「なまえ」
『っ!赤也…』

自身の席で読書に勤しんでいると後ろから抱きつかれたのだろう。切原赤也の声が聴こえて来た。
いつもの光景。いつものやり取り。特に気にする事も無く、再び読書の世界へ入りこむ。だというのに、この小学5年生なみの脳味噌の持ち主は邪魔ばかりしてくる。

「なあなあ!」
『なんだ…』
「今日は一緒に帰れるだろ?」
『今日は図書館に寄「そっか!一緒に帰れるか!じゃあ放課後迎えに行くから部活が終わるまでベンチコートに居ろよな」

勝手に決められてしまった今後の予定。それに溜息を零すだけで終わってしまった。
どうせ、断っても無視しても彼はわたしを迎えに来ると言ったら来るのだろう。有言実行。
彼に視線を投げると嬉しそうな顔をしてわたしの髪に頬を磨り寄らせていた。



※ ※ ※




まさに言葉通りホームルームが終わると同時にドアが開きわたしの名前を呼びながら、首に腕を回してがっちり拘束して連れて行かれる。そして、マネージャーでもないのに、普通にベンチコートに座っていた。気がつけば。
毎回こんな感じのペースなため、今では気にせず本を開き、続きを読む。

「今日も御苦労さま」
『幸村先輩』

いつも優しげな雰囲気で物腰の柔らかさが彼の特徴だ。躊躇いも断りも無くわたしの隣に腰掛ける。
目の前では、赤也が先輩相手とラリーをしている。簡単な試合形式を行っているようだ。その姿を見ていたら。

「君は何だかんだと言って、赤也の事を見ているね」
『……そう、なんですかね?』
「うん。もう五回目だ」

そうか。
無意識のうちに赤也の姿を捉える。自分は別に確認のために観ていただけだったのに、そうか。気になるのか……?
少し悩みながら本のページは進まない。

「無意識といのは怖いよね」

柔らかな笑みを零しながら告げられた言葉。確かにと納得してしまう。幸村先輩の背後で本来のマネージャーである先輩の姿と丸井先輩の姿を捉えた。相変わらず矛盾している二人のやり取りを眺める。
ここは、いざこざのオンパレードのようだ。
ひっそりと溜息を零すと、頭上から水滴が降り降りて来た。驚いて、でも予測していたかのように、赤也が頭上にいた。
こちらを見降ろしている。多分試合が終わったのだろう。首にかけられたタオルを見ながらこの展開についていこうと頭はフル回転をする。

「観てた?」
『観てたけど』
「嘘つけ。部長と話してたじゃん」
『それはつい先程だ』
「その前はコイツと対面してたじゃねぇか」

何をそんなに怒っているのだろうか。手に持つ本をつつくように指しながらタオルで流れる汗をせき止める。
仕方なしに本を閉じ彼と向き合う。視線に気がつくと気まずそうに逸らされる。

『6-4で最後はスマッシュで左端のコーナーライン上に決めた』
「………観てた、のか」
『言ったじゃないか。観てた、と』

今度は眼を見開きタオルで顔を隠す。馬鹿だな。本当、馬鹿可愛い奴。
微笑むと、赤也が再びこちらへ視線を向ける。それから少し擽ったそうに笑っていた。



※ ※ ※




「まったくこっちでは青春で。あっちでは愁哀のようだね」
「む?何がだ幸村」
「わからないならそれでいいよ。弦一郎。ロブを上げてくれるかい?」
「別に構わないが…」

少しそわそわとしながら辺りを見渡している彼の視線の先に、目的の人物の姿を捉える事が出来ると。
部長は笑い声を洩らす。

「本当。皆青いね」