SSRを引くための徳を積む


鈍いって人に言われる。とても。鈍感だって。天然だって。何で気づかないんだって。言葉を並べられるけど。でも、そんな鈍い訳じゃないよ。自分の気持ちくらい気がついているよ。どうして私の気持ちにまでペケをつけられるのかな。


「限定ガチャ来たか。そろそろ来ると思っていたよ」


暦通りのスケジュールだ。でも福袋ガチャまで来るとは思っていなかったけど。まあ四周年だから記念だよね。そういう式典は大切だ。でもどれを引こうか迷うな。どうしよう。サポートを取るか火力を取るか。それとも充実させるか……悩みどころだ。眉間に皺を寄せて腕を組み悩んでいると肩口から柔らかい声が聞こえて来た。


「またコレですか?好きですね先輩」


熱い吐息が耳殻に触れた所為で驚き、スマホを地面に落としてしまった。色気のない声を上げたけど上げさせた張本人は気にすることなく私が落としたスマホを手に取り手渡す。そして自然な流れで私の隣に腰かけた。


「画面は割れてないですよ」
「ありがとう…って真波くん。もう少し普通に登場出来ないの?お姉さん心臓が止まりかけたんだけど」
「そのまま止まっちゃえばいいのに」
「いや謝れ」


軽やかに笑い声をあげながら「次は何のガチャで悩んでるんですか」と尋ねられた。いやいや謝ってくださいよ。と思うがこの後輩にそんなものを強要したところで返ってくる筈もない。経験したから。もうわかったよ。東堂の手をやかせている子だもんね。私が扱えるとは思えない。


「福袋ガチャなんだけどどっちを引こうかなって」
「二択ですね。どっちなんです?」
「何でタップの準備してるの」
「え?だって先輩がここにいるって事は俺に用があるんでしょ?」


浅はかな私の頭脳ってそんな読まれやすいの?マジか。ちょっと恥ずかしい。頬に熱が籠る。


「先輩って欲には忠実なのに、どうして俺の気持ちを無下に出来るんですか?」
「真波くんは人をからかうのが好きなので信じません。言葉遊び嫌いです」
「俺は別にそこまで曲がってないですよ。でも先輩は紆余曲折してますよね。俺に頼るなんて酷い人だ」
「いや真波くんの方が酷いでしょ。でも…15石で10連引ける上に確実に★5確定とかだったら二人欲しいと思うでしょ?運に振り切れてる真波くんを選んじゃうでしょ?確実性を狙いたいと思うでしょ。そこに何の駆け引きがなくとも!」
「先輩って本当に可愛いですよね。俺は好きですけどそういうの。で、引くの決まりました?」
「じゃあこちらでお願いします」
「はーい」


献上するスマホ画面を遠慮なしに、タップする真波くん。緊張感がない分あっさりと高レアを引いてくれるのかもしれない。いや、ただ単に運のいい奴なだけかも。物欲センサーが働く私よりはマシということだ。


「ありがとう真波様。おかげでいいのが来てくれました」
「はいはい。先輩よかったですね」


画面を覗きこむ真波くんは私の左半身に密着してくる。いや、近くない?パーソナルスペースってないの?ゼロ距離なの?やだ後輩こわいんだけど。変な意味で心臓が忙しなく稼働する。


「確実性とか言ったけど、じゃあ何で俺にだけ頼らないの?」
「それは東堂との接点がなくなってしまうのが嫌だから。だって私、東堂と話すの楽しくてすきなんだ。ガチャを引かせているのは口実に過ぎないんだけど、結構レア引いてくれるからまあ一石二鳥って感じになるのかな」
「東堂さんのこと好きなんですか?」
「何でも恋愛に結び付けられるのはすきではないんだけど。もしも東堂と話せない毎日がこれから先続くなら嫌だとは思う。東堂といるのは心地が良くて楽しくて、毎日が待ち遠しいって感じるから。これが世間でいう恋ならそうなんだと思う」


改めて口にするとちょっと、いや、かなり恥ずかしい。誤ってコマンドミスしてしまった。日々を過ごすうちに考えるようになった。もしも東堂に彼女が出来てこの先そんな日々が削れていくのは何だか淋しい。なら自分も彼氏を作ればいいって考えたけど、駄目だ。東堂以上に楽しいと思える人が思い浮かばない。面倒くさがりの頂点だからちゃんと探していないだけかもしれない。でも今の気持ちを無下にしたくもなかった。なら大切にしようと思った。それだけだ。気持ちを伝えようとは思っていないけど、友達の頂点くらいにはなりたいかな。だから今は只管レベリングって方向で。木々が風に揺れる。涼しい風が首筋を撫で髪が攫われていく。清涼剤の匂いが鼻孔を掠める。真波くんのかな。


「名前」
「ちょっと真波くん?せめて先輩をつけ………」


真波くんの方へ顔を向けた瞬間、眼前に迫る彼の青色の瞳と合い。唇が触れた。湿り気を帯びた薄い襞に張り付く同じ質感の肌が触れ合う。同じ形をして、同じ隙間を埋めるように触れてくる。驚きのあまり呼吸をすることさえ忘れて目を開けたまま長い睫毛を眺めた。


「先輩。何か甘いもの食べました?」
「あ……あまいもの?えっと……飴かな」
「はちみつ入りのやつとか」
「ああ、たぶん…それだ……うん。友達に貰って舐めたんだよ…うん」
「ああ、どおりで。甘い味がしたんで。先輩はリップ派なんですね。グロスは好きじゃないからよかった。ベタベタするから。それに中々落ちないし」
「ああ、そうなんだ……ってなにしてんの真波くん。わたしっ初めてなんだけど」
「え?知ってますよ。そうだろうな、そうだといいなって思ってキスしました」
「へえーそうなんだ……ってこわいこわい。やだ怖いんだけどこの後輩。やだやだ…今の年下ってこんな感じにしてくるの?私は好きな人以外とは無理なんですけど」
「それも知ってます。でも俺が好きだからいいかなって」
「いやいや何ですか。ジャイアニズムにも程があるでしょ。真波くんって狼やん。肉食獣やん」
「まあ、そうですね。男の子ですから」


可愛い笑顔を振りまけば許されると思っているのか。やだこの子。無理無理。ええ……ちょっとどうしよう。じりっと後ろへ後退しようとすると腰に手が回って押し出される。固定された上に逃げられないんだけど。左手首を掴まれてずいっと再び顔が近づいてくる。


「あのね先輩。言ったよね?酷い人って。俺の気持ちを無下にって。それ本当だよ。俺は先輩の事好きなんだ。坂と比べると悩んじゃうけどでも。先輩が好きなんです。東堂さんに対してその程度の気持ちなら俺、先輩を手放す必要ないなって思ったからキスしたんです。俺の先輩に対する気持ちは先輩が想像も出来ないくらいだから。そうだな…例えばここで先輩の制服の下を暴いて誰も手が届かない所に俺のだよって証を残しちゃいたいなって思うくらいかな」


真波くんの手が腹部の下あたりをなぞり指先でぐっと押される。い、いや…ちょっと待って。何でそんな雰囲気を出しているの?ただの後輩じゃないの?ちょっと待って。怖い。本当に怖い。ど、どうすれば……


「あれ?先輩震えてるの?怯えているの?ええ…そうなの?何ソレ。かわいいね。先輩……そんなに怯えないでくださいよ。冗談ですよ。からかっただけですって」


全ての拘束を外し、真波くんは笑顔を浮かべて手を振った。無害です。みたいなポーズをとるがこちらとしては心臓が緩急つきすぎて心労に至っている。


「真波くん……年上をからかって楽しかったかい」
「勿論!先輩は本当に真っ白って感じですね」


うわぁ……やだこの後輩。あとでクレーム入れてやる。福富くんに入れてやる。バーカバカバーカ。と心の中で罵りながら真波くんは「あ。委員長に呼ばれてたんだ」と言って勝手に去っていった。暫く動けずにベンチに座ったまま空を仰いだ。あ――――年下なんて未知の生物過ぎて嫌いだ。末っ子なんだよ私は。未知の生物すぎてどう接すればいいのかわからないのに何で急にあんな性的に攻められなくちゃいけないんだ。私のような廃人ゲームヲタクに。そんなスキルねえよ!乙女ゲームだってそんなの躱せるわけねえだろ!今まで「それ避けられるだろ」とか言ってごめんな。逃げられないし、予測不可能だわ。どこのスイッチ押したらああなんの?もうやだぁ……三次元こわいよ。顔を両手で覆うと頭上から「苗字。どうしたのだね」と声をかけられた。指の隙間から覗くと東堂がいた。ああ画面偏差値がやばい。顔面の暴力がやってきた。


「その顔で私の前に現れるな」
「理不尽すぎやしないか」


東堂が背もたれから回り込み隣に座る。え、自転車競技部のクライマーって遠慮なく女子の左側座るの?許可申請とか提出しないわけ?そうですかそうですか。東堂の所為ですか。


「東堂のバカ。ハゲ」
「ハゲではないな!しかし突然の罵倒とは何事か。どうしたんだ本当に。いつにもまして気が立っているな」
「東堂の所為だ。東堂が悪い。私に謝って」
「事情を説明しない限り謝る気はないぞ」
「真波くんが隣に座った」
「ほお」
「距離が近かった。身体が密接だった。しかも遠慮なくき………−ホルダーを触ってきた」
「最初の二点については真波に制裁を加えるが、最後のは別にいいのではないか?」
「キーホルダーに指紋をつけるなんて論外だよ!カバーしてるのに指紋つけるとか好きな女の子を寝取られるようなものだよ!!」
「発言に気を付けたまえ!仮にも女子だろ!!」
「それくらいの非道だって言いたいの!こっちは初めてなのにキスするなんて最低だ!」


………あ。
言い終えてから自分の失言に後悔した。頭に血が上ると人間、自制って利かないものですね。風化する勢いで菩薩に祈りをささげていると左腕を掴まれた。力が強すぎて痛いが東堂の瞳の奥が底冷えする程冷たいものを感じる。


「真波が口づけをしたのか。苗字に。勝手にしたようだなその口ぶりだと。この左手首の手の痕は真波に付けられたものか。合意があってしたものではないようだな。だが確認せねばならんな。苗字。お前は真波が好きか?異性として好意を抱いたか?抱いているのか?女性は情熱的に求められると絆されるらしいからな。どうなのだ。答えてくれ」


こ……怖すぎて日本語を忘れてしまいそうです。え…東堂がマジで怒ってる。こわいんですけど。え、いや、何がそんなに彼の沸点に着火したのかわからないんだけど。え、いやいや。震えて答えられないです。こわいです。どうしよう。本当に怖いんだけど。山を愛する人たち怖すぎなんですけど。


「あ、のね…東堂……こ、こわい」
「こわい?優しく言ったところではぐらかすだろう。それに俺は怒ってはおらんよ。早く答えてくれればだが。あまり山神を怒らせぬことだな」


怒ってんじゃないですか。マジギレじゃないですか。何で私が怒られてるの?寧ろ怒っていい方だよね。どっちかっていうと真波くんがいっちゃん悪いのになんで私が怒られてるの?理不尽すぎる。自然と涙がこぼれた。洪水みたいに溢れて、零れて、嗚咽が落ちそうになって唇をかむ。そんな私の顔を見て、東堂が狼狽しはじめた。


「なっ、苗字?!な、泣かないでくれ。俺はただ苗字の気持ちを確認しようとだな」
「さ、しょにいった……はじめて。なのに……はじめて、は。すきなひ、ととしたかった…のに。こわ、ったにきまってるッ」
「そ、そうか。いや、そのすまなかった。気持ちも考えずに、自分の事ばかりになってしまった。本当にすまなかった」


ハンカチを取り出して東堂が涙を拭ってくる。染み渡るそのハンカチが水気を多く含もうとも私の涙が止まることはなかった。私は少なからず傷ついたのだ。仮にもすきだと思った相手に疑われて、慰めてくれる訳でもなく。責められたのだからそんなの痛いに決まっている。東堂に対して考えを改めることにした。








「東堂。苗字チャンの半径500メートル以内に近づくんじゃねえヨ」
「可哀想に名前。俺の胸でよければ貸すよ」
「傷ついた女性に追い打ちをかけるなんて見損ないました東堂さん」
「いや、その重々罰を受けるつもりだが元はと言えば真波が悪いのだぞ!」
「ええ?俺は己の欲に忠実に従ったまでですよ」
「真波。合意のない行為は相手を傷つけるだけだ。現に苗字はああして傷ついている」
「すみません名前先輩。俺、先輩の事が好きすぎて暴走したみたいで…これからはちゃんと前もって申請してから行動に移しますね」
「ならんって言ってるだろうが真波。いい加減にしないと山神の逆鱗に触れることになるぞ」
「クライマーってこんなんばっかかよ。反省しろって言ってんだろ」
「耳も塞ごうか名前」
「暫く私に声かけんな。顔も見たくない」
「名前先輩っ。ご、ごめんなさい。もう二度としませんからそれはなしにしてください。先輩に会えないなんて、喋れないなんて死んでるのと同じだよ」
「苗字っ、す、すまなかった。本当にっ。だからそんなことを言わないでくれ。君と話せないなんて顔も見れないなんてそんなもの耐えられない」
「必死かヨ」