『ゴホッゴホッ!』
「大丈夫?」

首を横に振り、口元を押さえたタオルを外して空気を軽く吸う。
風邪が一週間も長引いている。咳をするだけで体力が消耗されるというのに、この暑さときたら、拷問か。
止まらない咳に、心が弱って来ていた。机の上で瞼を閉じていると、冷たいなにかが額に触れた。
数秒遅れてゆっくりと瞳を開けると、その手はしっかりとわたしの額にあって。

(冷たい)

数度瞬きをしてからもぞもぞと身体を起した。そうしても、その手はどこかれることはなかった。
顔を見上げると、光が居て。微妙な顔をしていた。

『光…?』
「なまえ先輩。帰りますよ」

もう帰る時間か。時計を見上げると時刻は既に16時を回っていた。
席を立ち上がると、光はわたしのリュックを肩に背負って手を繋いだ。そのまま教室を後にする。
冷たい手が今は心地いい。わたしの熱い手を労わってくれるみたいで、緩やかな時に心を落ち着かせた。幾分か気持ちが楽になってくる。
隣に並んで歩き始めると、光は少しだけ表情を緩ませた。

「夏風邪ってば『それ以上言うな』
「それにしたって長すぎやないですか。明日行けるん?」
『別に熱が出たわけじゃないから行く』
「無茶せえへん方がええんとちゃいます?」
『でも折角…っゴホッゴホッ!…はぁゴホっ』

また、咳が止まらない。片手で口元を押さえて止まない咳を続ける。
一体いつになったら治るんだろう……。
薄ら涙目になっていると、繋いだ手を強く握られた。
触れている箇所から少しずつ落ち着いていくのがわかる。顔を上げて光を見ると、窓辺へ視線を投げているけれど。わたしを気遣って無理に進もうとはしなかった。廊下の端に寄って、わたしの咳が止まるまでずっと待っていてくれた。
そんな些細なことが嬉しくて、自然と笑っていた。

「ほな、なまえ先輩。行きましょうや」
『うん……ありがとう』

再び歩き出すわたし達の歩幅はいつになく、小さかった。繋いだ手はいつになく、強かった。
まだまだ始まったばかりの、初夏の日のこと。