可愛げのある後輩


年下は現来から生意気だと風の噂を小耳に挟んだ事がある。そう言えば、あの時は年下に興味なんかなかった。まったくと断言していいほど。年下と聞くと可愛らしいイメージがあるけど、何だか頼りなさそうで、こちらがリードしてあげないといけないみたいになるのが一番嫌だったから。わたしはどちらかというとリードしてくれる人の方がよかった。恋愛初心者ですし、女の子ですし。だから、年上を希望していたんだけど。現実はそう上手くいかないわけで。

「先輩。何しとるんですか」
『んー財前を見つめてるの』
「はあ。…何か面白い事でも見つかりましたか?」
『全然』

年下って可愛い要素があるはずなんだけど…財前って全然可愛くないよね。今風に言うとツンデレってやつなのかしら。
それにしても、耳痛くないのかな?ピアス五つもして…というか校則緩くないですか?母校になりつつある自身の学校を問いただしたくなる気持ちにいつの間にか変換してしまう。
ぼんやりと財前の顔を見ながら考え事をしてしまうので、再び皮肉を言われて乾いた笑いをすることで回避した。
小さな一角にあるカフェ店内で向かい側に座るわたし達。アンティーク調の家具を揃えた店内は何だか独特な異種を放っていた。
簡単に言ってしまうとメルヘンみたいなところ。白雪姫のような雰囲気といえばわかるだろうか。
質素ではないんだけど、それ程派手でもないから目立たない。けどなんとなく目立つ。まあ、そんなところ。
森を基調としている。そうそう。まるで森の動物たちとティーパーティを楽しむ秘密の場所かな。
そんな風に言ってると乙女思考みたいで可愛らしいって普通は言うところなのに。

「先輩がそれ言いはる辺りキモいっす」
『悪かったわね。乙女思考で』

アハハハハ、本当に可愛くない。今更こんな事を自分で問うのはどうかと思うんだけど。
何で彼と付き合っているんだろう。
一体自分に何が起こったのか。それは自分でも解らない。好き、だと思う。好き、なんだけど憎たらしい。
可愛さがあってその意味合いで憎たらしいって言うなら解るけど、ただの憎たらしいという意味じゃ、天と地程の差があるもので。
アールグレイのホットティーをカップから優雅に飲む彼の仕草を眺めながら、自身の前にあるヨーグルトパフェを一口食べる。
ヨーグルトをベースとしているから、甘さ控えめでフルーツとの相性も抜群。何よりここのパフェがおいしいことは事前に知っている。上に乗っているバニラアイスの甘さが寧ろ調度いい。
外は冷たい北風が吹いているのだろう。通行人の女性の髪がたなびいているから。
寒そうだな……食べ終えたら温かい紅茶でも注文しよう。そんな事を考えながら二口目とパフェ用のスプーンを口に運ぶ。
長くてそしてここにも凝っている事が窺えるアンティーク調のスプーン。少々持ちにくいけどそこがまた可愛らしい。
ふと、焦点を彼に合わせる。

『財前もこのパフェ用のスプーンのように可愛げあるといいのに』
「……はあ?一体何を言ってんっすかあんた」

突然のわたしの発言にカップから口を離し、呆れた口調で言ってくる。ほら、そこだって。

『一見遣いにくいこのスプーンだけど、この装飾とか曲がり具合。体積の広さもろもろの総合点を求めた結果。何だか愛着が湧いてしまう、という事を言ってるの』
「……先輩。頭打ったんとちゃいます?一度病院に見てもろうた方がいいんじゃないっすか?」
『……ああ、もういいです。どうぞ続けてください』

可愛さを求めたらいけないのかな。三口目を口に運びながら。そう思う。
暫くの沈黙ののち。今まで人の事を貶し続けたこの後輩彼氏君は突然見つめて来た。
不思議に思い視線を合わせる。食べようとしてもこちらを見つめる視線を感じる。……食べにくいな。
気恥かしさもあったが、それより彼がこんなに長時間わたしを見つめてくる事が初めてだったから、ちょっと不思議に思った。
スプーンをパフェグラスの中に置く。

『どうした―――』

顔を上げて彼を窺おうと思った途端。わたしの杞憂の言葉は身を乗り出した彼の唇によって塞がれてしまった。
たった数秒。時間に換算したらその程度だった。その刹那の時間の触れ合いだったけれど、それが離れて行く事に、少しの寂しさを覚えた。
居住まいを正すと、彼は何事もなかったように少し冷えた紅茶のカップを手に取り飲みだす。その一連の動作を呆然としながら観察していると「何でんすか」とちょっとキツめに言われてしまう。いや、それはこっちが聞きたいんですけど。
再びスプーンを手に取り平常心を装いながら掬おうとしたその手を止められる。「へ」と間の抜けた声が出てしまうけど、そんな事彼はもう気にしないかのように、スプーンをわたしから奪ってしまう。
そしてパフェのグラスも彼が伸ばした手によって攫われてしまう。そんな行動に暫く観察を続ける。彼の行動を読むに読めないのは今に始まった事じゃないため、観察するしかなかった。
すると、スプーンを普通にグラスの中に入れ中に入っているヨーグルトとフルーツを掬い。わたしにスプーンを差し出す。
ちょっと理解するのに数秒かかった。これって、俗に言う「あーん」ってやつですよね?
自身の目が彼に問うけど、彼は少しだけ視線を逸らす。

「…いらないんですか?」
『いります、いります!』

催促する声色に照れている事を知る。ちょっと不貞腐れた顔をしているので、急いで返答すると面白そうに柔らかな表情を見せてくれる。ああ、これは可愛いじゃないか。
差し出すスプーンにかぶりつく様に咥える。ゆっくりと引きだしてくれる絶妙のタイミングに、笑ってしまう。ゆっくりと味わうように食べる。

「おいしいですか?」
『うん。おいしい』

何だかやっと可愛い部分を見た気がする。ちょっと眼福。緩まる口元を抑えきれず笑みはそのまま。

「ほら。この可愛げのあるスプーンをつこえば、可愛くない俺も少しは可愛げあるように見える、ちゃいますか?」
『……もしかして嫉妬したの?この可愛げのあるスプーン君に』

彼らしからず。言葉を拾って反撃すると眉間に皺を寄せて、少し色づいた頬を隠すようにそっぽ向かれてしまう。
『照れてるの?』とからかい口調で問うと思いっきり否定するのが、彼の可愛さ故なのかも。

「ちゃいます。あきれとるんです」
『そっか。……あ。おいしいパフェ食べたいかも』
「……狙ってますの」

わたしの我儘に素直に従ってくれる。うん、可愛い。