monster×sss

2021.06.23 玩具のトリセツ

その玩具は初めて自分から欲したモノだった。
紮が頑丈な箱にしまっていると勘違いしていた彼女は、逆に紮を一番安全な場所へとしまっていた。彊界家の書物に記された内容からもそれは伝わる。
彼女は幼いながらも紮を守るために自らを構築する全てを斬り捨ててまで、紮の未来を案じたが、紮はそんなものを壊してでも彼女の未来を選択した。だが、それは彼女にとっていい事だったんだろうか。傑も、硝子もそれについて時々考えているようだ。
でも、じゃあ、才は?
身体は紮の妹のものでも、魂や意識、今を生きている才のことは?
窓辺に腰かけ夜空を見上げる。濃紺を彩るのは月白の月だけ。その色を見ると才が思い浮かぶ。誰かの事を思い出す行為は、女では初めてだった。

「今頃寝てるか」









朝から老害たちが代わる代わるに声をかけてくる。内容は才との婚約についてだった。譲ってくれ、という本音を隠した粗捜し。婚約破棄を勧められてくる。

「彊界家を取り込んだ所で何のメリットもありませんよ」
「ただ神という箔だけしか持ち合わせていない、そんな娘を五条家は欲するのですか?」
「我が娘との婚約を破棄してまであの娘を加護する理由はなんですか」

発言している大声の持ち主は、当主になる前に勝手に決められた婚姻関係にあった家だ。確か…どこだっけ?この家だけは才との婚約破棄だけを求めてくる。元婚約者は才と歳が変わらないと聞いている。実際に会ったこともあったが、記憶に残っていない程の薄い印象。五条というブランドしか欲しがらないなら他の御三家を当たってほしい。あんたの娘と才じゃ比べ物にならない。才の方が断然玩具として素質があるからな。

「彊界家と言っても養子。あの娘は非凡な血しか流れていない上に人間ではないのなら庇護するだけで、婚約者などと破格の立場を設けなくともよいでしょう!」

その言葉を聞いた瞬間、近くにあった壁を崩落させるほどの一撃を放っていた。ガラガラと崩れていく鉄筋コンクリートの壁と素材たち。周囲はあれだけ騒然としていたのに、今じゃ静寂を守っている。ああ、そうだな。そのままその止まらない口を閉ざしていろ。

「才は神の血を継ぐもの。発言には気をつけろよ。それから何度言われようが、彼女との婚約は破棄しない。他を当たるんだな。五条の名が欲しいなら私と彼女の子供でも狙ったらどう?」
「!」

気分を害して立ち去っていく奴らの背中に向かって手を振る。ああ、疲れた疲れた。おべっかなんざ何の足しにもならないね。背筋を伸ばして早々と歩き進めた。自分でも気がつかぬうちにその足先は全く迷わずに、才の下へ向かっていた。

「才〜〜愛しの婚約者様が到着したぞ」
『迷惑な前置きですね』

才は大量の本を抱えたまま俺を出迎えた。あの呪霊野郎が居ないか確認するとどうやらまだおつかいから帰って来ていないようだ。あの鶴野郎。俺が室内に入るだけで牽制してきやがる。はっきり言って迷惑この上ない。
本棚に収納するために一度机の上に置き、本をしまっていく才の背中を見つめながら壁に寄りかかる。才が手にする本は彊界家にあった書物だ。あいつに頼んで掘り返し、保管しているようだ。

「行方を捜してるのか」
『まあ。見つかるとは思えませんが一応』
「ふぅーん」

本棚に整理が済むと振り返り、目が合う。美しい容姿をしたまるで作り物みたいな才の外見を見下ろす。まあ、悪くはないな。

『五条さん。彊界家の復興について少々お話がありまして』
「なに?」
『情報に精通した人。または情報収集が得意な人はいますか?整理したいことがありまして』
「整理?」
『御前たちが自らを売った行方を整理したくて』
「ああ、なるほどね」
『鶴丸や明石だけでは手が足りなくて。それに人の記憶も信憑性がないですから』
「手配してやるよ」
『ありがとうございます』

上っ面の微笑みばかり浮かべていたあの時と比べると無表情に近いこの顔。だけど才が素直に俺に頼ってくるのは、まあ、気分は悪くない。でもその内容は才自身というか間接的に関わっている部分のみで、なんか違うんだよな。もっと、寄りかかってほしいというか、玩具なんだから、不自由のないようにしてあげたいというか。最近は才に対してこんな感情ばかりが浮上する。なんでかな。

「才」

手を伸ばし、華奢な腕を掴むと青藍とした眸に見つめられる。浮かぶ月に目を細めた。

「甘いもの食べに付き合って」
『なん……わかりました』

いま、賄賂だと思ったよね。思考回路が変な方向に回りすぎでしょ。別にいいけど。
手首を掴みながら引っ張ると素直についてくる才の姿に鼻歌交じりに歩き出した。