エールはからまわる


「名前ちゃん。手伝って人数足りないの!お願い」
「え、普通に嫌ですけど」
「そこを何とか!代わりに素材集め手伝ってあげるから」
「おっとそんな事を言われたら手伝わない訳には、だが断る!」
「いいから来いや」


首根っこを掴まれて連行された。握力と腕力が強大すぎる友人、まりあちゃん。絶対に名前負けしている女の子だ。


「あんた今失礼な事言わなかった?」
「言ってないです」
「いやぁ〜ほんとっ欠員出ると困るのよね。こういうのは一致団結してやらないと統一感が出ないから。ほら見た感じ綺麗に整っていないと振り向いてもらえないでしょ?そういうところに気を使ってんのよ、だからはいコレ持って」


団扇を持たされた。何が書いてあるんだろう。普通に暑さ対策で配っているものじゃないよね。どう考えてもデカイし。そこに書かれていたのは【東堂くんこっち向いて】だった。少しの間沈黙するが、団扇を地面に叩きつけようとしたところで止められた。


「何やってんのあんた。やる気あるの?参加するなら真面目にやんなさいよ」
「強制的にやらされている人によく言えたな」
「でもさ、あんた東堂様の顔。好きでしょ」
「吝かではないだけです」
「ツンデレかよ」


その団扇で扇ぎながら今日の声掛け練習が行われた。統一っていうかただの軍隊だろコレ。こんな日差しの中、一度見たいが為のこの行列。この人数。東堂の人気の高さは知っている筈なんだけど……何だろう。この知らない世界。何だか少し途方に暮れた。


「今日もハリきっていってみよう!」

『 おおお!!! 』


黄色い歓声が旋風のように巻き起こる。視線だけを送るとどれもこれも綺麗な子や可愛い子ばかりが連なる。そりゃうちのまりあちゃんだって可愛い系アイドル路線ですけど。男子からの告白めちゃりんこ来ては薙ぎ払っているのを知ってますけど。それにしたって……何というかな。何処か遠い場所で起こっているみたいだ。未知すぎて茫然とする。


「ちゃんと声出してね名前ちゃん(東堂様が喜ぶから)」
「ほぉーい。出すけどさ、その代わりちゃんと素材集めしてもらうからね」
「解ってますって」
「東堂様来たわ!」


一番端から声が聞こえた。甲高い声。伝達みたいに伝わる東堂の出入りの合図。今日は山を登るコースだって荒北くんが言ってたな。ぼんやりと思い出していると目の前を福富くんと荒北くんが通る。手を振ると振替してくれたふたり。荒北くんなんて「なんでインの?」と目でも尋ねられた。だから「付き添い」とまりあちゃんを指さして答えた。それをくみ取ったのか「なるほどネ」という顔をして二人は走り去る。


「何を見ていたんだ寿一と靖友のやつ」
「恐らく苗字先輩のことかと」
「お、名前。珍しいなおめさんが応援にくるなんて」
「付き添いなだけ」


いいからあっち行け、と手で払うと「冷たいな」と笑って新開くんが頭をポンポンっとしてきた。ごつい手で触られるのがあまり好きじゃないから舌を出して追い払うとご満悦な笑顔を浮かべていた。唾でも吐き出す勢いで悪態つくが、泉田くんにはいってらっしゃいと手を振った。律儀に会釈をして新開くんの後を追いかけた。
そして左耳が逝かれそうになる大歓声が響き渡る。もう近所迷惑なんじゃないかと思う騒音レベルで誰が来訪したのか告げた。


「東堂様ぁあ!!!」
「東堂くん!!いつものやって!!」
「カッコイイ!!!」
「きゃあああ!!」


動物かここは。私もホワイトタイガーを目の前にしたら興奮を隠しきれる自信はないけど。それにしたって何なんだこの異空間は。帰りたい。ここから早く抜け出したいな……つぅかうるせぇ。


「顔怖いよ名前ちゃん」
「元からだから気にしないで」
「いつもありがとう。君たちのおかげだ」


段々この状況を作った元凶に対して怒りが込み上げてきた。何をアイドル気取ってやがんですかこのぱち野郎。同じ学年だろうが。お前は事務所を構えている看板アイドルか何かなのかよ。東堂のくせに。生意気すぎでしょ。ナルシストだっての顔はいいがね。突然の女の子を出す私に驚きその醜態を晒すがいい!


「東堂くん。指さすやつやって」


語尾にこれでもかってくらいハート乱舞してみた。というか裏声出しすぎて喉が痛いし咳き込みたい。あと正直穴があったら入りたい。マジで。引きこもってゲームしていた。私は一生お姫様を救うことだけしていればいいんだと悟りを開きかけたとき。耳に届いた。


「苗字」


はい、苗字です。と目を合わせた時、視線が交差する。こちらを捉えている東堂はポカンと口を開けて私をその瞳に映す。私も行き場がないので団扇を左右に振る。すると次の瞬間。東堂は一気に熱が上昇したみたいに首から額までを真っ赤に染めた。え、どんな反応だよ。と思っていたら東堂はそのまま自転車で視界を横切り程なくして路肩へぶつかり落車した。


「え、どうしたの?!」
「ちょっと大丈夫東堂くん!」
「東堂先輩。なんでこんなところで落車なんか」
「先輩。道路でうずくまらないでくださいよ」


騒然となる周囲により、この日の東堂はここで練習が終わりとなってしまった。勿論ファンクラブ会員たちは不平不満を述べる。そんな中で私は茫然とその現場を見つめていた。





「もう見に行かない」
「そんなっ!!」
「だって練習の邪魔になるでしょ」
「そんなことはない!また見に来てくれ!今度こそこの山神の走りをだな!俺が如何に格好いいのかを徳と堪能させてやろうとだな!お願いだから見に来てくださいっっ!!俺にもう一度チャンスを与えてくれないか!!」
「必死すぎて逆に行きたくない」
「なんとっ!??」


「何やってるんですか?」
「おめさん居なかったもんな。今日、苗字が見に来てくれてたんだよ」
「そうだったんですね……苗字先輩。今度俺の練習だけ見に来てくださいよ」

「火種を投下しに行きやがった。ああーめんどクセ」
「まんざらでもないくせに。靖友だって名前が来て普段より走行距離長かったじゃないか」
「ッセ!走りたい気分だったんだヨ!」
「まあ俺もだけど。直線じゃないと違いがでないからね」
「福チャンは普段通りだったネ」
「そんなことはないと思うぜ靖友。寿一は普段より表情が穏やかになっていた」
「細かくネェ?」

「いえ、その後輩から聞いた話だと今日は声がかけやすかったと言っていましたよ」

「福チャンの鉄仮面も溶かしちまう苗字チャンの存在ってマジ女神だよネ」
「どっちかというと天使じゃないか?」
「総合的にかわいいけりゃなんでもいいんじゃナイ?」
「違いない」

ツッコミが不在のため泉田は混乱した。