僕にとってのご主人様


若い女の子が、男の子が、ただの学生だった子供たちが死に物狂いで戦っている横で「自分には無理」だとはとてもじゃないけど口にすら出来ない。本当は言ってしまいたい。でも言える訳がないと飲み込んだ。私は英雄気質ではない。自分に出来ることを全うする?いやそんな綺麗事さえ口にすることも憚れた。だから、私の起こした軌跡を、ただの偶然を、お願いだから美談にしないで欲しいと心の底から願った。私は何かを成し遂げられる人間じゃない。歴史に名を刻むことさえ出来ない、ちっぽけな存在なのだから。お願いだから平穏に暮らさせて、何にも要らないから。何にも望まないから……私はただの無駄な生命体なだけなんです。


「でも引き受けちゃうのがきみだよね」
『……日本人の悪癖かな。最初にYESと言ってからの否定が適用されない国境なのに』
「まあまあ。今更後悔したって関の山なんだし。大丈夫。いざとなったらこのお兄さんが助けてあげるから」
『そんな事をしたから冠位の資格が失くなってしまったじゃない。だから、もうそんな事しなくていいから』
「……どうしてそんなつまらないことを言うのかなマイロード」


ベッドの上で枕に埋もれていた顔を少しずらすと手を取られその甲に唇が落とされる。柔らかな皮膚が滑り湿りが肌に伝わる。楽しそうに表情が緩いマーリンの顔を見つめながら深く息を吐き出し、上体を起こし、脚を下へ降ろすとマーリンは手を握ったままベットの淵に腰かけて私の隣に座る。


「冠位の称号がない私は不要かい?」
『そんな事ない。絶対に。でもねマーリン。この世にはやっぱり優先順位というものが存在しているんだよ。神は平等に命を救うかもしれない。でもね、人間は救える順位を決めるんだ。それは助かる命を多くでも救うための処置で、だから順位をつければ瀕死の私よりマーリンを助けることを優先するべきなんだよ。だってあなたを失わなければ人類史が救われる可能性は高いでしょ?』


指を一本ずつ確かめるように触れながら、間に絡まってくる。頬にもう片方の指が添えられ耳朶を触れじゃれ合い、付け根を指腹で軽く叩きながら輪郭を確かめるように触れてくる。マーリンの落ち着いた声が音階を震わせ、柔らかく笑みを浮かべるその表情に息を呑む。


「じゃあこれだけは憶えておいてくれないかい?サーヴァントというのはね、救う方法を多く所有している少女より、瀕死のマスターを優先するものなんだよ。優劣なんてそんなものは常識の枠に定められたただの理性の方程式だ」


喉に伝う唾は冷え切っていて、それでも嚥下しなければ窒息しそうになりゴクリ、音をたてた。ああ、目の前の男は人間ではない。それを身体で実感する。だけどそれだけで恐れを抱いたのではない。この存在に首輪をつけたのは誰か。その手綱を握っているのは誰か。その答えの幾つ先にいる人物こそに、私は恐れをなした。ああ、未来が視えたのならこんなものを背負わなかったのに。平凡な人生がいい。他に何も望まないから。後頭部へ回り、押される。肩口に額があたり指が絡まる手が熱を帯びる。花の薫りがする衣に包まれながら理想郷を脳裏が見せた。


「きみが落ち着くまでもう少しこのままでいようか。なまえ」



うちのマーリンはマスターさえ無事ならなんでもいい系な感じです(なんか戦闘中でもそんな感じがするんですよね)。愛が重たい系男子製造中です。