わたしにだけ、とっても意地悪な事をする人が居ます。

『小春ちゃん』
「アラ、なまえちゃんどうしたん?」
『これ、前に言ってた石鹸』

紙袋を小春ちゃんに手渡すと中を見て小春ちゃんは喜んでくれて、抱きしめてくる。それを受け止めてわたしも嬉しくて微笑む。
小春ちゃんの感情表現の一つである触れ合いを嫌がる人間は、そういない。だって、それが感情表現だと思ってしまえば拒む理由がないじゃないか。それに、わたしは小春ちゃんが乙女仲間として好きだ。問題はない。

『一個三千もするからお肌ツルツルになるよ』
「通販商品やからしょうがないわよ。でも助かるわ〜お肌の手入れは乙女にとって大切なもんやん」
『うん。特に乾燥時期だから、今とか今とか』
「そうやね。今とか今とか」

小春ちゃんと女の子特有の会話で弾んでいると、背後から一氏くんが飛び出して来た。

「また独り占めしおって!いくらなまえからって赦さん!というか羨ましいわ!!」
「なまえを邪険に扱うなや、一氏!!」
「浮気か―っ死なすど!!」
『二人とも落ち着いて』

彼が来ると仲裁役として入るんだけど、その背後で糸を引く者の正体を見つけると、そちらへ文句を飛ばす。

『白石は何か恨みでもあるの?』
「何を言っとんのや?俺にはさっぱりわからんな」
『とぼけるな!わたしが小春ちゃんと話すといっつも一氏くんが乱入してくるなんてそんなジャストタイミングあってたまるか!!どうせ、発破掛けてるんでしょ』
「ああ。もうすぐ次の時間やでなまえはよう、教室戻るで」
『ちょっと!!わたしはまだ小春ちゃんと話がっ』
「無断欠席はアカンで〜」
『白石!!』

白石がわたしの背中を押すから、小春ちゃんに挨拶も出来ないまま別れてしまう。まだ話したい事沢山あったのに…白石蔵之介。この恨みはブラックノートに書き足してやる。
睨み眼差しで白石へ見つめると、笑顔で返してくる。無駄がない。隙がない。本当に厄介な奴。
白石蔵之介は、テニス部の部長を務めている。そしてわたしは一応、これでもマネージャーをしている。部長とマネージャーだから何かと接点は多くなるけれど、こいつとだけは仲良くなりたくもない。猫が毛を逆立てるように、こちらへ微笑みかけてくる白石に舌を出す。敵視している。わたしは、彼を敵と認識しているのだ。
金色小春ちゃんという男の子なんだけど思考回路が女の子な、小春ちゃんと衝撃的な出会いを得てわたしは気が合うことを知った。その辺にいる女の子より付き合いやすい関係に、わたしは小春ちゃんと乙女仲間。略して女友達となったのは、結構早かった。
もちろん本物の女友達も居るには居るけれど、テニス部を話題にしての愚痴が言えないから正直付き合いにくい。それに比べて小春ちゃんは女々してないし、部活の愚痴を零しても相談に乗ってくれるし、これ以上にないくらいベストパートナー。
これは運命だ。奇跡だ。こんな女の子が欲しかった。簡単に言ってしまうと、今のマイブームは小春ちゃんということ。
異性として好きとかではない。そんな感情はない。女友達。乙女仲間。同盟だよ、同盟。
だというのに…白石蔵之介は、わたしの一時を邪魔する、邪魔する。一体わたしが何をしたというのか。まったく身に覚えがない。だけど、何か恨みがあるとしか思えない程の邪魔しようだ。うん。絶対そうだ。

『小春ちゃん!』
「どないしたんの?」
『これ調理実習で作ったクッキーがあるんだけど。一緒におやつしよう』
「ええよん。ちょっと待っとってな」

部活が終わり小春ちゃんへ声をかけると片づけをしてから戻ってくると約束をしてくれた。だから、テニスコートに一番近いベンチに腰掛けて小春ちゃんの帰りを待っていると、目の前に影が落ちる。首を傾げて上を向くと、いつの間にか隣に白石が座ったのだ。

『ちょっと白石!そこは小春ちゃんが座るんだからあっち行って着替えてきなさいよ』
「別にどこに座ろうがええやないか。それにしても、また小春かいな」
『何、悪い?』
「そこまでゆーとらん」

タオルを頭にかけて流れてくる汗を拭いている白石。何故、隣に座るのかとか。何故、ここに居座るのかとか。色々考えられる所があるのに、わたしはそんな事より立ち去れとしか思っていなかった。
膝の上にラッピングしたクッキーの袋を握りながら、視線を忙しなく動かす。早く。早く。
そんなわたしの態度をタオルの隙間から窺えた白石は、小さな溜息をついた。

「小春の事好きなん?」
『好きだよ』
「異性として?」
『同性として』
「そう、なんや…」

いきなり何の質問しているんだ、この人。と思って白石の方へやっと視線を向けると白石は驚きと同時にどこか安心した表情をしていた。そんな彼の不可解な態度に首を傾げていると。

「それ、調理実習の?」
『そう。クッキー作ったからこれから小春ちゃんとお茶会なの』
「ちょっと見せてーな」
『いいよ』

袋を手渡すとリボンを解き中身を覗く彼を余所にわたしは小春ちゃんについて語り始める。

『小春ちゃんって面白いし話すと楽しいし、今日もお茶会するために頑張って作ったの。クッキーってわたし苦手なんだけど、形結構綺麗でしょ?』
「そうやな。味もうまいで」
『そうでしょ。そうでしょ!ちゃんと味見もしたんだから……ん?――って!白石何食べてんの?!』
「おおー、これジャム入りや」
『食べるな!それ以上食べちゃだめ!ちょっと返して!!』
「めっちゃうまいやん」
『ああ……』

白石の腕を掴み必死に止めようとしても、結局止められなかった。クッキー減少しついには、袋の中は空っぽになった。
口内にクッキーを含みながらご満悦な顔をしている白石に、念の籠った眼差しを向ける。そんなのにも動じずに、笑顔で。

「ごちそうさん。また作ってや」

と云うもんだから、襟首を掴んで上下に揺する。半分涙目になりながら。

『ふっざけるな―――!!!誰が作るか!!』

この後、小春ちゃんが着替え終えて来ると泣きながら小春ちゃんに抱きついた。事情を説明すると「気にする事ないで。それにしても蔵リンも可愛ええことするんやね」とどこか大人びた言葉を綴る小春ちゃんの優しい腕にぎゅっとしがみ付く。
この日は結局皆で寄り道をするこになって、わたしは最後尾で項垂れていた。小春ちゃんは一氏くんと一緒に前を歩いている。
そしてわたしの隣には……。

「どないしたん?」

質問をしてくる男が原因で落ち込んでいるというのに……白石蔵之介……。

『死ね』
「人に向かってそらないわ」
『絶頂野郎、腹痛で死ね』
「色々とツッコミどころ満載な発言やったけど…なあ。シフォンケーキって好きやねんか?」
『シフォンケーキ?好きだけど…それがなに?』

突然の質問に顔を上げて白石を見つめると、微笑みが降り注ぐ。

「ほな。明日まで待っとってや」

そう言って、笑顔で先に進みだす彼の後姿を見つめながら。空を仰いだ。明日は胃薬を持って行った方がいいのだろうか。



※ ※ ※




翌日の昼休み。白石がわたしの席までやってくると隣の椅子を引き寄せて座る。そしてわたしの机の上にはシフォンケーキが乗っていた。

『どうしたの、これ』
「作ったん。昨日の詫びや」
『白石が?難易度の高いシフォンケーキを?』
「ほれ。無駄口はええから、食うてや」

ご丁寧にプラスチックのフォークまで用意されており、仕方なくそれを手にしてシフォンケーキを一口サイズに切りフォークで刺して、口に運ぶ。何回か咀嚼するとフォークは無言で進む。そんなわたしを肩肘立てて見つめてくる白石に、ちょっと睨みながら尋ねる。

『なに』
「うまいんか?」
『おいしい。普通においしいのがまたムカつく』
「ははは。おおきに」

再び口に運ぶ。ほんのりとした甘さが生クリームとの相性を際立たせている。何て完璧なんだ。ムカつく。
シフォンケーキと生クリームを口内に入れ、フォークを口に咥えて咀嚼していると、「あ。忘れておった」と突然言い出す。
何事かと思って『なにが?』と聞き返すと、この男は笑顔で。

「それ、毒入りケーキやねん」

彼の言葉に罵声を浴びせたのはこの5秒後だった。