「 なまえは難しいよ排世 」



あの言葉が現実となって降りかかってきたのは僕の右頬にストレートパンチが炸裂したことにより実現した言葉だった。



「なまえちゃんとの出会いは強烈だったね」
『?』
「記憶に留めてよ。僕らにとってはあれが初めましてなんだから」



彼女は首をかしげたままカルテに向かう。
今は彼女の一週間に一回の定期で行われる診療の最中だった。
ボールペンが紙の上を走るその音でさえ彼女の性格を表しているように思える。
とても静かで繊細で……。



『ササ、診療中に居眠りするなら次は腸に風穴開けるよ』
「サラっと物騒なこと言わないで」
『じゃあ次の質問は』
「スルースキルのレベルが日に日に上がっているね。僕は大変傷ついたよ」
『死にそう?』
「嬉しそうに聞かないで。どんだけ僕を殺したいの、なまえちゃん」
『……一刻も早く?』
「そこで可愛く小首を傾げられてもいいよ。なんて言わないからね!可愛いけども!」



彼女は笑いも困った顔すらしない。いや、出来ないという方が正しいのか。全ての感情を彼女自身でコントロールしている所為で彼女は自らを戒める。幸福を排除する。徹底的に……まるで自分が大嫌いみたいだ。

抑揚のない声。彼女を他人は【氷人形(アイス・ドール)】と呼ぶけれど本当の彼女はとても優しい人間だと思う。何故なら彼女は僕を怖がらない、恐れない、嫌悪も憎悪も何も抱かない。ただの排世として対応してくれる。それを優しくないなんて人は言わないと思う。

曲がったシャツの襟を直して椅子から立ち上がると彼女の診療はこれで終了となる。僅か15分の逢瀬はとても短い。



「なまえちゃん」



彼女に近づき、デスクに手をついて彼女の前髪で隠れた額に口づけを送る。



「好きだよ」
『……私は嫌い、佐々木排世』



僕を見つめるその丸く綺麗な藤色の瞳が少しだけ波紋する。動揺しているのがとても可愛い。慣れていない愛の言葉に呼吸を小さく狂わせる彼女をいつ手に入れることが出来るのか今からとても楽しみだ。

指折り数えて君との逢瀬を楽しみにしているよ。


「じゃあお仕事行ってきます」