ざくろを齧って


モテるのは知っていた。
女子に人気があることもさることながら。
全部解っていたのに………



「苗字。歩きながらやるのはやめないか。危ないぞ」
「だーじょぶだよ。気配察知スキル習得済みだから」
「だが怪我をしたらどうするんだ」
「仲良く登校してんじゃネぇよ東堂のクセによ」


荒北くんが東堂の背中を思い切り足蹴にした。真っ白なシャツにはくっきりと靴跡が転写される。そして勢い余って東堂は地面と対面していた。


「荒北っ!お前はまともに挨拶も碌に出来んのか!!」
「したじゃねえかオハヨって」
「人を足で蹴るのがお前の流儀か!」
「ハッ、それはお前仕様だから安心しろヨ」
「どこにも安心できる要素がないんだが」


どこ吹く風で吠える東堂を無視して荒北くんは私の隣に並ぶなり「おはよう苗字チャン」と挨拶をされた。普通に返すが東堂の声の音量が上がる一方になる。


「おめぇは朝っぱらからギャンギャンうるせぇな。近所メーワクでしょうが」
「貴様には言われたくないフレーズだな、断じて」


仲が良いふたりの会話をBGMに無双乱舞をキメる。このフィールドちょっと厄介だな。助っ人いないし。せわしくなくボタンを連打していれば肩に腕が回り暑苦しい男が参加してきた。


「おはよう名前。今日もかわいいなおめさんは」
「セクハラだぞ隼人」
「そーだそーだ。大人しく離れろ。そして近づくな」
「尽八に靖友もおはよう。なんだ二人して朝から仲良しだな」
「今、苗字チャンは制圧すんのに忙しいんだよ。邪魔すんな」
「お前の行為によって一つの国が亡びるんだぞ。軽率な行動を慎め隼人」
「言葉が重いな」


新開の腕から解放され操作が通常通りになったのは助かった。危うく死にかけたよ。ごめんシャルル。回復しとこ、とアイテムとスキルを発動させていたら、新開がまたHPを削りにきた。


「そういえば尽八。昨日、ミス箱学の七瀬さんの告白はどうだった?」


間違えて〇ボタンを押してしまい、剰え敵の連続攻撃を受けてしまい。焦った私はこんなボス戦でもない所で宝具を放ってしまった。心の中で阿鼻叫喚地獄が展開された。


「へぇーミス箱学に…コイツのどこがいいんだ?」
「顔じゃないか」
「お前たちは堂々と本人の前でディスるのはやめろ」
「けっ。別に妬ましいからじゃねえけど。七瀬サンって言えば割と人気だよな」
「ああ。何せ才色兼備だ。胸部も俺よりあるしな」
「おめえのは筋肉だろ。あの豊満と比べるんじゃねえよ」
「それで返事はどうしたんだ?(聞かずともわかっているけど)」
「否定する要素はないもんな(答えはしれたことだけど)」
「お前たちのような品性の欠片もない者たちに教える義理はない。七瀬さんも見世物のために気持ちを伝えた訳ではなかろう。そんな純粋な想いを言いふらす趣味は俺にはない。散れ散れ」


指が止まり、ボスの連続攻撃を回避することも出来ず受けてしまいゲームオーバーの音楽が流れた。ぼんやりと画面に表示される文字を眺めながら、目の前の障害物である壁に思い切り激突した。


「苗字!?」


額が痛い。頭も何だかくらくらとする。ふらっとよたった肩に東堂の腕が回り、掴まれる。引き寄せられ片方の肩が彼の胸板に触れ合い熱を持つ。
瞬きをし、ゲーム機を持ったまま放心状態の私を東堂は顔を覗き込むだけでなく、前髪を持ち上げ腫れあがった額を至近距離で診察した。


「少し擦れてしまったな。だから言ったではないか怪我をするから歩きながらはするなと」
「強く打ちすぎて眩暈でも起こしてんのかナ?苗字チャン?だいじょうぶ?」
「保健室に連れて行った方がよさそうだな」


三人の顔が見える。覗かれている。心配されている。
心臓が脈動する。目に焼き付いて、耳に残ってしまった音が、鬩ぎ合い喧噪する。
どうしたものか。どうすればいいのか。ただこの時思ったことはこの手を払いたくて、声を聴きたくなくて、目にも入れたくなくて、そればかりに囚われて私はゲーム機の電源を思わず切ってしまった。まだセーブもしていなかったというのに。これまでの軌跡を捨てる行為だとわかっていてもそう、してしまった。衝動にかられるみたいに。


「一人で行けるから先に教室行ってて」


東堂の手を除けさせて、立ち上がる。多少、まだ視界が揺れるけど歩くのに問題はない。
進もうとする私の手を掴むのは東堂で。


「俺も行く。案ずるな荒北のノートでも写させてもらえばいい。そうだろう?」


断れない。そんな言葉を言ってしまえば汚い感情が露見される。そんなものは望んでいない。
黙っていると荒北くんが渋々といった様子で新開と共に教室へと向かっていく。そんな彼らの背中を見送りつつ、私は東堂の手に引かれながら保健室を目指した。







保健室の鍵は開いていた。何でこんな時に限っていないんだ。と思っていると東堂は特に驚く様子はなくカーテンをひき、ベッドへと私を座らせた。


「今日は全校朝礼だ。出席しているのだろう」


東堂の態度に一瞬で凍り付いた。ああ、これわかられちゃってるな。上履きを脱いでベッドの中へと潜る。掛け布団を口元まで引き寄せ東堂を睨む。
鞄などを棚の上に置きながら視線に気がつき、東堂は鼻を鳴らすように笑う。背を向けて歩き出すなり、何か準備してからまた戻ってきた。片手に氷嚢を持っている。それを私の赤く腫れた額の上に乗せた。


「ひとりになりたい事解っててついてきたんでしょ。性格悪くない?」
「悪くはないな。そもそも俺がお前をひとりにする筈がないだろ。そんなお前を」


目が合う。何処までも美しい顔をしている人と目が合ってしまう。ああ、くやしい。鼻まで潜りはじめた。


「妬いてくれんのか?こちらが潜りたいのだが」
「うぬぼれないでほしいね。そんな感情を私が持ち合わせてはいけないんだよ。それこそ烏滸がましいってヤツだ」
「それではまるで少しは妬ましいと思ってくれたと言っているようではないか」


東堂が柔らかく笑む。ついでに声まで出して淑やかに笑うから、私はますます布団の中へと潜り始める。ああ、落ち着かない。手元が寂しい所為だ。


「断ったぞ。解っていると思うが、俺は一途なんだ。心にコレと決めているからな」
「別に聞いてないし、知りたいとも言ってない」
「連れないな」
「そんなん最初からだよ。東堂の方が回路がおかしい。あんな優良物件を袖にするなんて意味がわからない。東堂の東堂は機能停止しているの?」
「仮にも女の子がそんな事を言うものではないぞ。俺の俺はただひとりにしか反応せんってことだ。意味がわからないなら実践してもいいが」


ベッドに膝をつき、東堂の手が枕元につこうとしたので布団の中に潜る。


「まだ好きじゃないからダメです」
「苗字は素直だな。それでは好きと言われているようにしか捉えられないのだが」


脚が挟まれ、跨がれる。ベッドが過重によってしなり、バネの音が鈍い。布団の上から重みを感じて声が近くに聞こえた。


「言ってくれないか。もう言ってくれよ、名前」
「まだだよ。まだダメ。沫みたいだから、まだ東堂と一緒の気持ちじゃないからダメだよ。まだ育成中なのですよ。だからもう少しだけがんばってください」


布団を少しだけ剥がし東堂と目が合う。布団の淵を手に東堂によって剥がされると額同士がコツリとあたる。


「これは難儀だ。前進したと喜べばいいのか。それともこの状況で待てと言われたのを嘆くべきなのか。いや男の本音で言えば悲しみだな」
「東堂が遠くに行ってしまうのが悲しかっただけ。それだけの感情で好意を示すのは東堂に失礼でしょ。とてもじゃないけど釣り合わない」
「これ。そういう事を言うんじゃない。今は言うんじゃない。それでは我慢しきれないではないか」


柔らかな貝の形が表面を撫でるように触れる。真波くんの時とは違うのは、きっと瞼を閉じたことだと思う。自然と閉じていた。降りてきて、重なるだけの重みを感じながら少しだけ濡れる皮膚。


遠くの方からマイクが切れる音が聞こえた。