昔から怪我をするのは日常茶飯事だった。まるでどこかのガキ大将のように膝小僧には必ずバンドエイドが貼ってあった気がする。
最近は怪我をしても気がつかないパターンが多くて、母親に「鈍いんじゃないの」と馬鹿にするように言われた事は記憶に新しい。痛覚が無いわけじゃないけれど、紙で切ったり乾燥すぎていつの間にか血が出て固まっている事ってわたしだけじゃないと思う。
鈍い、のかな…?連中無休でカマイタチに翻弄されている気がするよ。

「あ。血が出とるよ」
『え。本当だ…全然気がつかなかった』
「血が止まっとるなぁ。いつ切ったのかな」
『うーん、わかんない』

自分の席で帰り支度をしていると友達が指摘して、それでやっと切り傷が出来ている事に気がついた。この時期は肌が乾燥しやすくてついでにハンドクリームも付け忘れていたから。多分いつの間にか何かに引っかけて作ってしまった傷の一つだろうと推測する。たいした怪我にも入らないから、そんな軽い認識で充分だった。
マフラーを巻いてほんの少しの時間。友人たちと他愛のないガールズトークに華を咲かせていた。

「白石君ってまめせやね」
「せやよなぁ。白いハンカチとか別で用意してそう」
『それって苗字にかけて?』

そんな風に切り返すと友人二人は、思いのほかよく笑っていた。無理もない。普通の中学生男子は普段からハンカチなるものはきっと常備しているはずない。せめてスポーツタオルか、ポケットティッシュぐらいだろう。
だけど、白石蔵之介という男は中学生男子らしからずの清潔感溢れる男で。タオルの他にちゃんとハンカチを常備している。本当、友人の台詞は笑えたもんじゃない。寧ろ失笑ものだ。
わたしが言うのも可笑しな話だけど。その白石蔵之介は、一応、わたしの彼氏であったりして。

「――みょうじ堪忍な。遅れてしもうた」
「彼氏さんのお出ましやね」
「噂をすればなんとやらだよね」

クスクスと笑い声を堪えながら、白石へと続く道をわざわざ用意してくれる。その道を通りながら、静かにのポーズをして白石の元へ近づいた。

『大丈夫。帰ろう』

出来る限り平静を装いながら白石の腕を取り友人に手を振って、教室を後にした。


※ ※ ※




冬本番の寒さに足元から既に氷のように冷たくなっているのが解る。マフラーに顔を埋めながら微妙な距離を保ちながら、二人して並んで歩いていた。気恥かしい、という単語が浮かぶ前に寒さの方が上回る。
息をするたびに白い靄が空へと浮かぶ。その幻想的な部分にほんの少し見惚れながら、白石へ視線を向ける。
真っ直ぐ前を見つめている彼の横顔をわたしは真っ直ぐ見つめる。この時が少しだけ好きな時間。そんな時間を彼は知らないだろう。だから、視線に気がつくとこちらへ目を合わせてくるのだ。

「ずっと気になってたんやけど……」
『なに?』
「指、切れて血が滲んどる」
『え!?うそ!!』

その指摘に急いで自身の両手を目の前に翳す。10本の指が並ぶ中。利き手の右小指から出血を確認する。
うわ…気がつかなかった。しかも傷増えてるし……。
少しずつ血は固まりつつあるのが見てとれるから、たいした傷口ではないにしろ。こうも切り傷が多いと流石に縁起が悪いように思えて来た。そのまま放置しようかと考えていると前から来る風が止む。目の前に学ランが見えれば、利き手を挙上される。

「血は止まりそうやけど、黴菌入るから応急処置だけはしときいや」
『いや、大丈夫だよ。それにバンドエイド持ってないし』
「ほれ。俺持っとるから付けたるさかい」
『ありがとう』

学ランのポケットから普通に取り出されたバンドエイドに、少々腹が立った。だって。女はわたしで。男は白石で。普通だったら女であるわたしがバンドエイドとか所持して常に携帯する役柄でしょうに。何で白石が常に携帯してんのよ。

『女の子みたい』
「……いきなりなんや。女の子みたいって俺の事?」
『…バンドエイドを装備している人の事を言っただけだよ』
「装備ってなんや。もろに俺の事言っとるやろ」

綺麗に皺も無く空気も入れずに、バンドエイドはピッタリと傷を覆う。小指に貼りついた黄土色のバンドエイドを少々恨めしそうに翳しながら、『ありがと』と素っ気なく二度目の御礼を言う。そんな態度に彼は、瞳を丸くして短い息を吐き出した。
その白い息がちょっと魅力的なのは、今は頭の隅に追いやる。

「みょうじ」
『なんですか』
「チトこっち向き」

誘われる。そんな声色。つい振り向きたくなる。
少しだけ彼の顔を真っ直ぐ見つめようと首を斜め上へと上げながら振り返る。まさにそれを狙っていたかのように。
降りて来た彼の前髪ときめ細やかな白い息。それが肌に触れると、唇に軽く触れ合う感触が次第に心の中を占め始める。
瞳を開けたままの少し失礼な態度のまま。彼はそっと唇だけを離す。閉じられていた瞳が至近距離に感じて、心臓が破裂しそうだ。
そんな事見透かしているのか、多分そんな顔してる。ふと、口元を緩める。

「ほら、みょうじの方が女の子やろ?」

そうやって微笑む彼の表情に、寒さとは別に。頬が熱くなった。そんな事も含めて追い打ちをかけるように距離を再び埋める。
冷たさを持った手同士が繋がると、可笑しそうに「お揃いやね」と利き手である左手を上げる。
包帯を巻かれた彼の左手とバンドエイドを貼ったわたしの右手の小指が、仲睦まじく揺れた。


2011年くらいに書いたものが残っていたので載せておく。白石のことを何だと思っているんだ。当時は絆創膏を持ち歩いていないが現在は装備している……なぜかって?怪我するからや