恋心というものは複雑怪奇で、それは当の本人ですら理解出来てない事もある。

「いつまで膨れてとるんや」
『別に膨れてない』
「あないや現場見てもうたからって落ち込む必要あらへんやん」
『そうだけど…』

関係ないわけがない。違う。ああ、違う。わたしの答えはいつだって視界の端にある。決して中央には映ってくれない。
机の上に突っ伏すふりをして、シャツ越しから彼の姿を見つめる。
男友達とくだらない冗談を言いながら、彼の好きな話題をしているのだろう。生き生きとしたその表情が憎くてたまらない。
わたしはいつだって、舌の上に乗る甘ったるいジャム。決して果肉には叶わない。
静かに瞳を閉じて、風が髪を玩ぶ。頭上から降ってくる友人の話に、曖昧な相づちを繰り返す。



※ ※ ※




「お前なんかあったんか?」
『…別にないけど』

彼の部活を待っていつものように一緒に歩き出す帰宅路。並んだ影が微妙な凹凸を作り出し、互いの気持ちを表しているかのようだった。わたしが終始黙っている事を知っての質問だって事は理解している。心配をどこか含んだその問いかけに心の中は嬉しいと思うけれど、視界の中央はそんなこと思ってはくれない。
歩幅が大きくなり、速度も上昇する。
そんなわたしに首を傾げながら面倒くさそうにそれでも、歩幅を早めて隣に並ぶように追いかけてくる。

「何や。何がおうたんや」
『心辺りがないなら別にいい』
「その引っかかる言い方どないしたん」
『そう聴こえたなら謝る』
「そういう事を言いたいんやのーて。…ホンマ、はっきり言えや。ワカランやろ」

立ち止まり、苛立ちを含んだその声でやっとわたしも立ち止まる。そしてゆっくりと振り返った。
震える指先を折り曲げて、拳を作る。

『廊下で先輩からお菓子貰ってた』
「はあ?それが何か問題でもあるんか」

ただのお菓子だったら問題ないよ。手作りで、しかもその先輩も男子じゃなくて女子だった。そして何よりの極めつけは…その先輩が清純派で一番人気の人だった事。
くだらない。そう、これはとってもくだらない内容で、傍から聞いてしまえば「阿呆」と罵られる。鼻で笑われるのが目に見えている。多分、これが他人の実態だったら、わたしも「子供だな」と言ってしまっていると思う。
けど、どうしても……割り切れない。恋は人を幼くしてしまう。

『問題ない。別に関係ないから』
「だったら初めからそないな態度とるなや」

どうして上手くいかないんだろう。こんな事言いたいんじゃないのに…もっと、ちゃんと不安を拭ってくれるような言葉を聞きたいのに。素直に甘えられない。財前の言葉を聞きたくなくて、止まっていた速度を速めて先に進む。
だけど、足音が聴こえたと思ったら手首を掴まれ無理矢理後ろを振り向かされる。驚いてただ、彼の前髪で隠れてしまった輪郭を見つめる。

「お前の問題ないは、問題ありやろ」
『なっ、に言って…』
「関係ないは気になる」
『だから…!』
「お前の言葉は全部反対語ばっかりや」

熱い…手首が熱い。心を見透かされている。丸解りされてる。頬も熱くなってきた。見られたくないから下を向く。
暫くの沈黙後、名前を呼ばれて上を向かなくちゃならなくなって、思いきって上を向くと彼の前髪が風に攫われる。五輪のピアスが光の反射で個々に輝き、真っ直ぐと見つめられるその瞳から目が離せない。
降りてくる。距離が後1センチというところで、わたしは彼の顔面を掴み押し返した。

『いーやーだ!!』
「……、折角人が持ち込んだ空気を消すなや」
『だって、今の財前とは嫌だ』
「じゃあ、どんな俺やったらいいんや?」
『素直』
「却下」
『じゃあ手を離して』
「……」
『ちょっと!!』
「うっさいわ」

余計に腕を回して来て抱きしめられそうになる寸前で止め、攻防戦を繰り広げている。
お互いに体力だけ消耗してくるだけの、不毛な戦い。くだらないとわかっていても続けるのは、きっと素直じゃないからだ。

『うわっ!!』
「ホンマ、手間のかかるやっちゃな」

遂に、腕を強く引かれてそのまま財前へと倒れ込み。彼の身体でわたしを受け止めるとそのまま抱きしめてくる。
腕を回してわたしの腰辺りで両手を組む。強制的なものではないけれど、それでも身動きは出来ないわけで。

『ムカつく』
「参ったんか?」
『嫌い』
「好き?」
『じゃあ、死ね?』
「その口塞ぐ」

その言葉にわたしは笑う。肩を上下に震わせて小さく喉でクスクスと笑ってしまう。そんなわたしに「黙れや」と悪態つくけれど、そんな彼も笑っている。
頭を胸板から離し上を向けば、やっとかと言わんばかりの熱が溢れた。

「待ちくたびれた。ホンマ素直やないんなまえは面倒なやっちゃな」
『それはそのままお返しするよ』
「生意気なんか強情なんか…疲れるやっちゃな。けど、退屈だけはせえへん」

彼も人の事は言えない。だって、君の退屈しないという意味は、この関係をご満悦に思っている事だから。