3年ぶりに吐いた。

朝。食欲がなくてたまごスープとたまごかけごはんを一口食べて階段を上った。
トイレに行くと吐き気がして急いで出て、部屋に駆けこむと。あの懐かしい嘔吐感がわたしの中に生まれる。
急いで手を口元に置き、必死に耐えていたけど。それは呆気なく吐きだしてしまった。
部屋を汚す汚物は、広がっていくのに。わたしの吐き気は治まらなかった。
それでも部屋を拭いて、制服に着替えて、電車に乗って、わたしは学校へ行く。
教室に入ると顔色が悪いと友人に言われる。笑って「 吐いた 」と言うと心配された。
この言葉が欲しかったけど、ちょっと違う。
薄らと笑って授業が進む。時間が流れるに連れて瞼が重い。身体が衰弱していっているのが手に取るようにわかる。
それでもわたしは何も口に出来ない。ただ、麦茶を飲むだけ。
お昼休みになって、友人と二人で屋上へ行く。学食の匂いや教室の匂いがわたしの体調を悪化させるのを解って、友人が我儘を聴いてくれた。
ドアを開けると、今日は曇り空で過ごしやすい気候になっていた。日差しもなく、わたしは壁に寄り掛かって。友人が食べているのを観察しながら、麦茶をコクコクと飲む。
食欲が湧かないのもあるけど、また吐いたらどうしようって不安の方が大きかった。
膝を抱えて膝小僧に頬を乗せていると、友人が肩をトントン叩く。顔を上げて彼女が指す方向へ顔を向けると、蔵ノ介が立っていた。
片手にはポカリスエットがあって。
わたしの青ざめた顔を見て、蔵ノ介は小首を傾げて片手の掌を差し出す。

「大丈夫か?」

その一言でわたしはタイルの上に置いた手に力を入れて勢いよく立ち上がり。くらくらするのもお構いなしに蔵ノ介の差し出された手を通り越して、彼の腰に抱きついた。
胸板に頬を寄せて密着すると、蔵ノ介は笑ってわたしを受け入れた。背中に回る手が温かい。

「どないしたんや?」
『ううん…なんでもない』
「そか」

力が入らないのもわかってるけど、それでも精一杯の力で彼に甘えた。

「なまえの好きなポカリ買うて来たんやけど、飲むか?」
『うん…飲む』

そう言ってもわたしが彼から離れることはなく。彼もわたしを離すことはなかった。
後ろで友人と忍足がこそこそと喋って、姿を消す。気を遣わせてしまったことに少しだけ罪悪感があったけど。
今のわたしには彼だけが欲しかった。

「今日は甘えたさんやな」
『うん、蔵ノ介が居るから悪いの』
「俺の所為かいな。…体調大丈夫か?」
『うん、平気だよ。今からは』
「ふ、そうなん?」
『うん、そう』
「…体調悪くなったら俺に連絡して。迎えに行ったるから、一緒に帰ろう」
『うん、……ありがとう』
「次からは遠慮せんと体調悪かったら俺に連絡してや。約束や、なまえ」
『うーん』
「そこは頷けや」

微かに笑うと、蔵ノ介は安心したように背中を撫でてくれた。
手を差し出したあの時「 おいで 」って言われてるみたいだった。