助が世話になってるからなその礼も兼ねてだ。遠慮すんな」
『で、出来た人ですね。承太郎さん。ありがとうございます。でも別にそこまで気を遣わなくてもいいのに、とは思います』
「まあそんなものは建前で。俺がなまえと過ごしたかった、と言ったらどうする?」


遠慮なくワッフルを切り、生クリームとフルーツを乗せて口内へ入れた直後に、言われた言葉に咀嚼する歯が止まった。暫く停止した後に数回歯を動かして喉へ送る。


『承太郎さんでもそんなリップサービスを口にするんですね。驚きました』
「ああ、お前のその顔は驚いているのか。反応が読めねえってのは案外難しいモンがあるな」


やっぱり冗談だったか。表情筋死んでるからよかった。じゃなきゃ心臓がバクバクいってるから赤面してたよ。もうこの苺みたいな真っ赤だったよ。何だか背後でガシャンっと陶器が重なる音がした。何人かお客が居たから気にせず食べ進めていると、承太郎さんは何だか愉快そうに表情を緩めていた。大人だから清廉としているんだけど、今日はいつになく柔らかい雰囲気な気がして、少しだけ見惚れていた。ガタン、と椅子が引かれる音が盛大に鳴り響き、大股で絨毯を踏む音が届く。随分と騒音を奏でる足音だな。とアイスクリームを掬いパクリ、と口に入れてひんやりと冷たく甘いバニラの甘さと香りにうつつを抜かしていたら、ドンっと私の右側に手をつきテーブルを叩いた男の手に視線が落ちる。
覆いかぶさるような影が出来、そろりとスプーンを加えたまま首を持ち上げて眸にその人物の姿を映せば、瞬きを数度した。


『ろぉふゃんへんへん』
「口に入れたまま喋るなよなまえ。品性を疑うぜ」


皮肉交じりな口調と顔つきで、遠慮なく人の隣に椅子を引き寄せて座る。岸辺露伴。スプーンを口から外し、首を傾げた。


『何で露伴先生がこんなところに?取材ですか?』
「ああ。ここの内装は雰囲気がいいからな。スケッチしながら休憩を取っていた所だ。それより君こそ承太郎さんと一緒とは珍しい組み合わせだな」
『ああ、それは、』


私が説明する言葉を遮り、承太郎さんが珈琲カップに指を引っかけながら口をついた。


「俺が誘ったんだ。ここのワッフルが食べたいと言っていたからな」
「へぇ、そうですか。知らなかったな。なまえ。君は甘いものが好きだよな?今度新作としてフレンチトーストを出すそうだ。奢ってやるから行かないか?」
『……フレンチトーストは魅力的ですけど何の裏があるんですか?怖いです』
「この岸辺露伴の誘いを断ると言うのか君。身の程知らずが」
『いや、別に。奢ってもらえるなら嬉しいですけど。露伴先生が何の見返りもなく施しを与えてくださることに恐怖を感じるというか…、正直。対価が怖いんですよ』
「対価だ?君のような小娘から貰わなければならない程困っていないが?ちょっと自意識過剰すぎやしないか?」
『じゃあ断りますね。おつかれしった』


気にせずワッフルを食べ進め、綺麗に平らげた皿にナイフとフォーク、スプーンを置いて口元をナプキンで拭く。紅茶に手を伸ばし口に含んでは喉を鳴らす。露伴先生は何故か出逢う度に絡んでくるんだよね。何だろうか。自信過剰というか、大人になりきれない子供というかそこが面白いから会話をするんだけど。本当に今日はどうしたんだい?と疑問を投げかけるように横目で視線を送るが露伴先生は、腕を組み不貞腐れたみたいな態度で他所を向いていた。目の前の承太郎さんは「やれやれだぜ」と漏らしていた。


「じゃあ俺はこれから予定があるんでな。今日の所はアンタに任せても差し支えないよな」
「……ええ。僕が送り届けます」
「またななまえ。気をつけて帰れよ」


承太郎さんは椅子から立ち上がり私の左側へ来るなり肩をトンっと叩かれて颯爽と去っていった。後ろ姿を見つめながらやっぱりカッコイイなと見送っていると隣の椅子が引かれ鞄を持たれる。


「用は済んだだろ。帰るぞ」


そのまま先に行ってしまうので露伴先生の後を慌てて追いかけた。車で来ていたようだ。私の鞄を後部座席に乗せ、助手席へ誘導される。大人しく乗り込み、運転席に乗りエンジンをかけ、緩やかに走行を始めた。静かな車内で流れゆく景色を見つめながらお礼を述べた。


『ありがとうございます。送ってくださるなんて露伴先生も紳士だったんですね』
「ふん。なりゆきだ。あそこで断るワケにいかないだろ。仕方なくだ。図に乗るな」
『解ってますよ。勘違いする筈もないじゃないですか。余計な言葉を製造する露伴先生には適いませんね』
「無駄に煽る君の口もどうかと思うがね……で」
『で?』
「いつなら空いてるんだ。ご馳走してやるって言ってんだよ。フレンチトースト」
『……ぷっ。露伴先生ってかわいいですね』
「なんだと?この岸辺露伴を可愛いだと?口を慎めよ」


穏やかな顔をしているのに、誘い文句が小学生みたいな大人を可愛いと表現しないで何と言えばいいのかわかる訳がない。今だって苛立っているみたいに眉間に皺が寄っているのに口調だって荒々しいのに、露伴先生の運転は丁寧だった。ある意味素直な人だと思う。笑い声を漏らしてもきっと私の表情筋は1ミリも動くことはないだろう。だけど確かに私は笑ったのだ。


『いつでも空いてますよ』
「言ったな。よし、明日だからな。反故にするなよ」
『はい』



4部から始まったんだ全ては。初見でも岸辺露伴先生一択でした(笑)いざ自分で書いてみると愛が重たい男子しか製造していないんじゃないかと思う。