どこのクラスにもひとりだけ飛びぬけた優秀な生徒がいる。
そしてこれもきっと一般的なテンプレ設定だと思うけど、自尊心がエベレスト級の勘違い人間もいると、齢15歳の中学生風情の私はそう記述した。
授業が終わり休憩時間。僅かな時間しかないけれど、特に誰に声をかけることもなく。私はひっそりと次の授業の準備をしていた。友達がいない訳ではないが、多い訳でもない。ひとりで居たい時は誰にだって存在する。ただ、それだけの話だ。
「なまえさん」
影が差すと同時に苗字を呼ばれて顔を上げた。
そこには緑色の髪に少し縮れた髪質でそばかすの少年、緑谷くんが遠慮がちにノートを差し出してきた。
これはこの前、彼に貸していた代物だ。律儀に手渡しで返してくれるとは、良い人だ。
それを受け取るとどこかほっとした様子。
「ありがとう。凄く助かったよ」
「ううん。ならよかった」
小学校が同じで、中学も一緒。おまけに受ける高校まで一緒なのだ。
これも何かのご縁と言うものなのだろうか? あまり世の少女たちのように夢を見れないのが残念だ部分だ。私は意外にリアリストのよう。
「今度塾で模擬テスト受けるんだけど、良かったらテスト用紙コピーしようか?」
「えっ、いいの?!」
「構わないよ」
感激しているのか、女神様だと拝まれる勢いできらきらとした瞳で見つめられた。
ご冗談を。私はそんな聖人君子とは違いますぜ、旦那。
「あの…なまえさんは、何で助けてくれるの?」
突然の質問にこちらも首を傾げてしまった。何といっても突拍子もない質問だったからだ。いや、きっと語弊が生まれるな。違う。突拍子というか、なんだ。当たり前なことを訊かれたから驚いたのだ。
「頑張ってる奴を応援するのは当たり前だろ」
そう、私は普通にそう思ったから言ったのだ。
昔から素直なほうだと母親に笑われたが、仕方ないだろう。遺伝だ。
だけど、緑谷くんは唇を噛み締めながら何かに耐えていた。あれ、どうした少年。
おろおろとしだす私に彼は「ありがとう」とゆっくりと噛み砕くように言った。
何だろう……とても気恥ずかしく感じてしまい。「あ、いや…」とまるで女子から贈り物を受け取った男子のように後頭部に手を置いて言葉に詰まってしまった。
すると、ダンッ!と大きな物音が近くから聞こえて、休み時間という騒がしい音楽が突如の雑音に一気に静まりかえった。
何だ…騒々しい。
私は眉を少し寄せて音のする方へ目線を送れば、私よりも悪人面をした釣り上がった凶悪犯とも呼ぶに相応しい形相で視線が重なってしまった。
関わりたくない相手NO.1の爆豪勝己だ。ああいう感じの男は好きになれない。人間としてもお断り案件だ。
ひっそりと道端に咲く雑草の私と彼との接点などなにもないのだが、爆豪がこちらへ大股でドカドカとまるで特撮の怪獣映画のように接近してくる。
恐ろしい……大変恐ろしいぞ……。
内心冷や汗をかきながら呆然と固まっていると、隣の緑谷くんも当然固まっていた。無理もない。
気を逸らしていると、再びダンッ!と音が鳴り。私の意識は目の前の爆豪へと集中した。
ああ、三年間苦楽を共にしてきた私の机殿が……ッ。
音源は私の机に変わったようだ。圧が凄まじくなるべく目が合わないように彼の腹部を見つめた。
「おい、モブ」
「(主役気取りなんですね)あ、あの何のご用件、でしょうか……」
「てめェ、調子乗ってるよな」
「(なんか因縁つけられたんですけど、え、何故)乗ってない、です……たぶん」
「おい、こっちみろ。人の目見て話せ、ゴラァ」
おや、意外にまともな発言。
徐に視線を上げていき、般若の形相を見た途端。固まった。
恐いわ……いや、冗談抜きにして、何ですかい。私が君の勘に触るようなことした覚えがまるでないんですけど、何でそんなに大噴火が起こっているんですか。
知らない間に粗相をしたとでもいうのか、自慢ではないが。あなたのような派手な人種と関わりのない人生を歩んできた私にはコンタクトありませんよ!!
心の中で言い訳を並べて、腰の低い私は土下座をしながら謝罪していた。
なんたる根性だ。まったく自分でも呆れてしまう。だが褒めて欲しいのは、それを現実でやらないところだ。凄いだろ。褒めてくれてもいいんだぜ?
やや間が有り、ブスですみません。と思い始めたとき。ふい、と視線を彼から外した。
だが、それも束の間いきなり胸倉を掴まれてスカーフが緩まる。
食いしばる歯の隙間からか細い空気が、息苦しそうに漏れ出ているが、私の呼吸も苦しいです。
「デクと喋るな」
「……え、なんで?」
殴られると思った矢先の発言に、ぽかんとつい緩んだ口が先走ってしまった。
あ、失言だ。と気がついたのは彼の額に青筋が浮かび上がったのを見たからだ。
「あ゛あ? 俺が喋るなってつってんだよ」
「いや、だからなんで喋ったらいけないの?」
周囲はどよめいていたと同時に「確かに」と肯定していた。
この場に爆豪の言い分を肯定する考えの持ち主は誰一人としていなかった。
隣でことの経緯を見ていた緑谷くんも、我に返ったのか慌てて爆豪に掴むのをやめるよう説得している。なんて優しいんだ君は。
感動の眼差しで緑谷くんを見つめると襟首を絞める手に力が篭り、更に距離を詰め寄られた。
ぐっ……こいつ、なんちゅう馬鹿力。
首が絞まって酸素が足りなくなってくる。そんな若干酸欠状態の役に立たない脳みその私に、彼は宣言した。
「お前は今日から俺の隣に居ろ」
「……っ、はい?」
「返事したな」
「いや、これは返事にあらずッ?!!!」
襟首を掴まれたまま彼は言った「こいつは今日から俺のモンだ」と。
どこぞの革命家のように彼は高々と公言した。それは誰も反論も異論も唱えずに、ただただ享受するものばかり。
近くに居た緑谷くんもぽかりと固まっている。それは正しい反応です。
というか……少女漫画みたいな展開になっているのに、襟首掴んで首若干絞まってる女子に「こいつは俺のだから手を出すな」とかよく言えたね??!!
お前の脳みそどうなってんの?
てか、お前の価値観がわかんねえわ!!!
そんな思考ばかりがぐるぐるとまわりはじめて……次第に意識を手放していた。
次に目覚めたときには、何故か保健室にいて。自分の荷物が綺麗に鎮座しているのが不思議でしょうがなかった。
だが、翌日から私の周囲にひとっこひとり寄り付かなくなるという、新しい環境下になっていた。誰もが声をかけることを憚るかのように、口をつぐむ。新手のイジメかと思ったが、本当に新手のイジメだった。