恋をするには失明すぎる


回護料の徴収先が1件追加されるその日。初日の顔合わせとしてまとめ役で地区の代表であるブローノ・ブチャラティはグイード・ミスタを案内役として連れ立ってその店の付近まで訪れた。治安が良くない地域にしては比較的落ち着いている立地に居を構えるその店は、雰囲気のいい外観を誇っていた。日本食をメインにイタリアの食材を使って創作料理を展開してくれる比較的リーズナブルの値段で提供してくれると観光客以外にも評判がいいと噂されているようだ。ミスタの話によるとその店のオーナーが絶世の美女らしい。


「東洋人なんだぜ」
「へぇ、珍しいな」
「料理も美味いが、なによりルキさんが女神の如く美しすぎるんだよ」
「そうか」


店内へ入るために扉に手をかけベルを鳴らしながら開け放つと、男の顔面を鷲掴み床に叩きつけ馬乗りなっている少女が彼らを出迎えた。片手にはおにぎりが握られていて、それを男の口に叩きつけ無理矢理食べさせていた。その表情は落ち着きすぎている。


『日本ではね、米粒一つでも残せば罰が当たるって言うんだよ。だから、ケチつけるなら筋を通して。あんたが虫を混入させでっち上げた事は知ってるし、証拠もある。どうする?証拠を隠滅するしかないよね?証拠を隠滅するならどんな方法がある?ひとつしかないよね?−――食べなよ。残さず、すべて』


ブチャラティとミスタ、そして周囲の外国人には言語を理解できない母国語で少女は怯え、泣きじゃくる男に鬼気迫る暴言を吐き捨てていた。言っている言葉の意味は理解できずとも少女の鬼気迫る気迫とその気迫に怯え震えあがる男の構図は容易に想像出来た。結局男は全て平らげてから逃げ出した。汚れた手を汚そうに左右に振る少女へ、カウンターから美しい女性が出て来て少女へタオルを渡していた。それを受け取り拭っていると少女と女主人が彼らを見つける。少女が女主人へ耳打ちすると女主人が彼らに近づいた。


「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ございません。パッショーネの構成員の方ですよね?どうぞ奥の席へご案内いたします」
「ルキさん。大丈夫かよ」
「はい。ミスタさんご心配ありがとうございます」
「ところで彼女は?」


ブチャラティが少女を見つめたまま尋ねるとルキは渋るような様子でそれでも答えた。


「私の妹です」
「名前を尋ねてもいいか?」
「……なまえです」
「へぇ〜ルキさんに妹がね〜〜全然似てねえな」
「そうですね。天使に人間が適う訳がないですからね」
「え……?」


ブチャラティは軽く会釈をしてその場から去っていく少女の背を見つめながら「なまえ」とまるで口内に馴染ませるように、少女の名前を繰り返し呟いた。







「そんな出会い方をしてどうして好意に発展するのか意味がわからないのですが」
「ジョルノ。そこは深く追求しちゃ駄目ですよ。盲目とは言いますが、失明ですから」


ブチャラティが語ったなまえに一目惚れした話をジョルノは聴きながら絶句していた。女が男を床に叩きつけている場面を見て「胸が高鳴った」とか言ってる人間を、しかも同士として認めた人物がそんな自虐的な趣味の持ち主なんじゃないかと疑ってしまうような話を恍惚に語り、若干、いや、とても、かなり、退いていた。そんなジョルノの心境を理解できるのかフーゴはジョルノの肩を叩いた。


「まあ、ジャッポーネの女からしたら想像つかないよな。見た目はか弱そうだし、子供なんだか大人なんだか年齢不詳だし。押しに弱そうだし、線はほせぇし、だがあいつを怒らせたら命が幾つあっても足りねえことだけは立証済みだぜ」
「ミスタは何をしたんですか彼女に」
「ああ、彼女を揶揄って逆鱗に触れただけですよ。でも彼女は温厚なのでそこまで気にすることでもありません。ミスタ以外には」
「あいつは俺の黒歴史をあっさり暴露するからよぉ。油断ならねぇんだ」
「馬鹿だからなお前が」


フーゴの言葉にゴングが鳴り響き、ミスタが喚き始めた。そんな彼らを横目にジョルノはまだ語っていたブチャラティへ視線を戻す。


「どうすればいいんだろうか」


全然話の内容を聞いてないので答えようがない。ジョルノは美しく微笑みを浮かべながら「ブチャラティ」と艶のある声を奏でた。


「あなたの強みは声なので、声で落としてくればいいんですよ」
「声、か?」
「ええ。いけます。大半の女性ならばあなたの低い声色を耳傍で聞いていたら落ちます」
「そうか……」


何で弱気なんだ。とジョルノは指を組んで真剣な面持ちでいるブチャラティの初めて見る態度と表情に、段々と面倒くささが増して来ていた。まあ、乗りかかった舟だし、とジョルノは紅茶の入ったカップを引き寄せ軽く口元で傾けた。
というか、真昼間からギャングの幹部入りを果たした男の恋の相談を乗っているのか誰もが思考をそこに到達させずに停止させていたことは言うまでもない。


「じゃあ他の女を侍らせて嫉妬からの自覚作戦とかは?」
「イイアイディアですねミスタ」
「忘れたんですかミスタ。観光客の女性に道を尋ねられて親切に教えていたブチャラティを見かけた彼女がどんな行動に出たのか」
「……ああ!確かその女を宛がおうとしたな。本人いる目の前で」
「そうですよ。あれは流石に僕でも泣きます」
「俺も枕を濡らすね」
「それは僕も号泣しますね」


三人は口を閉じてから実際に被害にあった人物へ視線を一斉に向けたら、力なく微笑を浮かべていた。しかし座り方は至って美しいままである。


「あの時の彼女は普段俺にさえ見せないような可愛らしい表情だったが、内容は他の女を薦める言葉だったから……その、なんだ。表情を目に焼き付ければいいのか、内容を遮断すればいいのか迷ったな」
「迷ってないですよブチャラティ」
「自分の欲望に忠実じゃないですか」
「それでこそブチャラティだわ」


励ましになっているのか、とりあえず称賛の声だけは絶えなかった。







ブチャラティとジョルノは街の見回りを兼ねて回収しきれていない回護料を受け取りに街道を歩いていた。道行く住人から上がる声は穏やかな声で、どれも、これもブチャラティを慕っている言葉ばかりの称賛である。そんな男の背を見つめながらジョルノは未だ会ったことのない難攻不落の彼の想い人に、少々の好奇心を持ち始めた。今から向かう先がその彼女がいる店だからだ。ジョルノの艶美な笑みを横目にブチャラティは、ふと視線を下げて足元の連なる煉瓦を眺めた。そんなブチャラティの身体にトンっとぶつかる振動に、彼は腰を落としてしゃがみ込んだ。足元に意図的にぶつかったのは小さな女の子だった。
幼女の手に握られていたのは蕾の白い薔薇で、それを差し出しては受け取るようにとせがまれる。後ろから人の良さそうな花屋の亭主が補足の声をかけた。


「孫がどうしてもあなたにあげたいと。受け取ってくれないだろうか?」
「あ、しかし…いいのか?こんな綺麗な花を俺に」
「うん!おじいちゃんのおはなはね、たいせつなひとにおはなをわたしておはながひらくとね、ふたりはおんなじきもちなんだよ」
「それはどういう」
「うちの自慢の花なんだ。栽培方法は企業秘密だが、気になる人へ贈ってください。その人が受け取りこの蕾が大輪を咲かせたらそれは、決して離してはならないということですよ」
「そうか、では頂こう。ありがとうCarina」


花びらが閉じた状態の白薔薇を片手に、笑みを浮かべると女の子は嬉しそうに笑顔を見せて花屋の亭主の下へ駆けだした。会釈をして二人並んで歩き出すとジョルノは「御伽噺みたいですね」と柔らかく言葉を選び。ブチャラティはその言葉に同意した。


「しかし。蕾が開花したら運命の人ということでしょうか?」
「意味合いはそうなんじゃないか」
「僕としては栽培方法の方が気になりますね。蕾ということはまだ開花前ということでしょう?それを意中の人へ手渡し、受け取った瞬間開花なんて、面白そうです」
「金儲けの道具として、か」
「いえ、僕も渡してみたいと思いますよ。それはそうとブチャラティ。あなたは当然その花は彼女へ贈るのでしょう?気持ちがわかりますね」
「ああ……こういった形で知るというのはどうにも気は進まないが。俺のような男が花を持っているというのも不格好だからな。白い薔薇はなまえにこそ相応しいさ」


細める双眸から放たれる慈愛の色に、周囲の女性は胸を高鳴らせる。そんな場面を目視しながらもジョルノは甘ったるい糖分の取りすぎにより胸やけを若干起こしていた。


「ブチャラティ。評判のドルチェを試食する前にその糖度を抑えてください。過大摂取により参ってしまいそうだ」
「なにがだ?」


意味を解っていないブチャラティはどれだけ己が溶けてしまいそうな表情を浮かべているかも分かっていないようだ。ジョルノは「なんでもありませんよ」と若干茶化しながら
目的の店まで目と鼻の先という距離に到達したとき、扉から慌てた様子で飛び出して来た男の背後から頭部に向かって跳び蹴りをかまし、地面に顔面から打ち付け、その頭部の上に乗りながら坂を滑り降りてきた少女。ブチャラティは勢いよく滑ってくるボート状態の男を足で止め、少女を身体で受け止めた。


「なまえ」


ブチャラティの発せられた名前に、ジョルノはブチャラティの腕の中に納まる少女がブチャラティの想い人であることを思い知る。なるほど。男に跳び蹴りしてスケボーにして滑る行動からして話に聞いていた通りの人物であったことを理解する。これで一般人なのが不思議でしょうがないという面持ちでブチャラティが踏みつけている男へ視線を向けていた。


「危ないじゃないか。怪我でもしたらどうするんだ」
『いや、だって食い逃げ犯だし。怪我も、あ、ほら。掌を少し掠っただけだよナイフが』
「……ナイフ、だと?」


ブチャラティの足に力が入り、男の断末魔が響き渡る。ジョルノは彼女が指した傷を確認する。確かに本人が言う通り薄皮を裂いただけのようだ。血も少しだけ滲んでいるが大した怪我ではないが。ブチャラティにとっては男の左腕を貰うレベルのようだ。


『東洋人が経営しているからこういう輩は後を絶たないんだよね。女が経営しているから脅せばイケると思ったんだろうけど、一応。ここもパッショーネの庇護下に入っているからさ、気をつけた方がいいよ。おにいさん』
「なまえ。こいつの代金は色を付けて払わせよう。俺が責任を持って」
『ん?じゃあお願いしようかな。私としては命で償って貰えればいいと思ったけど』


ジョルノは思った。彼女はギャングではないかと。自分よりギャングらしい発言と行動であると思ったが、口にすることは憚れた。いや、まあ、死んでも口にしないけど。とブチャラティの過度な心配する姿を見て誓う。
ブチャラティがスタンドを発動し、男の下にジッパーを出現させ中へ収納させた。あの男は生きて朝日を拝めるだろうかと想像しながら、ジョルノは恭しくなまえの前に出て頭を下げた。


「Piacere。僕はジョルノ・ジョバァーナと言います」


ブチャラティに抱きしめられたままのなまえは、離してとブチャラティの腕をノックするとブチャラティは腕をどけるが傍から離れることはしなかった。ジョルノの自己紹介に母国を連想させなまえは表情を柔らかくした。


『あなた日本人?その文法の使い方は』
「ええ。半分だけですが」


日本語で話かけたなまえ。質問になっていない言葉にジョルノもまた日本語で返した。


『私はなまえ・みょうじ。これからよろしくお願いします』
「こちらこそ。新参者ですが」


握手を交わすとブチャラティの視線が若干細められる。ジョルノは「挨拶ですよ」と付け加えるが「ああ」と納得したように見せかけて気に入らなそうに眉さえ顰め始めていた。
気を逸らすために「花を」と小声でブチャラティに囁き、ブチャラティは咄嗟にジッパーの中へしまった花を空中からジッパーを開けて取り出し、蕾の白薔薇をなまえの前に差し出した。


「なまえ。この花を受け取ってくれないか?」
『え……まさか』
「そうなんだが、そうじゃない。偶然さ。花屋の亭主のお孫さんから頂いたものだ。俺よりも君の方が相応しいだろ?」
『……そういうことなら。お花とお孫さんに罪はないし』


贈り物に含まれる下心と好意に眉を顰めたなまえだが、幼い子を出されてしまえば受け取るしかなかったようだ。ブチャラティからその蕾である白薔薇を受け取るとその蕾が少しだけ膨らみを増して、今にも咲きそうに揺れていた。その変化にジョルノも驚いていたが、ブチャラティも驚いた顔をした。それは段々と嬉しさを惜しみなく全面に溢れさせた。


『ん?どうしたの?』
「いや。ただ改めて君を手放せないと思い直しただけだ」


手を取り、甲へ唇を寄せ幸せそうな笑みを浮かべるブチャラティに、段々と目線を下げ、遂には外したが、なまえは薄っすらと頬を桃色に染めていた。恥ずかしいという気持ちの方が上回る変化だが、それでもそんな事すら愛おしく映るブチャラティの纏う空気にジョルノは空を見上げた。


「今日も気温が高いですね」



馴れ初めを本気で考えたらこうなった。いや、もう、私の中で彼は一体どうなってんだろうね?中の人の声を聴いてると段々暴走するんですけど。愛だけは重いですね。もうきっとそれだけは譲れなかったんだろうと思うことにしました。