「 おかえり 」その扉はもう喋りません。



『兄さん』



控えめのノック音からは想像も出来ない程ふてぶてしい態度で机の上に色とりどりのタッパーを広げて食事の準備をするなまえに有馬貴将はいくつになってもわかぬ子だとただ彼女の準備をする姿を眺めていた。
こんなふうに人を気遣うことが出来るのは世話好きの【あの娘】だったはずだが、まるでその意思を受け継いだのかのように机の上にはあっという間に食事が出来上がっていた。



「バランスがあるね」
『栄養素のバランス普段から悪すぎ。それで死なれたら勘弁だからちゃんと食べて』
「料理作るの好きだった?」
『普通。特別意味がないからしないだけ、でも……』



その言葉の続きはぼんやりと掠れて言った。有馬貴将は無言で箸を伸ばす。どれも色とりどりで食欲がそそる様な出来ばいでまるで昔を思い出す。【あの娘】が小さな食卓を埋めて歪な彼らを“家族”として成り立たせた結びを―――。



「真似事かい?なまえらしくない」
『煩いんだアノ人。だから耳栓の変わり』
「素直じゃない子だね」
『比べられても困る』



淡々と口を開きながら彼女も料理を咀嚼する。まるで家族だと主張するかのように……。



「ハイセの事はまだ殺したい?」



彼女の手が止まる。箸を置き少し考える素振りを見せた。珍しく眉まで寄せて。



『最初から殺したいとは思ってない、が。簡単に死ぬような奴なら死ねばいいと思った。でもササは可笑しい。私を好きだと言う。アイツは馬鹿なの?』
「……そうか」
『それに殺そうとすると心臓が軋む。あの人が止めるだ。心臓なんて渡さなきゃよかったのに、矛盾だよ。その所為で左手が止まる』



いつもより饒舌にまわる舌で佐々木排世について語る妹を兄は少しだけ温かな瞳で見つめていた。

飽きることのない、冷めることのない……淡ない恋心の言葉を紡ぎながら……。


「ハイセ。勝ったら妹をあげよう」
「……え゛」